朝ごはんの支度をして、みう達の暮らす部屋へと赴く。
ノックをする前にキャイキャイと室内が騒がしい。
何をしてるのか確認するのはちょっと怖いのでノックをしてから扉を開けた。
「飯にするぞー、テーブルの上を片付けろー」
ガラガラと食器が置かれた台を押して入室すると。
そこでは持ち込んだ覚えのない人形達がクルクルと室内を踊っていた。
みうたちは手を叩いてそのミュージカル(?)を楽しんでいたようだ。
「あ、お兄たん! 秋乃ちゃんすごいんだよ!」
ベッドから飛び出て、ベッドのリクライニングで起き上がった秋乃ちゃんを指差した。一見何かをしているようには見えないが、浅い呼吸を繰り返すだけで人形達が踊り出した。
「おお、見事だ。契約して得た力がそれなのか?」
「わかんないけど、声が出せたらもっと色々命令できるみたいだねー」
「誰から教えてもらったんだ?」
「えっと、お人形さんがスケッチブックに文字を書いて教えてくれたの。今はこれくらいしかできないけどって」
「なるほど、何かを操る能力者か」
志谷さんが言ってたのはこれか?
他の病院で気味悪がられてるというのは。
敦弘はそんなはずないと言ってたが、火のないところに煙は立たずというしな。
こういうちょっとしたことを気味悪がられてたんだろう。
しかしみう達からすればあっという間に『特技』に早変わりだ。
みんなからすごいねと言われて調子に乗ってしまったんだろう。
秋乃ちゃんはどこか得意気だった。
「今日のご飯は何かしら。朝からはしゃいだものだからすっかりお腹がぺこぺこよ」
マイペースの理衣さんが早速朝食を催促してくる。
何かしらも何も、あなたの食事は固定じゃないですか。
「いつもの朝食セット(クロワッサンかスコーンを選択できるスタイル)に紅茶ですよ。フレーバーはいくつかご用意してますが」
「一杯目はいつも通りでいいわ。淹れてもらえる?」
「ただいま」
目と目で通じ合う。阿吽の呼吸というやつだ。
買い置きのパンを軽く火入れしてから粗熱を冷ましてあるので、サクサクとした食感が嬉しい。鼻腔をくすぐる麦とバターの香りが食欲を増進させる一品だ。
「うん、美味しいわ。瑠璃に頼むと湿気っていたり、風味が良くないものばかり持ってくるのよ? 陸君ぐらい気が利いていればいいのだけど」
「瑠璃さんもあれでお忙しい身ですからね」
「それはわかっているのだけど」
「お兄たん、今日の朝ごはんはー?」
「今日はミニお子様ランチだ」
「お子様ランチ! でもギガじゃない理由は?」
「食べきれないサイズのものより、食べやすいサイズのをめちゃくちゃ盛り込んだ。目で見て楽しむタイプの朝食だぞ!」
なんと朝から3kg! 総カロリーは1万kg超えである。
「わぁ! どれから食べていいのか迷っちゃうね!」
「何を作ったかメモしてあるから、どれが美味しかったか後で教えてくれ。ギガサイズの検討もしておく」
「はーい」
元気一杯のみうは、大盛りの皿の攻略に移った。
そして最後に秋乃ちゃん。
「秋乃ちゃんは何が好きか聞いてなかったからね。どんなものが食べられる、飲めるか聞き込みをしていこうと思う。YESかNOかはそこのお人形さんで受け答えできるかな?」
スケッチブックにYES/NOと書き込んで。
その度に人形がそっち側に座るという連絡法をとった。
「なるほど。固形物はほとんど摂取できない。昨日は結構無理をして飲み込んだ?」
クマの人形がYESの場所で立ったり座ったりする。
兄貴思いなのだろう。良かれとやってくれたことが全ていい方に向かうわけではないのは俺にも思い当たることだった。
「なら最初は流動食で様子をみよう。飲み込むのが平気なら、好きなフレーバーをいくつか試してみよう。少しづつ、食べられるようになったらいいな?」
室内では思い思いの食事風景。
ドカ食い気味のみう。優雅な朝食をとる理衣さん。
そこに新参だけど手厚い食事を取れていることに秋乃ちゃんは感極まって涙ぐんだ。
「ちょ、ちょ。えー? 俺なんか余計なこと言っちゃったか?」
「あー、お兄たんが秋乃ちゃん泣かせたー」
「ちょ、みうまで」
両手で溢れる涙を堰き止めようと動かそうにも脳の命令を一切受け取ってくれないので泣きっぱなしになってしまっている秋乃ちゃん。
そこで同じ食事を満足に食べられない先輩である理衣さんは理解を示すように語った。
「これは嬉し涙よ。そんなに畏まらなくていいわ」
「嬉し涙?」
「ええ。病院てね、患者一人のわがままを聞いてくれるふうにはできてないの。どうしても他の患者さんと横並びで考えられてしまいがちでね」
「そっか。ここでは各自の食のスタイルに合わせてやれるから、多少のわがままは通るぞ? みうみたいにその日の気分で好物が変わっても大丈夫だ」
「お兄たん!?」
急に梯子外された! みたいな顔つきで泣きつくみう。
そのやりとりが面白かったのか、先ほどまで泣き顔だった秋乃ちゃんはくすくすと笑うようになっていた。
「ほら、ここは緩い感じだからあなたを怖がったりする人は少ないわ。何度でもいうわね、ここはあなたがいていい場所なの。だから安心なさい。あなたはこれからどんどん良くなるわ。私たちがそれをサポートしていく。同じ契約者である私たちがね?」
真剣な瞳で、理衣さんを見返した秋乃ちゃんは何度も頷いた。
「そうだ、流動食にするのはいいが、摂取法はどうする?」
「みうがお手伝いするよ!」
みうのペースで飲ませて平気か?
どうしたって食事のペースは本人のペースになりがちだ。
昔はともかく今はがっつくからな。
そこだけが心配だったりする。
「問題ないわ。彼女は人形をダンスさせることができるのよ?」
ああ、確かにそうだ。
人形にコップを持たせて自分のペースで飲み進められるのか。
「でも念には念を押して完全液体はやめてジュレタイプにしておこうか。一気に口の中に入ってきても飲み込めないだろ?」
秋乃ちゃんは目を輝かせた。
そこまで気を遣ってくれるのか! と感心しきりだ。
「とりあえず、今日は作り置きで悪いけど、ゆっくり飲み進めてくれ。お兄さんの敦弘さんにも連絡を取り合って好き嫌いを聞いておくからさ」
ここで兄の名前を聞くとは思ってなかったようだ。
自分はここに引き渡されたと思っていたのかもしれない。
クランは家族って意味もあるから、家族と引き離すなんてことは絶対にさせないと何度も説明する。
「そして、体調が良かったら今度の水曜日にダンジョンに行くよ。もちろん身の安全は俺が保証する。このクランの趣旨は、ダンジョン病と呼ばれる、ダンジョンの外では衰弱していく病気の子供を安全にダンジョンに連れて行って様子を見るというものなんだ」
まだはっきりと趣旨は理解できていないものの、自分と同じ境遇の子供がいるというのはなんとも心強く思えたことだろう。秋乃ちゃんは唇を引き結んで耳を傾けていた。
「みうもそれで元気になったし、理衣さんもそれでこうして毎日起きられるようになった。そして、その時の配信にお兄さんがコメントをしてくれる。本当は直接応援に駆けつけて欲しかったが、あの人も生活していく上で稼ぎは必要だ。俺たちはどうしたって低ランクのダンジョンに入り浸ることになるから、お兄さんの足を引っ張りかねないんだ。そこは理解してくれるかな?」
スケッチブックのYESの上で人形が立ったり座ったりした。
「直接戦闘に参加できなくても、出演機会は何度もある。どうだろう?」
「たとえば?」
みうが代わりに質問をしてきた。秋乃ちゃんに気を遣ったのだろう。
「食事風景は毎回入れるな。特にうちは大飯食らいが二名いる」
「あたしと明日香お姉たんだね!」
「ああ、そのため食事風景は一大イベントだ。そこで新規メンバーとして紹介をしたい。言葉が喋れないという説明は事前にするので、受け答えは頷くだけで平気だよ」
「それなら秋乃ちゃんでも大丈夫だね! あたしもわからないことがあったら代わりに質問してあげるからね!」
みうがすっかりお姉ちゃんのように振る舞う。
それを見ながら理衣さんが瑠璃さんもこういう時代があったと遠い目をした。
何それ詳しく。
しかしすぐさまに喉元まで出かけた言葉を引っ込めた。
この部屋は瑠璃さんに監視されている。
藪を突けば出てくるのは怒り狂ったドラゴンだ。
命が惜しい俺は即座に話題を切り替えた。
今は秋乃ちゃんがここで楽しく暮らせるかどうかだ。
話は本題に戻り、食事は恙無く終了した。
藪蛇は踏まないに限る。
「そういえば明日香お姉たんは?」
みうが普段なら室内で油を売っているはずのクランメンバーの姿を見かけないことに気がついた。
「少し買い出しに行ってもらってる」
「買い出し?」
「彼女はああ見えて商店街で顔が利くからな。珍しい食材を買いに行ってもらってるんだ。入手するのに俺のコネじゃ手が届きそうもなくてな」
「いったい何を買い付けに行ったのよ」
「マグロだ。それも一匹丸々の入手だ。秋乃ちゃんが好きだって聞いてな。なんとか食べる以外で食事に落とし込めないかの研鑽をしたいんだ。必要な部位以外は海鮮丼にして振る舞うって言ったら、二つ返事で引き受けてくれてな」
「お姉たんらしいや」
「でもマグロって大きいのではない?」
「みうの身長以上はあるな」
「そんなに大きいんだ!?」
「下手なモンスターよりもサイズが大きいからな。無事に買い取れたら記念写真でも撮るか?」
「楽しみー」
和気藹々としたまま、この話題は打ち切られた。