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第58話 車椅子の少女

「お兄たーん、完食できなかったー。慰めてー」


 初めてのタイムアタック。緊張しながらも美味しく食べられたが、今になって悔しさが込み上げてきたとばかりに抱きついてくる。


「よしよし。でもまぁ美味しく食べれたんだろ?」


「うん、でも悔しいよ」


 みうに敗北なんて経験させたくなかったが、この世はなんにでも勝負を絡める。

 大食いで負けたからと何かを踏み躙られることはないが、それでも悔しさは次を頑張ろうと思う糧になるか。


「次頑張ればいいさ」


「そうなんだけどー」


 どこかやりきれないといった感情。

 そして見知らぬ視線に気がついた。

 俺の体を盾にして、その少女と距離を取る。


 車椅子の少女、秋乃ちゃんはみうに気がついてにこりと微笑み、ぺこりと頭を下げた。


「えっと、あの子誰?」


「新しくうちのクランで預かることになった子だよ。みうとおんなじ契約者らしい」


「じゃあ、手の甲に?」


「あるそうだ」


「そ、そうなんだ。良かったー」


 良かった?

 何か安堵する要素でもあっただろうか?


「あたし達のことを理解してくれない人が入ったんじゃないかって、そういう心配」


「瑠璃さんがそんな無計画にメンバー入れるわけないだろ? なんだかんだ共通項がある。それが契約だ」


 若干一名、契約を仕掛ける側の存在がいるけど。

 俺もまぁ人のこと言えないからな。


「それもそうだね!」


 プロだもん! と納得する。

 プロだからって間違いを犯さないわけじゃないけどな。

 けど顔も知らない大人より信用度は高いか。


「いやー、食べた食べた」


「志谷さんはまだまだ食べられそうだね」


「流石にこれ以上食べたら、他のお客さんの分がなくなっちゃうから。そういう不粋はしないんだよ! って、そっちの子は?」


「小倉秋乃ちゃん」


「あー」


 こいつ、何か知ってるな?

 化身というだけあって、契約者以上の情報を持ってるだろう。


「明日香お姉たんは知ってる子?」


「直接は知らないけど、噂は聞いたことあるよ」


「噂?」


「ポルターガイストを誘発する少女」


「秋乃ちゃんが?」


「それを見た人はいないらしいけど、その子の病室では度々不思議なことが起こるんだって。とはいえ、その病院は入院患者が頻発して、疲れから幻覚を見たのではないかってのが真相だったりするんだけどね」


「そんなことできるわけねぇぜ! なんせ秋乃は、もうずっと車椅子生活を余儀なくさせられてるんだ! 立って歩くことも、ましてやそんな不思議な力も使えねよ」


「えっと?」


「秋乃の兄貴の敦弘だ。あんときは当たり散らして悪かったな」


「あ! 図書館のなすりつけの人!」


「その言い方は少し悪意あるが。まぁ、そういうことだ。妹が、こんな病気でな。少しでも稼いで何かご馳走でもと思ったんだが、こういう寿司屋くらいが限界でな」


「お寿司は美味しいもんね! 秋乃ちゃんはあんまり食べられなさそうだけど? 食べられた?」


 秋乃ちゃんはこくこくと二回お辞儀をした。


「へぇ、二個も食べたんだ! 美味しかった? 良かったねー」


「うちの妹の言ってることがわかるのか?」


「みうもまた、流動食で育った過去がある。言ってることは分からずとも、初めて食べた食事の感動は理解できるのさ」


「そうなのか。あんなにいっぱい食べるからてっきり……」


「元から食が太いと思ってたか?」


「ああ……」


「色々と理由があるんだよ。だから大丈夫だ。あの子もきっと、立って歩けて食事も満足にできるようになる日がくるさ」


「私がずっと起きられるようになったみたいにね」


 理衣さんが年長風を吹かせた。


「今日はまだ眠くならないんですか?」


「不思議とね。こんなにも長く起きていられるのも初めてよ」


 前までは寝るまでの時間を潰す作業しかできなかった。

 でも今は違う。何かをやろうという気力が生まれた。

 志谷さん効果もあるのか。それが秋乃ちゃんにどんな効果を与えるか分からない。


 けど、病気を克服してきた実績が秋乃ちゃんも、そうなれると確信されるに至る。

 全員が一つの目標に向かった瞬間だった。


「それとこれ」


 敦弘にみうチャンネルのアドレスと、過去のデータを手渡す。

 そこには専用passと、書き込み権利を書き添えていた。

 今後登場するかもしれない妹の活躍に、兄貴が発言できないんじゃ本末転倒だからな。


「あんたの妹さんの活動記録か」


「ああ、今でこそこれほど元気だが、最初はな」


 見るも無惨、までは行かないが。今の秋乃ちゃんとそう変わらない生活を送っていた。生きる気力を見せない、なんのために生きているか分からない。それでも生きてるから時間を潰した。夢も希望もない。抱くことが烏滸がましく思えるほどの空虚な時間。


 それを知っているからこそ、抜け出すための手助けがしたいとみうは手を差し伸べる。他ならぬ自分がそうされたように。


「秋乃ちゃんは大丈夫、あたしが助ける。ううん、あたしたちが全員で看病するよ! うちのクランは凄腕のお医者さんが揃ってるもん! 栄養管理士のお兄たんの作る食事も美味しいんだよ!」


「あんた、そんな技術を?」


「妹が食うのに困ってるんだ。兄貴ならそれくらいするだろ?」


「俺は不器用だからよ、金を稼ぐしか脳がないんだ」


 その稼ぐのも限界が見えてきてしまった。

 我ながら情けないと悔やんでいる。


「そうか。でもな、やろうとする気持ちを否定してちゃ前には進めないぜ? 側で見守るだけじゃ、救える命も救えなくなる。だから頑張れ。何、俺もサポートするさ」


「ああ、それもそうだ。改めて妹を頼む」


「こちらこそよろしく。ああ、あとクランから後日関係者手続きの書類が送られると思う。それが通れば晴れてあんたも面会に来れるようになる。病院と違って面会はいつでも受け付けてる。部屋は病院と遜色ない設備だが、人の出入りは厳重。だから審査が必要でな」


「面会時間がいつでもというのはありがたいな。その、普通の病院じゃ叶わないだろ?」


 17:00を過ぎたら基本面会は打ち切られる。

 病院側は患者を優先する仕組みがあるからだ。

 なので時間が間に合わずに面会も疎かになってしまう人は多かった。

 俺も。そして彼も。


「そうだ。クランができるまでは俺もそこで苦労した。だからこそ、そういう時間にとらわれない面会時間が取れるように手を回したのさ。まぁ個人資産じゃ無理だったので九頭竜プロに根回ししてもらったんだけどな」


「どこからそんな得上のコネを拾い上げられるんだよ、一介の学生に過ぎない俺なんかが」


「偶然さ」


 偶然、魔石をおっことした。それを拾い上げたのが九頭竜プロだった。

 それだけだ。


 こうして、うちの病室に新しい患者がやってきた。

 みうと理衣さんだけの二人部屋だったが、三人暮らせる部屋へのお引越しが始まる。ほとんどが模様替えの取り決めだ。

 みうと理衣さんが提案をして、そこに秋乃ちゃんの意見が参照される。


 病院での風景や暮らしなんかは撮影して敦弘なんかに送った。

 返信には感謝の言葉が述べられていた。


 面会に行けなかったと言っていたように、入院時の暮らしは一切見通せなかったそうだ。それが透明化されて、安心して探索に打ち込めるとも言っていた。

 そんな無理して稼ぐ必要はないと言っておいたが「それでも兄貴なら何か送ってやりたいだろ?」とのこと。気持ちはすごいよくわかるので好きにさせた。



「陸君、配信ご苦労だった。姉さんも随分と君に懐いているようだ」


「はぁ」


 翌日。夢の中でウィルバーと遊んだり触手の練習をして魔力を完全回復させたあと、瑠璃さんから呼び出しがあった。


「あの姉さんがだぞ? 私以外に一切心を開かず、誰とも交友を結ぼうとしなかったあの姉さんがだ!」


 ドンッと執務机が凹むほどの衝撃が加わった。

 そんなに驚くことだったの?

 そりゃ付き合いにくい子だなぁとは思ったが(失礼)


「まぁ俺もみう関係で世話になってますからね。食事の手配くらいはしますよ」


「それだけではない。姐さんは言ってはなんだが食の好みが偏り過ぎているだろう?」


 あれは食べる機会を失い続けた結果だと瑠璃さんは述べる。

 本当はもっと色々食べさせたかった。しかし理衣さんはそれが叶わず眠り続けてしまったんだって。

 今回引き取った秋乃ちゃんも似たような形だ。

 理衣さんがやたらそのことで気にかけていると聞いて、瑠璃さんの胸が熱くなったのだという。


「新しい子が来ることによって、理衣さんの新しい一面が見れると?」


「そう言うことだ。引き続き引率を頼むよ? 姐さんは私よりも君の言うことを聞くようだ」


 悲しみと殺意の狭間を俺に見せつける。

 やめて? 俺に嫉妬したって理衣さんは喜ばないよ!?

 とはいえ、俺も世話になっている手前、反故にはできない。


「そりゃもちろん。みうも自分より下の子が来たことでちょっとお姉さん風を吹かせたがってました。これからはどっちがお世話したがるかで争いが起こるでしょう」


「お世話できなくて悲しむ姉さんか……いいね、そう言う感情もゆくゆくは育てていきたいと思っていた」


「俺はあんまり嫉妬に狂うみうを見たくないもんですが」


「そこは見解の相違だな。いや、待たされた分、私はきっとその抑制のブレーキが壊れているんだと思う。私はどっちでもいいんだよ。姉さんが少しでも人間らしい感情を養ってくれたら」


「それは同意です」


 そう言うことになった。

 また賑やかな日々が始まるな。

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