握られていないもう片方の手で、背中に流していた髪を前に持ってくる。
確かにルシアンの言う通り少しだけ先が黒く変わっていたが、癒しの力によって次第に元の金髪に戻っていく。
「……もう大丈夫だな」
しばらくして、ルシアンが手を離した。だがジャスティーナが礼を述べるより早く、ルシアンが手を差し出す。
「ジャスティーナ、魔鉱石を見せて」
「え?」
「いいから早く」
「は、はい」
普段あまり見ることのないルシアンからの圧を受けて、ジャスティーナは急いで首元から魔鉱石のネックレスを引っ張り出した。
「やっぱり……」
それを見てルシアンはため息をつく。
ジャスティーナも胸元に視線を向けると、魔鉱石は輝きを失った石になっていた。
「え……どうして」
「どうして、じゃない。単純なことだよ。俺の癒しの力が底をついたんだ」
ルシアンはまっすぐジャスティーナを見つめてくる。
「これまで早くても三日、癒しの力はもっていた。それで容姿の変化も抑えられていたし、転移魔法とか闇の力を使うことはあっても充分足りていたはずだよ」
「ええ……」
「減りが早すぎると思わないか? これを交換したのはいつだった?」
「昨日です……」
咎めるようなルシアンの口振りに、思わず敬語になってしまう。
「急激に減ったことに心当たりは?」
「ええと……」
ジャスティーナは自分の行動を思い返す。
昨晩はヴィムを呼び出した際、転移魔法を使った。
今日は、地下室に閉じ込められて何も見えなかったので闇の炎で周囲を照らし、そのあとは転移魔法で自室に戻っている。
使用した闇の力はいつもと変わらないはずだが。
思い返しているうちに、「あ」と手で口元を覆った。
(お父様のことを真似て、暖かい風を生み出そうとしたわ。闇の炎を何倍にもして、それで成功してしまった)
そんなジャスティーナを見て、ルシアンが深く息を吐く。
「その顔は心当たりがあるようだね」
(どうしよう、本当のことを言ったら無茶するなって怒られるかしら。それより、閉じ込められたことに驚かれるかしら)
おそらく両方だ。そして間違いなく余計な心配をかけてしまう。
ジャスティーナがなかなか話せないでいると、ルシアンが顔を近づけてきた。
「……それって、君が旧学舎に行ったことと関係してる?」
「えっ……」
胸中を見透かされて、ジャスティーナは思わず目を見開く。
「やっぱりそうか。これでも君の幼馴染なんだ。その顔ではっきり分かったよ」
「どうして……」
「さっき君は旧学舎を『あんなに老朽化していて』って言ったんだ。だから、近くで見たことがあるんじゃないかと思って」
じっと見つめられると、心の奥底まで覗き込まれているような感覚になる。彼の目が『俺に隠し事はしないでくれ』と訴えているようで、ジャスティーナはこれ以上誤魔化すことが心苦しくなってきた。
「……ええ、ルシアンの言う通りよ。やっぱりあなたには敵わない」
まず、アデラたちの罠にはまって地下室に閉じ込められたことを話した。ただ、この件は試合中にそのお返しをしたことと一応言いたいことは言って気が済んだので、三人の更生を信じて彼名たちの名は明かさないでおくことにした。最初は憤りの様子を見せたルシアンも「君がそう言うのなら」とジャスティーナの気持ちを汲み取ってくれた。
続いて、自身が本来持つ風の魔力と闇の炎を合わせて、温かい大きな風の渦を作ったことを話した。
研究者が何人がかりで生み出すような魔法を、ジャスティーナ一人で出来たことにルシアンは心底驚いていたようだったが、疑うことなく信じてくれた。
「ルシアンに心配をかけたくなくて。すぐに言わなくてごめんなさい」
「例え心配するなといわれてもそうはいかないよ。君のことは大事だし無茶もしてほしくない」
ルシアンは肩の力を抜いたのかやや姿勢を崩すと、上着から白い箱を取り出した。開けると、青い輝きに満ちた魔鉱石のペンダントが入っている。
「スペアの石だよ。今つけているのと交換しよう。念のために持ってきておいて良かった」
ジャスティーナは身に付けているペンダントを外し、ルシアンが持ってきてくれたそれと交換した。
「もうルシアンに隠し事はしないわ。だからもう一つ聞いてほしいの」
「まだあったんだね……」
「ごめんなさい。実は地下室に閉じ込められた時、例の声を聞いたの。今度は頭に流れてきたんじゃなくて、直接耳で。それに壁の一部が石で無理やり塞がれているような感じで、その奥に木の扉みたいなのがあったの。これは予測なんだけど、私が最初に森で声を感じた場所とあの地下室は繋がってるんじゃないかと思って。この学院のことを調べたいと思ったきっかけはそれなの。もっと言うと、この学院の敷地内の地図なんかあれば良かったんだけど」
「まさか……」
「だから夜にでも確認しに行こうと思ってる」
「危険だ!」
ルシアンが勢いよく立ち上がる。その音に、離れて座っていた学生が迷惑そうな顔を向けた。
「一旦出ましょう」
図書室で静かに調べものをするはずが、いつの間にか話し込む時間になってしまっていた。
本を元の場所に戻して、図書室を出る。
「ごめん、俺が急に大きな声を出したから」
「いいえ。ルシアンが一緒にいてくれなかったら私、自分の変化に気づかすに誰かに見られていたかもしれないわ。その方が大騒ぎよ。それに、あまり人のいないところで二人だけだったから良かったわ」
ジャスティーナはひとまずロレッタと別れた中庭に向かうことにした。そこで待ち合わせをしている。
「さっきの話だけど、夜に行くのは本気なのか?」
「ええ。気になるというのが理由だけど、何だかそれ以上に呼ばれている気がするの。何か大事なことを思い出せそうな気がして」
「……それって魔王に関すること?」
「多分。私がこれから自分の道を外れないよう、魔王だった時のこともちゃんと分かっておきたいの」
「ジャスティーナ……」
「もちろん、一人で行くつもりはないから安心して。念のため、ヴィムにも一緒にいってもらおうと思ってるから」
「だったら、俺も行くよ」
ルシアンは立ち止まった。
「危険が伴うかもしれない場所にみすみす君一人を行かせるわけにはいかないよ。さっき君に無茶をしてほしくないと言ったのは本心だし、今でもそう思ってる。でも君が進もうとしている道を止める権限は俺にはない。だったらせめて一緒に連れて行ってくれないか? ヴィムみたいに強くはないかもしれないけど、俺も水魔法を使えるし、君がケガをしたらすぐに治せる」
「ルシアン……」
真剣な眼差しから彼の強い気持ちが伝わってくる。きっと自分の知らないところでジャスティーナの身に何かが起こることが不安なのだろう。
「ありがとう。私もルシアンを危険な目には遭わせたくないわ。でももし一緒に行ってくれるなら、全力で守るから」
「……それは俺のセリフなんだけど……でも今は闇の力を使える君の方が俺より強いのかもしれないな。とにかく分かった。お互い細心の注意を払って挑もう」
今後のことを話し合おうとした時、窓の向こうでロレッタの歩く姿が見えた。待ち合わせの中庭とは反対の方向へ歩いていく。その足取りに何となく力が入っていないような気がして、ジャスティーナは走り出した。
「そのことはあとで話しましょう」
「ジャスティーナ、どこへ……!」
ルシアンがあとから追いかけてくるが、今はロレッタのことが気になる。
ジャスティーナは外へ出るとロレッタの元へ駆けつけた。
「ロレッタ、どこへ行くの?」
背後から肩に手をかけると、ロレッタはゆっくりと振り返った。
その目には涙が零れ落ちそうになっている。
「え、ちょっとどうしたの⁉」
「……ジャスティーナ様ぁ……!」
ロレッタはジャスティーナに抱き付くと、わっと泣き出してしまった。