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第60話 マグロを求めて

「いやー、結局釣りに行くのに同行することになっちゃいましてね!」


 そう言いながら、志谷さんが帰ってきたのは夕方だった。

 顔が利くと言うのは本当のようで、クランには体格の良いおじさん達がでかい発泡スチロールを持ってきてくれた。

 中にはまるまる一匹のマグロがあった。

 冷凍技術の進歩で中までしっかり凍ってはいるものの、先ほどまで生きていたかのような迫力がある。


 流石にこんなものを病室に持っていくのはサイズ的に(生臭さも含めて)あり得ないので、調理場で吊るしてから病室に向けて配信をした。

 みう達はそれを見ながらコメントを打ち込んだ。


@みう:うわ、おっきぃね!

@理衣:よくこんなの持って帰ってこれたわね

@秋乃:すごく大きいです


「センパイ、約束は守ってくださいよ?」


「ああ、必要な部位はそれほどないからな。でもみうも食えばそれほど残らないかもしれないぞ?」


「そこなんですよねー!」


@みう:明日香お姉たん、まさか独り占めしないよね?


「し、しし、しないよー?」


 慌ててしないと言い切るが、これは黙って食べる顔だな。

 俺は詳しいんだ。


@理衣:私は見るだけでお腹いっぱいね


「理衣さんや秋乃ちゃんはそうだろうね。でも、少量ならいけると思うんで、そこら辺のレシピも考えておきます。料理っていうのは大量に食べる以外にも楽しみ方がありますからね」


@秋乃:そうなんですね

@理衣:瑠璃が招待したがっていたフレンチなんかをご馳走してもらえるのかしら?


「クランに誘致するんならできそうかもですけど、俺にそっちの技術はないですよ?」


@秋乃:それでも、すごいです


「ありがとうね。今日の食事で多少飲み込むことができるみたいだったから、ネギトロのように叩きでムース状にしてみようと思うんだ」


@みう:ムースってケーキの?

@理衣:ムースは泡という意味よ

@理衣:だからふわふわであんまりお腹にたまらないものを指して言うようね

@理衣:ケーキのムースもお腹にたまらないからそう呼ばれてるって話よ

@みう:へぇ、一つ賢くなった!

@秋乃:楽しみです


「楽しみにしてて」


「センパイ! 私にもご褒美が欲しいです!」


「そうだなぁ、なら俺と一緒に記念写真撮るか?」


「それでOKです!」


 マグロの前でピースしてる写真を撮った。

 ただ、その時に写真に写っては行けないものが映り込んでいて、お披露目の機会は無くなった。まさか写真で擬態が剥がれるなんてな。

 もしかして相当空腹だったか?


「志谷さん、あとで経費についてのお話がある」


「あ、はい」


「みう達はこのマグロと記念写真撮るか?」


@みう:最初はその気があったけど、病室に持ってこれないんなら別にいいかな?

@理衣:そうね。想像以上にグロいわ

@秋乃:ごめんなさい、私も正直……


 所詮はこんなものである。

 生臭く、ヌメヌメしてて、時価でいくらするかはわからないが、値段を聞くとみんな大好きになるから不思議なものだ。

 志谷さんのツーショットの他に俺だけで試す。

 こっちは特に写真で擬態が外れたりはしてない。

 そもそも生まれが人間だから、擬態以前の問題だしな。


「それじゃあ、病室のみんなはマグロ料理の完成を楽しみにしててくれ!」


@みう:はーい!

@瑠璃:それって私の口にも入るのかな?


「もちろんですよ。先に健常者である俺たちが毒味しないでどうします?」


@瑠璃:まさしくだ

@みう:あんまり食べ過ぎちゃ嫌だよ?


「みう、先に行っておく」


@みう:うん


「お前と志谷さん以外、この量を前に全部食べ切れるなんて考えはないから安心しろ」


@みう:そっか!


「逆に言えば、私のライバルがみうちゃんなんだよね!」


@みう:負けないよ!


「まぁ、色々作って試食会を開きますので準備ができたら呼びますね。先着10名で病院の先生方も誘って豪勢にいきましょう。その時の一部にマグロ料理を出す予定です」


@瑠璃:一部なんだね


「流石に全部マグロで作ったら飽きますからね。それにみうとの約束もある」


「私との約束は!?」


 志谷さんが忘れてもらっちゃ困るぜと名乗り出た。


「それもある」


「ついでかー」


「余物って約束だしな」


「マグロの目玉とか、兜も美味しいからそれでもいいんだけどね!」


「それを言える人だが果たしてどれくらいいるのかって話さ」


@理衣:想像するだけで胃の内容物を吐き出しそうよ

@みう:おめめって食べられるのー?

@秋乃:想像、できないです


「食べられなくはない、それを好んで食べる人もいるってだけの話だな。志谷さんはそれが好みだけともいう。無理して食べる必要はないからな?」


 若干、みうにもその素質がある気もするが。正直そればかり食べる姿がありありと浮かぶからおすすめしてないんだよなぁ。

 人前でやられたらとても困る。

 配信者としての絵面も悪くなるしな。


 撮影を切り上げて、志谷さんとお話し。


「志谷さん、これ」


「あ、さっきの写真ですか?」


「擬態解けてるから気をつけてな」


「あちゃー!」


 失敗、失敗と後頭部を描く。

 完全に油断し切っていた様だ。


「スーラがもっと気を引き締めろって怒ってるぞ?」


「面目ありません」


 一度争ったことですっかり格の違いを見せつけられてしまった。

 スーラが怒っていると聞けば、すんなり飲み込む志谷さん。


「今回はうまく溶け込めてる感じじゃないか?」


「色々苦労はしたんですよ? まずはこのボディ!」


 どうです? とふりふりしながら見せつけてくる。

 俺を誘惑してんのか? その体で?

 ハッ(失笑)


「非常にちんちくりんだな」


「あー、あー、そう言うこと言うんですね!」


「冗談だよ。妹と似たような背格好の相手に欲情するわけないだろ。男舐めんな」


「先輩はそう言う人、と」


「何をメモってるんだ、何を!」


 ズビシ、と後頭部にチョップを軽く叩き込む。

 なんで嬉しそうにしてるんだ、こいつ?


「いや、私とこうやって漫才できる人って非常に貴重で」


「そんなことないだろ?」


「私の特性覚えてます?」


「あー、防衛捕食か」


「そうなんです。あれって自動で発動するから、こういった攻撃でも当然」


「あれ、もしかして今の俺の行動って」


「普通に捕食対象でしたよ」


「やべーな、もっと早く言ってくれないか?」


「でも、不思議と食べられなかったんですよねぇ。もっと大きな力に邪魔されたっていうか」


「ああ、Ubbo-Sathlaスーラの加護があるからかな?」


「そう言う精神的な問題じゃないんですよね。もっと物理的にガードされちゃいました」


「物理的に?」


「そうです。私の捕食行動そのものが発動しないなんて、もっと上位の命令権が働いてる以外にないんですよ」


「と、言うのは?」


「多分先輩って、出自が私の親戚なんですよね。この能力、同じ血筋には反応しないんで」


「また知らないところで親戚が増えた!?」


 最近ウィルバーと親戚だと判明した矢先だぞ?

 まさかBugg-Shash志谷さんとまで親戚だったとはな。


「そう言う意味でもここは私の理想の地! ハルちゃんとは喧嘩別れしちゃったきりなので、ここを追い出されたらもう本当に行く場所なくて! だから先輩! ここにおいてください」


「いや、お前すでにうちのクランメンバーだろ? お前がいないと理衣さんが起きてられないんだから、勝手に出ていかれると困るんだよ。Cthulhu理衣さんの契約先に対抗できるのはお前だけなんだ。それに、みうがお前に執着を抱いてるから、勝手に出ていくな」


「でへへ、そこまで言われちゃったら仕方ないなー。つまり私はこのクランに必要不可欠ってことですよね!」


 ニマニマと笑いながら、今回の出張で使ったレシート経費を差し出してくる。

 おい、こいつ。出先でマグロ入手以外で使い込んだのをうやむやにするために一芝居打ったな?


 値段を把握するが、どれも安いもんだ。

 極大魔石結晶の値段を見慣れすぎた弊害か?

 数百万規模を安いと思い込めるなんて、俺も頭がどうかしている。


「まぁ、そんじゃ解体するから手伝ってくれ。血抜き、お前の能力でどうにかできないか?」


「センパイ、私の能力便利に使いすぎじゃないですか?」


「まぁ、できないなら無理にする必要はないぞ?」


「で、できますー!」


 そのあとめちゃくちゃマグロの血抜きをした。

 厨房を血まみれにしなくて助かったぜ。

 サイズがサイズだからな。

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