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第94話 先輩、育児の難しさを知る

「先輩先輩! 見てください。先日の配信の反響がものすごいですよ!」


 つい先日、国を興すことが決定し。

 あまつさえ裏で進めていた大塚くんの御涙頂戴RTAゲームの配信開始。

 そこに堂々と今後ダンジョン探索に一切関わらないと宣言したのが効いてか、うちのメールフォームはそれはもうパンクしそうなくらいにクレームが入っていた。


 あれほどクレームを送るなっていってたのに、話を聞かない奴らだな。

 そしてそのクレームを前にして一切動じない後輩の姿がこちらである。

 心臓合金オリハルコンか?

 それはさておき、このクレームのほとんどが僕に向けてのことだった。


 国を興すのは百歩譲って許可したとして。

 それ以外のほとんどがダメ出しの数々。

 もっと上から甘い汁を吸わせてくれって要望の数々に頭が痛くなる。


「なんか僕、未だに舐められてる?」

「先輩は可愛いですからねー」

「可愛いのと舐められるのは違くない?」

「舐めまわしたいくらいに可愛いって意味ですよー、うふふ」

「さいですか」


 背後から抱きついてきた後輩を払いのけ……られない。

 く、またこの子力が強くなって?


「先輩はこのまま私とお昼寝です」

「毎日一緒に寝てるだろうが!」

「ダメですー、先輩ニウムを補充しないと今日のお仕事頑張れないんですー」


 僕の匂いを嗅ぐだけでやる気が!?

 いや、びっくりするくらい雑務押し付けてるからなー。


 少しは労ってやろうって気持ちもなくはないんだよ、うん。

 ただそのギラついた視線と頭を押し付けた上での深呼吸がと同じレベルで行われてるのが気にかかるのだ。


「僕の匂い程度で回復するなら元気いっぱいだろう」


 そんなエネルギ要素知らない、と突っぱねれば。


「わかってませんね。この界隈において先輩は神のごとく創造物。女の子でありながら男の感情を持ち、しかしその仕草全てで我々女性を上回る! もしこの部屋の空気を売り出したら暴徒が出るほど世は混乱します」

「そんなになの!?」


 僕は後輩の発言の意味を求めてアマゾンの奥地に潜った。

 別にそんな書き込みはなかったし、なんならいつもの虚言だとすぐにあたりをつける。


「あらー、ヒカリちゃん。今日もヒー君と仲睦まじいわね。これは近い将来孫を抱き上げる日が近いかしら?」

「元気な娘をいっぱい産みますよ! うちはダブルお母さんで行くので!」

「そう。それは楽しみだわ。地上でもそういう生活ができるのは憧れだったのよね。法整備に関してはお母さんわからないことばかりだからヒカリちゃんに頼ってしまうけど、効率的な出産の仕方はわかるから、そこは相談してちょうだい」

「その時は頼みます!」


 今日もうちの嫁姑は仲睦まじい。

 いや、まだ僕結婚してないけど。


 なんか勝手に子供を作る計画を立ててくる。

 にゃん族にとってはあいさつみたいなものらしい。

 いやだよ、そんなあいさつ。

 そもそも娘固定とかさ。


「息子が生まれてくる可能性は?」


 僕は当たり前の話をしてるのに、二人して「何言ってんだこいつ」みたいな顔で見られる。


「これはまだまだ教育が足りないかしら」

「まだ男の精神に引っ張られてるかもしれませんね」


 ヒソヒソと話しているのに随分とボリュームがあるのは気のせいか?


「息子よ。時には諦めも肝心だぞ?」

「父さん!」


 そこは諦めたら試合終了ですよ? というところでは?


「正直な、産卵を経験しておいてまだ母性が芽生えてない時点で父さんは驚いている。しかもりゅう族のナワバリでの産卵だ。そんじょそこらの芽生え方じゃないと思うが、そこのところはどうなんだ?」

「あー」


 言わんとしてることはわかる。

 呪いの影響で卵が可愛く思える感覚だな?


「でも僕にとっては等しく素材なんだよね」


 悲しいことに、これが現実。

 研究者じゃなかったらもっと違う感情が湧いたのだろうか?


「ミザリー、お前一体どんな教育をすればこんな子供に育つんだ?」


 責任の所在は母にある、と怒りの矛先を向ける。

 逃げたな。


「え! 右も左も分からない地上での生活の責任をあたしに!?」


 それもそうだな、と頷きそうになるけど僕の入ってる卵を盗み出して育成したのは他ならぬ母さんだ。


 盗まずににゃん族の村で育てたらよかったのに。

 そう言ったら。


「それは村に迷惑かけるもの。それにあたしは嫁に出て逃げ帰ってきた出戻り。イルとはその時から顔も合わせられないくらい敵対しちゃってるわ」


 会話は不要。そこから先は血を地で洗う骨肉の争いなのだとか。


「素直に言ったらよかったのに」

「それを言って協力してくれる見込みは0だったのよ」


 そういう背景があると力説してくる。

 にゃん族の歴史において『りゅう族は怒らせると怖い。最悪一族全滅もありうる』という認識だ。

 そこにおいてはにゃん族に限らずって感じだが。


「逃げ出した皺寄せが僕に向けられてるってことでファイナルアンサー?」

「それはごめんなさいともう言ったわよね。その上で助けてくれるとも」


 言質はすでにとってある。

 責めるのはお門違いだと強気な母さん。

 だからと言って開き直っていいってことにはならないんだよなぁ。


「そんなわけで、僕のこの性格は母さんによるものだ。諦めてよ」

「ミザリー、後でお話があります」

「なるべく短くね? ほら、原稿とかもあるし」


 逃げ場がないと察したか、他のスペアに任せている仕事を理由に持ち出して逃げ場の確保を図る母さん。


「いや、地上で君がどんな仕事をしてるか興味もある。その原稿を手伝うよ。お話もそこでどうかな?」

「えっ? あ、あー! 今はちょっと違う原稿を手がけてて。その、真栗さんが耐えられるかはちょっと自信がないなーって」


 なんの話? と聞くと深淵の話ですと後輩から返ってくる。

 母さんの裏の顔は同人即売会でネッチョリ系ガールズラブ作品の大御所! 俗にいう壁サークルらしい。

 今取り掛かってる原稿はそれで、締め切りに向けて大詰めとのこと。

 スペアボディ使ってまで何してんだ?


 ここにいるのは全員が大人とはいえ、そっちの話題に明るくない人が聞けば耳を塞いでしまうことは確実。

 僕も父さんも「この人しょうもないな」って顔で母さんを見ていた。


「仕方がなかったの! 正直生きていくのもやっとだったのよ? 真栗さんのクローンを使って社会人として働くだけじゃ暮らしていけなかったの! ヒー君は錬金術にのめり込んで素材の浪費がすごいし、食費を食い詰めて疲労困憊の毎日! こんなことだったらダンジョンに帰ってイルに頭を下げるしかないと思ってたの。でも、そんな時に同じ趣味の同僚からの勧めで同人誌制作したらハマっちゃって」


 そこから同人誌活動でそこそこ稼げるようになった。

 漫画家になったのはサークル活動からの拾い上げだったらしい。


 そこでの成功体験で会社をやめ、漫画家一本で食べていこうと決める。

 僕はその頃高校を卒業して大学に行くかどうかを決めていた。

 その頃縁切り宣告をされたわけだけど、まさかそんな理由だったとはな。


「じゃあ、それが軌道に乗ったから僕を迎えにきた?」

「そういうことよ。なぜか私よりビッグになってて驚いたけど」


 なんで今になって近づいてきたかと思ったら、そんな理由だったのかよ。

 てっきり僕が有名人になって、そこから色々理由するためだと思ってたら。そんなしょうもない理由だったのか。


「でもさ、なんか思わせぶりな感じで接触してきたよね? あれは何?」


 過去の思い出、というには新しすぎる記憶。

 母さんはにゃん族の生まれと責任を僕に押し付けてきた。


「過去の情けない私を更新しようと思って」

「なんなら払拭するつもりでミステリアスに?」

「今描いてる漫画の主人公がそういう感じだから!」

「私は先生のファンだから知ってましたけど、先輩は完全に初見。急に押しかけてあんなロールプレイされてもってなりますよ」

「ごめんなさーい。途中で育児放棄した過去の私が許せなかったの! だって私の家族って普通じゃないでしょ? 漫画家になって初めて現実に直面したわ。まさか子供ってもっと小さい頃から育てるなんて知らなくて」


 赤ちゃんの存在を消去して、生まれてすぐに15歳の少女を出したら編集から確認の電話が来たらしい。

 そこでようやく人間の子供がどのように育つかを知ったそうだ。


「確かにそうか。にゃん族にとって15歳で生まれてくるのは必然。育児など当然したこともない」


 ここで父さんが僕の育児を失敗した理由に納得する。


「そうなのよ、真栗さんならわかってくれると思ってたわ」

「だったらもっと頼る場所もあっただろう? 行政や役所とか、保険だってある」

「あのね、真栗さん。あたしって戸籍どころか住民票すらないの」

「あっ」


 そりゃそうだよな。

 ダンジョン生まれ、ダンジョン育ちで地上にはなんのツテもない。じゃあどうやって会社に入社できたのか?


「言ったでしょう、真栗さんのクローンを使ったと。ダンジョンで行方不明になった真栗さんの情報はまだ生きていた。それを使って復帰をしたのよ」

「僕の戸籍……」

「どんまい父さん。そのおかげで僕は社会に出て、こうして顔も売れた」


 終わりよければすべてよし!

 僕はそんなふうに話をまとめた。


 しかし、そうか。

 普通に考えたら子供を産んだら育児が待ってるのが普通の生活なんだよな。


「後輩はさ」

「なんです?」

「僕との子供が生まれたら、どうやって育児するつもり?」

「えっ、お揃いのお洋服を着させて、その様子をビデオやカメラで舐めるように撮影していくつもりですけど?」

「えっ」


 それは育児ではない!

 育児を知らない僕にでもわかる、そんな理屈。


「まぁ、赤ちゃんから育てられたらよかったですが、このとおり15歳の状態で産まれるって聞いたら、そこまで育児に気を回さなくてもいいかなって。産んでも数ヶ月ダウンすることもないですよね?」

「即日復帰も可能よ。もしそんなにダウンしてたら食料の確保も危ないから」


 だよなぁ、ダンジョンの中でそんな余裕はない。

 産んだ子はすぐ戦士に育てるとか。

 それがにゃん族の当たり前。

 まさに生きるか死ぬか。

 減った分を増やすための産卵なのだ。


 これを知らないまま長になってしまった。

 なので知った今、どのように育成するかの段階に来ていた。

 僕の子供を産む気満々の後輩たちを前にそれは秒読み。

 いつまでも放っておくのも問題だった。


「というか、にゃん族の新生児はどう取り扱っていく?」

「今まで通り戦士ってわけにはいかないか」


 もう戦はない。

 地上での安全圏の確保。

 にゃんにゃん王国として、地上で権力も得た。

 なので今度は平和的な動きを示さねばならない。


「そうだね、戦士として育ってしまった子達はそのまま運用するけど。新生児の方は違う運用も考えておいてもいいかも」

「その運用というのは?」

「母さんや僕のような存在もいるように、戦士とは異なる、科学者としての活用法だ。もしこれが実現できたら、にゃん族の蛮族っぷりも払拭できると思うんだよね」

「なかなか難しい道のりだとは思うけど」

「今は机上の空論でもいいさ。でもこういう方針は産む前に決めておいた方が伝達が早くて済むだろ? そしてそれを決めたらにゃん族のスペアボディの準備と第二回添い寝杯の準備を進めていく」

「!」


 母さんが息を呑む。

 前回は惜しくも敗退したからね。


「次はそうだな、───こういう企画はどうだろう?」


 僕はイベントの企画をみんなに伝えた。

 さて、準備に取り掛かるとしよう。

 にゃん族更生プランを。

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