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第71話 茶子の奇策

 13時。

 空から降り注ぐ太陽の光にも負けず劣らず、会場は熱気に包まれていた。


 水着コンテスト。


 最近ではコンプラとか配慮とかなんとかで、めっきりこういうイベントは少なくなっている。

 とはいえ、やはりこういうのはみんな好きらしい。


 確かに観客は男の比率が断然多いし、家族連れなんかはほとんどいない。

 ただ、まったくいないかといえばそうではなく、出場者の友達や家族なんかも来ているのだろう。

 時々、女の人や子供の声で、「頑張って~」とか聞こえてくる。


「それでは第1回、水着コンテストを開始いたします」


 サングラスをかけた20代後半の、司会の男の宣言により、会場のボルテージがさらに上がる。


 ついに始まった。

 俺の嫁をかけた聖戦が。


 頼むぞ、栞奈。


「今回は実に、37名が参加しております」


 ……37人か。

 思ったより多いな。


 大丈夫だ。

 栞奈ならやってくれる、と思いつつも不安が胸をざわつかせる。


「それではエントリーナンバー1番の方、どうぞー」


 司会に促されて、一人の女が歩いてくる。

 と、同時に「おおー」という男たちの黄色い歓声が飛ぶ。


 大学生くらいだろうか。

 若さと色っぽさを兼ね備え、さらに男受けが良さそうなギャルっぽい雰囲気。

 水着も結構、きわどく、布面積が少ない。


 その女が色っぽいポーズを取ると、さらに会場が盛り上がる。


「さあ、点数を見てみましょう!」


 司会の言葉に、審査員と書かれた札が置いてあるテーブルに10人ほどの人間が座っている。

 そして、それぞれ点数の札を出していく。


「おおっと! いきなりの87点という高得点がでました! これはレベルが高いです!」


 いやいや。

 大丈夫だ。

 きっと今の女がピークだ。

 そうそう、このレベルの女は出てこないだろう。


「では、次にエントリーナンバー2番の方、どうぞー」


 司会の紹介により、現れる女。


 今度は歓声というより、どよめきだ。


 おそらく30代中盤くらいだろうか。

 完全に大人の色気に全振りしている。


 さっきの女よりもプロポーションがよく、かなり胸もデカい。

 歩くたびに、バインバインという音が聞こえてきそうだ。


 観客は声を上げるどころか、呆けて見ている。


 そして。

 舞台の中央で、女がポーズを取って、ウィンクする。


 すると、さっきよりも大きな歓声が会場を包んだ。


「……こりゃ、勝てねえな。禰豆美、真凛、行くぞ」


 俺は2人を連れて、コンテストの控室へと向かったのだった。




「出場者の関係者だ」

「いやいや。関係者でも通すわけないじゃないですか」

「なんでだよ?」

「……中で他の参加者が着替えてるんですよ」


 俺は売店に行った後、栞奈に策を授けるため、控室に行こうとしたところをスタッフの男に止められてしまったというわけだ。


「大丈夫だ。俺は3次元に興味はない」

「……」


 なんとか説得を試みるが、不審な目を向けられて終わってしまった。


 くそう。

 なぜ通じないんだ?

 俺はこの世界の人間に興味はなく、2次元のみに生きる、いわば超越者なんだということに。


 とはいえ、こんなところで時間を無駄にしている場合ではない。

 奥の手を使うか。


「実は俺は女なんだ。通してくれ」

「はっ!」


 ……鼻で笑われてしまった。

 解せぬ。


 じゃあ、押してダメなら引いてみろ、だ。


「一緒に覗かないか?」

「……」


 スタッフの動きがピタリと止まる。

 そして、5秒後。


「だ、ダメに……決まってるじゃ……ないですか」


 下唇を噛みながら、悔しそうに言うスタッフの男。


 ちぃ。

 ギリギリで理性が勝ちやがったか。


「ここを通りたいのか?」


 突然、肩車している禰豆美が口を開いた。


「え? ああ。そうなんだけど……」

「ふむ」


 禰豆美は俺の肩からジャンプして、無駄にかっこよく回転してから着地する。


 そして――。


「ふん!」

「はぅ!」


 いきなりスタッフの男の腹を殴りつける。

 その衝撃で、スタッフの男が10センチほど浮き上がった後、前のめりで倒れて失神した。


「よし、いくぞ」


 スタスタとスタッフの男の横を通り抜ける禰豆美。


 ……ホント、すんません。


 俺はポケットの中から、宝物の一つであるモナ子のステッカーをスタッフの男の横にそっと置く。


 慰謝料だ。

 釣りはいらないから、もらってくれ。


 俺は合掌してから、控室へと向かおうとする。


「お兄さん、待ってください」

「ん?」


 真凛が静止してきたので、振り向く。

 すると、真凛が何か、輪っかのようなものを渡してくる。


「これをつけてください」


 スタッフの男から奪った、スタッフを示す腕章だった。


 ……ホント、真凛ってば抜け目ないね。

 こういうところは頼もしさを感じるな。


 俺は真凛から腕章を受け取り、腕に嵌め、今度こそ控室へと向かった。




「……どうだ?」

「大丈夫です。全員、着替え終わってみたいです」


 先に真凛に控室の中を覗かせる。

 万が一、誰かが着替えている中、俺が入っていけば、たとえスタッフの腕章を付けていたとしても、100パーセント悲鳴を上げられるだろう。

 そうなったら大騒ぎになり、コンテスト自体、中止になりかねない。


 あれ? 最初から真凛に行かせればよかったんじゃないか?


 ……まあ、いい。

 過ぎたことを言っても始まらない。

 今、目を向けるべきことは過去よりも未来だ。


 俺はゆっくりと控室に入る。

 色々なことをしていたせいか、ほとんどはもう、舞台の外に出ているようだ。

 控室には数人しか残っていない。


 まさか、栞奈はもう呼ばれてしまったか?


 慌てて控室の中を見渡すと、端でウロウロと歩いている栞奈を見つけた。

 どうやら、また緊張し始めたらしい。


「栞奈」

「え? あ、おじさん!」


 テテテと走ってくる栞奈。


「どうしたの?」

「作戦変更だ。あまり使いたくなかったが、これを着ろ」


 俺は売店で買ったものを渡す。


「……うん。わかった」


 栞奈が水着を持って、控室内にある更衣室に入っていった。


 ……これでも、優勝を狙えるかは5分といったとこか。

 ただ、もう、これにかけるしかない。


「ふふふ。なにを企んでいるかは知らないけど、無駄よ」


 未だにバスタオルを羽織った茶子がにやりと笑いながらやってくる。


「言っておくけど、今回の水着コンテストは私の勝ちよ」


 自信満々に言う茶子。


 茶子はどちらかというと、栞奈よりの体型だ。

 つまり、グラマーというよりはやや子供っぽさが残る感じなのだ。


 なぜ、それでここまで自信を持てるんだ?


 俺がそう思っていると……。


「では、エントリーナンバー35番の方、どうぞ!」


 外から司会の声がかかる。


「行くわよ!」


 バサッと茶子がバスタオルを取った。


「……」


 俺は思わず、絶句する。

 なぜなら、バスタオルの下は――。


 全裸だった。


「これが私の秘策よ。これで優勝間違いなしだわ!」


 眼鏡を光らせながら笑みを浮かべる茶子。


「あほかーーーーーー!」


 俺は思い切り、茶子の頭にチョップをかましたのだった。

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