母さんが大塚君とその息子の痴態をウェブ漫画に連載して一世を風靡している頃。
ローディック師から預かっていたアイテムに一つの解が出たとのご報告を受けた。
後輩は大塚君の配信が気になるらしく、今回の立会には欠席。
母さんは執筆作業が忙しいから欠席と僕だけでいくことになった。
とはいえ、転送陣に乗ってすぐそこなわけだけど。
「やぁ、こんにちわ」
「わざわざ呼び出してすまないね」
「なんのなんの。そういえばエミリーさんは?」
「彼女はここ最近上司からひっきりなしに呼ばれるようになりまして」
「え、何かやらかした?」
「やらかしたかと言えばやらかしてますな」
詳しく内容を聞けば、特別制のコンパクトケースの存在が露呈した。
美への追求に余念同いウサ族にとって垂涎の一品だったそうで。
本当なら人数分欲しいとねだったそうだが、そもそも研究の手を止めてメイクする時間すら惜しむ人たちが手にしたとてメイクするか? という話になり、専属メイク担当として呼ばれているのだとか。
「なんか、大変だね」
「本人はそれでもこのように頼られたことはなく、感激の極みと言っておりますからな。他人にはわからんものです」
「僕も最近、変な居候に付き纏われてるので気持ちはわかる」
「ほほう、どこも似たような現象が起きているのですな」
「本当にね」
軽い雑談を済ませ、本題に入る。
案内された室内には空調が行き届いており、温度管理もバッチリと言った所か。
いや、しかし。渡したアイテムにそんな温度管理が必要なものあったっけと頭をひねる。
そこで早速出された存在を目の当たりにし、確かにこれなら必要かと納得する。
「随分とリアルな模型だね」
「彼は生きてますよ」
生きてます?
それと彼? 性別まで模倣したというの?
「親方、時間です」
「お、もうそんな時間がたったか」
よっこらせ、と随分年寄り臭い掛け声と共に起動、カプセルの中から起き出した。
「こんな形で悪いな先輩。実はかねてから俺の技術を引き継げる弟子の育成をしててよ。しかし言っちゃあなんだが俺ほど技術に精通してる弟子なんてそりゃ当然出てこないわけだ」
勝手に喋り出したと思ったら、やたらフレンドリーに絡んでくる。
やや癖っ毛のある少年。いや、性別はない。
僕が手がけたスペアボディ同様に性別はないが、何処と無くか出立ちに男性らしさを感じた。
喋り口調から中身は男だとわかるのだが、不思議だ。
「もしかしてロディさん?」
「ああ? おいおい爺さん。事前に説明をしてなかったのかよ」
のっしのしと大男特有の歩き方をするショタ、もといロディさん。
滲み出る貫禄に、変な笑いが漏れそうになる。
「いや、しかしあれだね。似合わないね」
「うるせーよ。そんなもんわかってる。だがこの肉体に入ることで、最近伸び悩んでる弟子の気持ちが知れた。持たざるものの気持ちっていうのかな? 俺にはどうもそれがわからずにいた」
「ふーん」
僕はわからないからいちいち取り合わないもんね。
だが、大塚くんを再教育するのにもってこいだ。
普通なら取り合わないが、今回はたまたま条件が一致したので話を聞くことに。
「なるほどね、そんなことが」
「私たちはなにぶんと弟子が多い。人に教える都合上、どうしたって自分基準で考えがちになる。そういう時、実際に自分でやれることが弟子にできないと、つい苛立ちが募る場合も少なくない」
「実際、うちの弟子も俺が乗り越えた場所で詰まってる感じだ」
「ほーん」
僕は今までそんなことを考えたことはなかった。
だってレシピの公開ぐらいしか関与してないし、それで熟練度が上がったという報告を聞いてもどこか他人事のように「よかったね」と感じるくらいだ。
今の二人と違い、僕にへ明確な弟子がいない。
教え子、という意味合いでは後輩がそれにあたるんだけど。
彼女の場合は勝手に成長したからね。
僕が何かと手解きした覚えはなかった。
「しかしそうか。実際に僕は今の自分を失うことを恐れている。何せ抱える案件があまりに多いからね。スペアボディにメモリーセーブなんかはその差異たるものだ。いつだって自分自身をカバーするための補助アイテム。だからこそ、何もかも失った僕が言ったいどんな結論に辿り着くか興味があるな」
「こちらの言わんとしてるところとはまた異なる観点、しかしそれこそが先輩じゃな」
「俺だって流石に全く一から育てようって気にはならないぜ? まずは技術を失った肉体から鍛え直そうって話だ」
「まぁ、最初はそこから鍛えていく感じだね。と、いうことでこの3人で全く異なる肉体、精神で遊んでみないかな?」
「また、唐突だな。俺はこの体にようやく馴染んできたっていうのに」
「まぁまぁ最後まで話を聞けよ。僕は今、あるプロジェクトを手掛けていてね。そこで、面白い試みをしているのさ」
「それは?」
ローディック師がすっかり聞き役に徹してくれてるので僕としても喋りやすい。
ロディさんはもはや諦めの境地だ。
過去に何を言っても取り合わなかったおかげかな。
「実は今、全く異なる肉体を使ってダンジョンアタックをしてもらってるところなんだ。入ってる魂は人間だけど、ボディの方はモンスター化している」
「まさか!」
「ローディック師は流石に気づくか」
「おいおい、一体どんな人体実験を行なってるっていうんだ。これ、俺が聞いていい話か?」
僕は大塚くんのプロジェクトを二人に話した。
大塚くん自身は元々の本体が女体化した挙句、ドラゴンに変質するという状態。
そのままでは病む一歩手前。
そこで解決策の一つとして別の肉体を用意した。
それが以前までの男の肉体だ。
「なんてことを。そいつが原因というわけでもないだろう?」
「むしろ被害者側だが、確かに番という特殊な環境、捨て置くこともできぬか」
「だからって実の息子の精神を人質に改心させるって?」
「僕としたって、彼にそこまで頼り切るつもりはなかった。けど彼も、なんだかんだ周囲を混沌の渦に叩き込んだ張本人だ。悪気があったことも認めてるし、反省もした。だから僕としては許してもいいんだけど、彼の立場がね」
りゅう族長の番。
卵を産むだけでは飽き足らず、肉体がドラゴンに変貌する。
しかも産めば産むほどにというタチの悪い呪いを背負っていた。
それは遅かれ早かれ彼の精神を蝕む。
だからこその延命措置として、スペアボディの用意。
そして護衛役には気心の知れた家族を用意した。
「僕だって気が引けたよ。大塚くんは元々僕の同僚だし、秋生は探索者時代に一緒に配信した仲間だ。どっちも失えば寂しい。でも失えば和平の道は閉ざされる。だからこそ裏で鍛える手段を講じる予定だ」
「理屈はわかるが、失敗したら人類存亡の危機に直面するんだ。本人は相当なプレッシャーだろう」
ロディさんやローディック師は大塚くんに同情的だね。
でも彼はそこまで弱い存在じゃない。
なんだったら状況をコントロールして自分のモノにする性格だ。
過去に彼がどんな立ち回りで僕を追い詰めたのかを話せば、同情的な感情は一転、すぐに手のひらを返した。
「そういう奴か。いるなぁ、俺の業界にも。他人の功績を羨んで、難癖をつけた後に掠め取るようなカス」
「まぁね。そんなわけで彼だからこそ打開できる道もあると思ったわけ。こと保身に走った時の彼はすごいスペックを誇るからね。その立ち回りを今回のミッションで遺憾なく発揮してもらいたいって感じだね」
用意したスペアボディは再生タイプ。
そして肉体再生中にはクールタイムがあり、その間は彼には別の仕事をしてもらう予定だと語る。
「何をさせるんだ?」
「彼は腐っても錬金術師だからね。そりゃ出世欲が強く、目の前の欲には弱いけど、腕はあるんだ。もし彼がそんなものに意識を向けず、研究に打ち込んでたらきっと大物になってたぜ」
「信じられん」
「まぁ、僕もその可能性があったらいいなと思ってるだけさ。そのパフォーマンスの向上に、今回の研究はぴったりだと思ってね。僕は常に10体以上同時コントロールできるスペックこそあるが、それを一つのボディで十全に扱えるか? となったら難しいと思うんだよね」
「おい」
ロディさんは厳しい視線を向けてくる。
「何か?」
「まさかここまで差が開いてたとはな。熟練度は370だっけか? それで同時操作可能は化け物としか言いようがないぞ」
「今は410だね。精神分裂のおかげで、研究が捗る捗る」
「まだ上がるのか!」
二人してどうしてそこで諦めるって選択肢が出てくるのだろう。そんなわけないじゃんね。
「なんだったら君たちもようやくそのスタートラインに立ったばかりだよね? なんで先に行く僕が君たちと同じスタートラインに立っていると思ってたのさ。このアイテムの発案者は僕だし、なんなら大手製薬勤続時代にはもうできてたからね?」
「親方……」
「ああ」
「どうやら私たちは誘う相手を間違えたようですな」
「えー、今更ハブるなんて酷くない?」
結局話は平行線。
僕はハブられ、しかし大塚君のプロジェクトに興味は持ってもらえたのかアイテムの手配は引き受けると言ってきた。
やはり、もつべきは研究仲間だね!
ただ今のあの二人、人間の頃のように細かい調整はできないけど。
そう伝えたら絶句した。
細かい調整をしたいと言ってきたので、彼の配信の視聴権を与えた。
度々アイテムが送られてくるようになった。
よかったじゃん、大塚君。
君を応援してくれる相手が増えたぜ?
その後ローディック師とロディさんの共同開発により、全く別の肉体に己の精神を纏わせても問題なく技術は震えるという発表が政府に露見。
すぐに国民に配布するよう要請が出た。
いつ命を落とすかわからないという危機的状況の中の精神安定剤として求められたようだ。
しかし僕としてはこれに反対。
そもそも、これをあまり表立って発表しなかった理由は犯罪に使われそうというありきたりなモノだったの。
なのでストック性ではなく、肉体再生系としての制限をつけさせてもらった。
これだけでも危険な外に出ていって、死んでしまうという最悪の結末は塞げるし。ゾンビアタックでダンジョンに突撃する若者を抑制することにもつながるし。
「今回は許可を出してくれて助かった。政府に知られたときはヒヤヒヤモノだった」
「あれを知ったらもう民衆の声は止まらんからな」
「いっそこれを機に大塚君の配信を全国民に見せたほうが早いかもなって」
「今度自分の使うべきボディの使い道がわかるからか?」
「とはいえ、犯罪者を死地に向かわせる動画は政府に規制をかけられないか?」
「大丈夫だよ、だって彼は世界平和の礎になるんだから。それに日常に帰ってきた時に出迎えるのが僕らだけじゃ寂しいだろ? どうせなら大手を振って帰ってきて欲しいし」
「わかるが、羞恥心で悶え苦しまぬか? その配信、プライベート含めて垂れ流しなのだろう?」
その通り。なんだったら配信してることまで含めて内緒だ。
「そこはほら、有名勢ってことで」
僕も通ってきた道だし、どんまい。
君ならできるさ。
僕は他人事のようににっこり微笑んだ。