「あぎゃーーーー!」
俺の会心の一撃を頭に食らい、うずくまる茶子。
だが、すぐに立ち上がり、ギンッと俺を睨む。
「なにするのよ!」
「それはこっちの台詞だ! お前はコンテストをぶち壊しにする気か!?」
「はあ? 意味わかんない。あ、わかった! 私が優勝するのが怖いのね? 伝説の女になるのが怖いのね!?」
ああ。
その恰好で出ていけば、そりゃ伝説の女になるだろうな。
確かに、お前のその後の人生を想像したら、恐怖を覚えるよ。
「とにかく、お前はすぐに辞退するか、人生を見つめ直せ」
「なんでよ!? 私はこれで水着コンテストの優勝をゲットするんだから!」
「水着、着てねーだろーが!」
「…………はっ!?」
茶子は目を見開く。
そして……。
「しまったぁーーーーーーーー!」
膝から崩れ落ち、四つん這いになりながら、号泣をし始める。
俺は舞台袖から、司会の男に腕で×印を作ってみせた。
「……ど、どうやら、エントリーナンバー35番の方は体調を崩されたようです」
アドリブで何とか切り抜けてくれた。
まあ、崩したのは体調じゃなく、精神だけどな。
「ねえ……」
いつの間にか泣き止んでいる茶子が四つん這いの状態で、つぶやくように声を出した。
「なんだ?」
「今なら後ろから突っ込み放題よ」
俺の方を見上げて、眼鏡を光らせながらドヤ顔で言う。
「服着ろ」
「なによ!? 女に恥かかせる気!?」
「もう、とっくにかいてるだろ」
というより、その状態が恥だと思っていない時点で、かなり斜め上方向の精神の持ち主だ。
たぶん、俺の常識を言ったところで理解不能だろう。
俺が茶子の常識を理解できないのと同じように。
うーん。
世の中、理解し合うのって難しいんだなぁ。
「風邪ひくぞ」
俺はさっきまで茶子が羽織っていたバスタオルを拾い上げ、茶子の肩にかける。
「……そうね」
茶子は立ち上がって、再び、バスタオルを羽織った。
「もし、私が熱を出して、動けない状態になったら悪戯する?」
「病院に連れていく」
「……はあ」
茶子が呆れたようにため息をつく。
あれ? 俺、なんか変なこと言ったか?
てか、連れてくよね? 病院。
「ホント、斜め上の反応よね、あんたって」
すごすごと更衣室の方へ歩いていく茶子。
俺からしたら、お前の方がよっぽど斜め上だけどな。
「それでは、次に、36番の方、どうぞー」
舞台の表で司会の男がそう促した。
俺は一瞬、栞奈か? と思ったが、どうやら違っていたようだ。
俺の前を人影がスーッと通り過ぎ、舞台へと出ていった。
「私が優勝して、あなたを手に入れてみせるわよ」
すれ違いざまに、そんなつぶやきが耳に入ってくる。
一瞬何のことかわからなかったが、すぐに、ある可能性へと思考が辿り着く。
「まさか!」
俺は慌てて舞台の方へ視線を向けた。
と、同時に、観客が一気に盛り上がり、今日一番の歓声が鳴り響く。
色気を引き立たせるように、腰を振りながら歩く。
人間離れしたプロポーションと、美貌。
それもそのはず。
今、舞台に立っているのは――。
サキュバスだった。
ドンドンと会場のボルテージが上がっていく。
もう、なんていうか地鳴りさえ起きている。
観客を見てみると、男だけじゃなく、女でさえも叫んでいるようだ。
これがサキュバスの能力か。
ヤバい……。
さすがにサキュバス相手だと、分が悪いか?
「さ、さあ、それでは点数を見てみましょう。審査員のみなさん、よろしくお願いします!」
司会の男に促され、審査員の人たちが点数の札を上げ始める。
「10点、10点、10点、10点、10点、10点、10点、10点、10点、9点。来ました! 今大会の最高得点、99点です!」
その点数にさらに会場が盛り上がっていく。
99点。
一人だけ、かろうじて9点を付けたことで、まだ可能性はある。
100点を取れば、逆転優勝。
……可能性は0に近いと思うが。
「では、最後の37番の方、どうぞ!」
「はい!」
いつのまにか、スタンバイしていた栞奈が、やや緊張気味の声を出しながら、舞台へと出ていく。
「おお!」
栞奈の姿を見て、一部の人間が声を上げる。
俺の授けた策。
それはスクール水着だ。
肌の露出やプロポーションではどうしても栞奈では勝てない。
なので、栞奈の子供っぽさが残っている部分を押すことにしたのだ。
俺の予想通り、一部の人間には刺さったようだ。
食い入るように栞奈を見ている観客も少なからずいる。
だが、全体として見ると、どうしてもさっきのサキュバスと比べると見劣りしてしまう。
そして、栞奈は舞台の真ん中に立つと、決めポーズとばかりにグッと親指を立てる。
……もう少し、なんていうか可愛らしいポーズは思いつかなかったのか?
「それでは点数の方を見てみましょう。審査員のみなさん、よろしくお願いします!」
司会の男に促され、審査員の人たちが点数の札を上げ始める。
「8点、10点、9点、7点、8点、9点、7点、9点、8点、100点。……合計は――175点――! 来ました! 最高得点! 37番、逆転優勝です!」
ワーッと会場も沸く。
今までにない、さっきのサキュバスのときよりも大盛り上がりだ。
万雷の拍手が巻き起こる。
「やったー! やったよーおじさん!」
栞奈が喜んでピョンピョン飛び跳ねている。
……いやいやいや。
なんだよ、100点って。
なんで、最後の審査員の持ち点が他の審査員と桁が違うんだよ。
そう思って見てみると、審査員の席には、鼻血を出しながら100という札を掲げている、サングラスをかけた黒武者の姿があったのだった。