腕をロープでグルグル巻きにされて、正座させられているサキュバス。

　口を尖らせてプイっと顔をそらしている。

「ふん。煮るなり焼くなり、犯すなりするがいいわ」

　なんだろう。

　シレっと自分へのご褒美を入れるの、止めてもらっていいですか？

「さて、正博よ、どうするんじゃ？」

「んー。そうだなぁ。この前のオークくんみたく、異世界に飛ばすことはできないのか？」

「無理じゃな。あくまであれは、『元の世界』に返すための魔法じゃ」

「この世界に『転生』したサキュバスは、この世界の住人になってしまったから、他の世界に飛ばすのは無理ってことだな？」

「その通りじゃ」

　厄介だなぁ。

　他の世界に行ってもらうのが一番楽でいい方法だったんだけど。

「やはり、消滅させるか？」

「怖ぇよ！」

「じゃが、お主は殺されかけたんじゃぞ？　そうする権利はあると思うんじゃが」

「いいよ、別に。殺されたわけじゃないし、怪我もしてないし」

　それで消滅なんてしたら、後味が悪いっていうか精神的な負担がキツイ。

「じゃが、このまま無罪放免というわけにもいくまい？」

「そう。そうなんだよ。だからどうしようかなーって」

「……なぜ、そこまでして、魔族に心を砕くのじゃ？　消して終わりでいいじゃろ」

「お前が言ったんだぞ。この世界じゃ、人間も魔族も関係なく仲良くなれるって」

「……」

「だから、消すなんて安易な方法は取りたくないんだ」

　すると禰豆美は「ふーむ」と言いながら顎に手を当てて考えている。

「じゃあ、使役するというのはどうじゃ？」

「使役？」

「うむ。配下に置くということじゃ。お主の意志に反する行動を制限することができる」

「え？　そんな便利なことできんの？」

「こんなナリでも、元魔王じゃからのう。というより、この能力がなければ魔王になれん」

「そうなのか？」

「言うたじゃろ？　基本、魔族は自由奔放じゃ。人間よりもずっとな。じゃから、使役するとことで統率を取るんじゃ。謀反を起こさないようにしたり、勝手に人間の国に攻め入ったりしないようにな」

「なるほど。言われれば納得だ」

　オークくんは別として、スケルトンなんか言うこと聞かなさそうだもんな。

　それに目の前のサキュバスなんて、完全に寝首を掻こうとしそうなタイプだ。

　そんな曲者揃いの魔族を束ねるのが、ただの強さだけというほうが違和感あるもんな。

「それじゃ、その使役ってやつで頼む。人間に危害を加えないっていう命令はできるんだよな？」

「うむ。基本は絶対服従じゃからな。もう少しガチガチに行動を規制できるぞ？」

「いや、いいよ、面倒くさいし。問題さえ起こさなければ自由に過ごしてもらっていい」

「欲がないやつじゃのう」

　禰豆美は人差し指の腹を齧って血を出し、サキュバスの鎖骨と胸の間くらいに魔方陣のようなものを血で描く。

　するとその魔方陣が光り輝き、魔方陣の中から小さい光の球が出現する。

　その球がフワフワと飛んできて、俺の胸の中に入っていった。

「これで使役完了じゃ」

「やっと事件解決ってやつか。今回はなかなか解決までが長かったな」

　うーっと伸びをすると、サキュバスがジッと俺の方を見ていることに気づく。

「ん？　なんだ？」

「一発やらせてほしいの」

「……何言ってんだ、お前」

「お願いよ！　先っぽだけでいいから！　ね？」

「嫌だよ！」

　俺が拒否するとサキュバスががっくりと項垂れてしまう。

「……あの濃厚な精気。もう一度、味わいたいのよぉ！」

「冗談じゃない。却下だ」

「そ、そんな……」

　そのとき、ススっと栞奈と真凛がサキュバスの前に立つ。

「おじさんとのお話は終わったのかな？」

「……ここからは僕たちのターンですね」

　変身しているので、２人の表情は見えない。

　だが、その声から、物凄く怒っているのがわかる。

　まあ、襲われた２人としても、文句の一つも言いたいところだろう。

　……ん？

　栞奈と真凛って襲われたっけ？

　いや、そもそも、直接話してもいないよな？

　なんで、怒ってるんだ？

　栞奈と真凛は拳をゴキゴキと鳴らすようなポーズを取る。

　鳴ってないけど。

「よくも、おじさんの唇を奪ってくれたね」

「極刑に値します」

「……え？」

　サキュバスは困惑した表情を浮かべる。

　栞奈と真凛が両手をニギニギと握るポーズを取りながら、サキュバスに迫る。

「ちょ、ちょっと待って！」

「お仕置きだべ～！」

　危険なセリフを言いながら、栞奈と真凛がサキュバスに襲い掛かる。

「いやああああああああああ！」

　青い海と空。

　白い砂浜には、今日も穏やかな波が打ち寄せる。

　そんな平穏な海岸にサキュバスの悲鳴がこだましたのだった。

「う、うう……。覚えてらっしゃい……」

　ボロボロの服に、涙目のサキュバス。

　完全に悪の組織の女幹部って感じだ。

　同人誌によくありそうなシチュエーションだな。

　まあ、お仕置きするのが女ヒーローというのはあまりなさそうだけど。

　フラフラとしながら飛んでいくサキュバス。

　できればもう二度と会いたくない相手だ。

　それにしても、今回はマジで危なかった。

　栞奈や真凛に襲われた時も、ヒヤッとしたが、今回はその比じゃない。

　……モナ子。俺の貞操、守り切ったよ。

　空を見上げながら、グッと拳を握っていると、栞奈と真凛が俺をジッと見ていることに気づく。

「……なんだ？」

「サキュバスだけズルいよ」

「何の話だ？」

「お兄さんの唇と舌、僕も味わいたいです」

「悪いな。どっちもモナ子のものなんだ」

　すると、いきなり真凛が俺の背後に回り、羽交い絞めにしてくる。

「うお！　なにをする！？」

「今です、栞奈さん！　もう、この際なので全部奪っちゃいましょう！」

「よしきた！　合点招致！」

　栞奈が襲い掛かってくる。

　しかも、真凛に羽交い絞めをされていて動けない。

「いやあああああああああ！」

　こうしてサキュバスのときを超える最大のピンチが、俺を襲ったのだった。