「どうしたの、お兄たん?」
「いや、なんでもないさ。今日は何を攻めるか決めたのか?」
「実はねー」
話を聞けば、どうも志谷さんと同じチャレンジメニューに挑むという話だそうだ。
今や廻る寿司でもチャレンジメニューだなんてものがあるのだとか。
「そっか。あんまり張り合いすぎて無理すんなよ」
「流石におねえたんに勝てるとは思ってないよ」
「そりゃ良かった。俺と理衣さんはマイペースで行くから。勝とうと思わず、楽しんで挑戦してくれ」
「うん!」
それだけ言って、みうは志谷さんと同じテーブルに駆けていった。
どうやらチャレンジャー用の席があるらしい。
満腹飯店の時もそうだったが、それなりの席の備えが必要らしかった。
「配信はどうするの?」
「そこはこういうので」
俺は手元からスライムを溢れ出させる。
「待って。待ちなさい、あなた一体」
「これ以上隠すつもりはないからいうけど、俺も契約者なんだよね」
手の甲じゃなくて心臓に埋まってるから、ちょっと見せるのは勘弁な、と言い含める。
「そういうこと。だからみうちゃんがあんなふうになっても動じずに受け入れられるのね?」
「俺の様にまではなってほしくなかったがな。なっちまったもんは仕方ない。諦めて平穏な解決策を目指すさ」
「世間の目は厳しいわよ?」
「それは1番よく分かってる瑠璃さんを味方に引き入れたから平気だよ。理解者が増えるっていうのはそれだけ安心感が違う」
「そう。まぁいいわ。言いたいことはいっぱいあるけど、それは他人に見られても平気なの?」
「ダメに決まってるじゃん」
「それはそうでしょうよ」
「なのでこうやって擬態をかける」
あっという間に脚立に早変わりだ。
これをみうと志谷さんの顔が見える位置において、準備オッケー。
こっちでも配信を眺めながら食事をして賑やかしをする。
俺たちの食事風景はって?
まぁ理衣さんの食事くらいは取っておくか。
え、必要ない?
一応瑠璃さんへの報告もあるからさ。
言いくるめて、渋々了承してもらう。
それでは収録と行こうか…
スライムの遠隔操作を開始する。
みう達はちょうどレーンの向こう側なので、声をかければそのまま開始の合図をできた。
「みんなー? こんばんはー! 今日みうはですねー、アーカムシティの廻るお寿司屋さんに来ています!」
「シャース! 私もいるであります!」
「今回はみうと志谷さんのコラボ、もとい大食い対決ですね。解説はお兄たんこと空海陸と」
「理衣お姉たんこと九頭竜理衣で行うわ。見てるだけでお腹いっぱいなのだけれど、これを本当にこの二人が食べられるのかしら?」
理衣さんが初見らしいコメントを寄せる。
彼女の食は細いので、その心配は非常によくわかるものだ。
:こんみうー(*´ω`*)
:こんみうー( ・᷄ὢ・᷅ )
@威高こおり:こんみうー_φ(・_・
:おつみうー( • ̀ω•́ )✧
:今始まったばっかやで_(:3 」∠)_
:晩飯食ってきた( *˙ω˙*)و グッ!
:これをおかずに晩酌キメるで٩(›´ω`‹ )ﻭ
「今回はみうと志谷さんに別の席で食べてもらいながら、俺と理衣さんの少食タッグは別の席で適当に賑やかししています」
「ねぇ陸くん…ここってクロワッサンはないの?」
早速わがままが炸裂してら。
「あんなパンクズがボロボロ溢れるもの、置いてるわけないでしょ」
「あら、それをこぼさず食べるのが通なのよ?」
そう言いながら、ボロボロこぼすじゃん、あなた。
食べてすぐ寝るくせに、何を偉そうに言ってるんだか。
:お姉たん……お寿司屋さん向いてないよ( ・᷄ὢ・᷅ )
:品揃えあるとはいえ流石にフレンチまでは揃えてないやろ_(:3 」∠)_
@威高こおり:よろしければ配達しますよ?_φ(・_・
:こおりお姉たん、甘やかさないで(*´ω`*)
@瑠璃:姉さん……
「瑠璃までそんなコメント打たなくていいじゃない。冗談よ。それくらい弁えているわ」
「一応メニューは見てみますけど、期待しないでくださいよ?」
「ええ、それまで紅茶でも飲んで待たせてもらおうかしら」
紅茶、あったかなぁ?
茶葉からお湯から何から何までこだわる人に、粉の緑茶は口に合うだろうか?
まぁいいや。探したけどなかったっていえばなんとかなるだろ。
そんなやりとりをしてる横ではみう達の前にタワーになったデカ盛り桶がやってきていた。
なんと制限時間は30分。酢飯込みで5kgあるらしい。
インスマスで食べた海鮮丼とタメを張るほどあるぞ?
ここって普通の回転寿司屋だろ?
いつの間にアーカムは大食いのメッカになったんだ。
早速タイマーオン!
二人して一斉に食べ始める。
気がつけばギャラリーが席を囲うように人垣を作っていた。
「白熱しているわねぇ」
「めっちゃ他人事ですね」
「他人事だもの」
言いながら、ワサビ抜きの鯵をごま油と塩で食べている。
なんとなく通な食べ方だなと思ってしまう。
真似して食ってみたら美味かった。
「これ、うまいですねぇ」
「そうね。唯一食べられるお魚がこれなのよ」
「お魚、食べられないんですか?」
「食べる機会がなかったと言った方が正しいわね。こうやっていろんなお寿司が回っているのを見ると、いろいろ挑戦してみたくはあるのだけど、私の胃袋って小さいから。二切れ食べたらお腹いっぱいなのよ」
「もったいないですねぇ」
なお、クロワッサンも食べれて三個らしい。そりゃ食費が浮いていいな。
しかしこうも少食だと家族は心配が尽きないらしい。
代わりに俺がバクバク食べることにした。
「そうやっていっぱい食べる男の子は好感が持てるわ」
「すぐ横で比較にならない量食べてる女の子達がいますけどね」
「それは見なかったことにするわよ」
:草(*´ω`*)
:草( ・᷄ὢ・᷅ )
:みうちゃんもかわいいよ?( *˙ω˙*)و グッ!
:いっぱい食べる君が好き_(:3 」∠)_
@瑠璃:姉さん……
そしてすぐ近く(真後ろ)から同様の声が聞こえてきた。
「秋乃、もうお腹いっぱいか?」
それはなすりつけ野郎こと、例の熱血漢のパーティリーダーだった。
車椅子ってことは病人だろうし、食が細いんだろう。
久しぶりの外食だからと、それなりに奮発した。
もっといっぱい食べていいと周囲は言うが、本人の胃袋が先に限界が来てしまったようだ。
そしてみう達を羨ましそうに見つめている。
あんなにいっぱい食べられたら、兄(?)たちを困らせなくてもいいのにと、少女は眉根を寄せていた。
そしてどれだけ唸っても胃袋は消化を促さないのでそのまま帰ることに。すぐ後ろの席だったこともあり、会計を済ませに行くところで目が合った。
「あ」
「よう。あれから無事討伐できたようだな」
「ああ、お陰様でな。あれはお前の妹か?」
男の視線がみうに向く。
たくさん食べる。さぞ羨ましいだろう。
「そうだ。ああ見えて病人だ。見えないだろ?」
「冗談は勘弁しろ。うちの妹と、あまりにも違いすぎる」
ダンジョンの中であんなに動けていた。
そしてダンジョンの外でもあんなに食べられる。
どうみたって健常者のそれだろうが、男の目はそう言いたげだ。
「ダンジョン病というのに心当たりはあるか?」
「聞かんな」
「うちの妹はその病気で、なぜかダンジョンに連れて行くと飛んだり跳ねたりできるようになった。それまでは、余命幾許かを宣告されてたんだ。一人で立つのもやっと。俺も、藁にもすがるつもりでダンジョンに足繁く通ったさ。でも、妹の病気は回復しなかった」
「それが、どんなマジックを使えばあんな元気に?」
「聞きたいか?」
「教えてくれ! 俺は、俺の命はどうなったっていい! 妹の、秋乃の元気な姿が見られるんなら俺はよぉ」
「そこまで気負わなくたっていい。実はうちのクランではな、ダンジョンアタックをするメンバーを募集中なんだ」
「そのメンバーにうちの妹を? 流石にそれは……」
「乗るか降りるかはあんた次第だ。ちなみに今俺の目の前にいる理衣さんも同じ病気だぞ」
「はぁい」
他人事の様に振る舞っていた彼女が手を振った。
健常者の様に見えていたもう1人もまた、難病にかかっていると知って男は目を丸くする。
「何? いや、待て。名前を聞いたことがある」
「九頭竜理衣よ。こう見えてあなたよりもお姉さんだから」
「【千海】の理衣! 目覚めていたのか!」
「お陰様でね。そこにいる陸くん、そしてみうちゃん。他にもう一人、そこでみうちゃんに並んで食べてる子のおかげで、安定して起きられるようになったわ」
「ずっと寝たきりだって、もう活躍はできないって、そう言われていたあんたが起きられた? じゃあ、うちの妹も?」
「症状がどういうのかわからないけど、回復の見込みはあるんじゃない?」
「わかった。頼む! 妹を、秋乃を治してくれ!」
「一応話は通しておく。流石に九頭竜プロから許可をもらわないとさ」
「そっか、そうだよな。そんな簡単な話じゃないか」
@瑠璃:許可するよ
:瑠璃お姉たん?( ・᷄ὢ・᷅ )
:いいの?( • ̀ω•́ )✧
:本人の言葉を聞かないと( *˙ω˙*)و グッ!
「うちの妹はさ、言葉を話せないんだよ。難病でな。ALSって知ってるか?」
「いいや」
「脳からの命令が体に飛ばなくなる病気で、今じゃ頷くのがやっとなんだ」
体もこの通り、車椅子でようやく。
普段はベッドで寝たきりで、楽しいこと一つさせてやれない。
そんな自分が不甲斐なくて仕方ないと男は嘆いた。
その男は、当時の自分を眺めているようだった。
「わかった、協力しよう」
「助かる。それと、あの時は当たって悪かった。金が必要だったんだ。少し、気が逸ってた」
「その気持ちは非常によくわかる。俺も、在学中は他人の気など二の次だったからな」
「そういえば、名前も聞いてなかったな」
「空海陸だ。あんたは?」
「小倉敦弘。って、待て。空海陸といったら学園四天王の?」
「なんだそれ?」
「なんで本人が知らねぇんだよ!」
そんなこと言われても、退学後の噂なんて知ってるわけないじゃんか。
「って、そっか。あんたがあのユニークテイマーか。俺、とんでもねぇ人物に喧嘩売ってたんだな。本当、周りが見えてなかった」
「別に怒っちゃいないさ。理由があったんだろうなって思った。だから助けてやっただろ?」
「配信者のくせに他人を助ける余裕があるなんて変だなと思ったんだよ」
和解をしたところで、すぐ横からワッと歓声が上がった。
どうやらあっという間に制限時間が来ていたようだ。
そこではガッツポーズを取る志谷さんと、笑顔ではいるが食べきれないことに悔しさを覚えるみうの姿があった。
やばいな、白熱の試合シーンを丸々見てなかったぞ?
あとでアーカイブ化する前に閲覧しとくか。
なんにせよ、新しい仲間との顔合わせが待っている。
そこら辺の打ち合わせも兼ねて、後日連絡を取り合うことにした。
今日はそうだな、みうがちょっと荒れそうなのでその宥める作業に忙しそうだ。