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第70話 水着コンテスト当日

 水着コンテスト当日。


 開催場所に向かうと、そこは意外と人が集まっていた。

 駅を降りてビーチに向かう途中のいたるところに看板が出されている。

 駐車場でもビラを配ったり、参加を促したりしているそうだ。


 コンテスト会場はメインビーチにデカデカと舞台が設置されていた。


 物凄い気合の入れようだ。

 会場の周りにはまるでお祭りかと思うくらい、出店もずらーっと並んでいる。

 いたるところには協賛と書かれた、旅館の名前が載った旗が立てられていた。

 俺たちが泊っている旅館の旗も、もちろんある。


 一年に一度の稼ぎ時に一気に盛り上げるつもりなんだろう。


 そういえば、旅館の人たちが「今年の観光客の数が異常」だと話しているのを聞いた覚えがある。


 どうやら、カメの事件と浜辺に全身タイツの変わった人たちが人助けをしているなんていう噂が流れているようだ。


 どっちも俺たちが関連している。

 まさか、変身した姿も海辺のマスコットのように思われているとは。


 そりゃそうか。

 普通、海辺にいないもんな。戦隊ヒーロー。


 カメ以外にも色々と事件はあったが、そっちはバレていないようだ。

 そっちはバレたら、ちょっとシャレにならないくらい大騒ぎになっちまう。


 そういえば、スケルトンを見て腰を抜かしていた男が、必死にSNSで発信していたようだが、誰にも信じられていないようだ。

 まあ、文章だけじゃね。誰も信じないよね。


 ……写メ撮られてなくてよかった。


「うう……。緊張してきた」

「落ち着いてください。リラックスです、リラックス」


 不安そうに胸を抑える栞奈に真凛が深呼吸を促している。


「緊張で気持ち悪くなってきたよー」

「大丈夫? 胸、揉もうか?」

「……そこは、背中、さすろうか、だろ?」


 ったく、黒武者には油断も隙もあったもんじゃない。


「案ずるな、栞奈よ。いざとなったら儂が助けてやる」


 腕組みをしながらカカカと笑う禰豆美。


「……ちなみに、助けるって、どう助ける気なんだ?」

「そんなの決まっておろうが。他の参加者を叩きのめせば、栞奈が優勝間違いなしじゃ」

「……んなの、失格になって終わりだ」

「そうなのか!?」


 ……まったく。

 なんで、こいつらはすぐ不正の方に走ろうとするんだ。

 正義のヒーローが聞いてあきれる。


 まあ、俺たちは正義のためじゃなく金のためにやってるんだが。

 なんて、打算的なヒーローだ。

 ちびっこが聞いたら、幻滅されるだろう。


「おじさん、おじさん、おじさん……」


 栞奈が手のひらに何やら文字を書いて、飲み込んでいる。


 ……なぜ、普通に人って文字にしない?


「栞奈。せっかくの舞台なんだ。緊張してたらもったいないぞ」

「え?」

「気軽に楽しんでくるくらいの気持ちでいけ」

「でも、優勝できないと、モナ子の抱き枕が手に入らないよ?」

「……死ぬ気で頑張ってこい!」

「ふえーん!」


 危ない危ない。

 そうだった。

 この水着コンテストには俺の嫁であるモナ子の抱き枕が優勝賞品だった。


 それを取るためにここまで苦労してきたんだもんな。

 なんとか、栞奈には優勝をもぎ取ってきてもらいたい。


 ……が、しかし。


 思ったより、人が多いんだよな。


 あたりを見ると、観客はもちろん、受付の方へ歩いていく水着の女の人も多い。


 予想外だな。

 てっきり、4、5人くらいの規模だと思ってたのに。


「ふふ。情けないわね。そんなんで、私のライバルだなんて片腹痛いわ」


 そう言って笑われたのは、茶子だった。


 そういえば、水着コンテストで決着をつけるとかなんとか言ってたな。


 茶子はデカいバスタオルを羽織っていて、ギラリと眼鏡を光らせていた。


「なんで、バスタオルを羽織ってるんだ?」

「これはコンテスト用の秘策。これで私の優勝は間違いなしよ」


 どうやらバスタオルは水着を隠すためのようだ。

 奇抜な水着でも着てるんだろうか。


「私が優勝したら、約束通り、三日三晩休まず犯してもらうからね」

「……そんな約束をした覚えはない」

「おじさんは、私のものだよ! 絶対に渡さないから!」


 栞奈が左手を腰に手を当て、右手でビシッと茶子を指差す。


「面白いわ。ぎゃふんといわせてあげる」

「こっちの台詞だよ!」

「おっと。受付に行かないと。閉め切られたら大変」

「あ、待ちなさいよー」


 茶子が受付の方へ歩いていくのを、栞奈が追っていく。


 あの様子なら緊張が解けたようだな。

 ここは茶子に感謝しておくか。


「ふふふ。そういうことね」

「ん?」


 どこからか、聞き覚えのある声がして、俺は周りを見渡す。


「む? どうかしたのか?」


 禰豆美が俺を見上げてくる。


「あー、いや。なんでもない。美味そうな出店が出てないかと思ってな」


 これだけたくさん人がいるんだ。

 他人の空似かなにかだろう。

 変に心配をかけてはいけないと思って俺は誤魔化した。


「ほう? 出店とな? 納豆クレープはあるかのう?」

「いや、ないと思う」


 実際、そういう商品はあるようだが、ここではそんなニッチな層向けのものは用意してないだろう。


「さてと。それじゃ、私はちょっと席を外すから」


 黒武者がそう言い出した。


「へ? 見ていかないのか?」

「……まあ、ちょっとね」


 意外だった。

 栞奈の晴れの舞台なのだから、一番前で食い入るように見ると思ったんだが……。


 あ、そっか。

 どっか、よく見える場所に行くということだな。

 例えば、ステージの下に潜むとか。


「……熱中症には気を付けろよ」

「……?」


 黒武者は首を傾げながらも、歩き去ってしまった。


 相変わらず、人の忠告を聞かないやつだな。

 ステージの下なんて、熱がこもるだろうに。


「お兄さん、僕、かき氷が食べたいです」

「お、いいな。じゃあ、とりあえず、コンテストが始まるまで出店を見て回るか。禰豆美、はぐれない様に手を繋ぐぞ」


 禰豆美の手を取ろうとすると、ぺしっと弾かれてしまう。


「子供扱いをするな」


 そう言って、禰豆美は俺の肩に飛び乗って肩車の状態になる。


「ここがよい」


 そう言って満足そうに笑う禰豆美。


「ったく。じゃあ、真凛。行くぞ」


 俺が真凛に手を出すと、こっちは素直に手を取ってくれた。


 こうして俺たち3人はコンテストが始まるまで、出店を楽しんだのだった。

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