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第61話 お兄ちゃん同盟

 志谷さんの血抜きの甲斐あって、新鮮な状態の肉を確保できた。

 今回秋乃ちゃん用に用意するのは骨の隙間にこびりついてる中落ちだ。

 この部位は三枚に下ろしたときの骨にへばりついている肉なのだが、このまま捨てるのは勿体無いぐらいの味わいだったりする。

 こいつを丁寧にねぎとり、叩いてネギトロに。

 ネギトロといってもネギを入れてるわけじゃないんだよな。

 このスプーンでねぎとると言う意味合いから来てるっぽいぞ。

 詳しくは知らないが。ま、美味けりゃなんでもいいんだ。


「美味しそうですねー」


「食うか?」


「いいんですか?」


「そりゃ功労者に少しくらいのねぎらいはするさ。流石に全部じゃないがな」


 俺は魔力でもう一匹のマグロを生み出し、そいつを三枚に下ろしてから中落ちでネギトロを作った。


「センパイ、それ!」


「なんだ?」


「そのマグロ、今どこから?」


「え、作った?」


「センパイが作れるのってモンスターに限るんじゃなかったでしたっけ?」


「え、誰がそんなこと言ったんだ?」


 俺が生み出せるのは一度倒したモンスター、そして一度食べたことのある食事だ。

 嘘は言ってないが、本当のことも言ってないな。

 スーラとの契約のおかげで、俺が討伐した、食事した、得られるはずの経験は全て魔力に還元されるのだ。


「え? あ、誰も言ってないです。あれ?」


「だろう?」


 スーラ曰く、生み出せる生物に際限はない。

 ただ、生み出したものはモンスターとして存在する都合上、倒し切るとドロップも経験値も残さない。

 なので生き作りのまま提供するほかなく……

 生でも食ってくれそうな志谷さん専用メニューとする。


 買い付けた分のマグロは大切に使うが、志谷さん向けのメニューならこっちでいいだろう。


「これが、先輩の能力!」


「みうには内緒な?」


「あー、ダンジョン内のモンスターをテイムしてるってお話ですもんね」


「そうそう。あいつにはまだ俺が異形の力を手にしてるって知られたくないんだよ」


「触手、出てますよ?」


「残念、俺はまだ生やせないんだ」


「チッ」


「何を悔しそうにしてるんだか。ほらよ、海鮮丼でいいか? 活け作りバージョンだ。たんと召し上がれ」


「うわっ! これは食い出がありそうです!」


「そりゃ良かった」


 それから数時間の作業を終えてみう達の待つ病室へ。

 夕飯までには間に合って良かったよ。

 マグロの中落ちムースは、想像以上に赤みの味わいが強く、マグロ感をこれでもかと味わえたようだ。薄口の醤油ベースのジュレも相まって、お寿司感が強まったらしい。酸っぱいのが平気になったら酢飯バージョンも用意してやろうと思う。


 みうにもお試しで飲ませてみたが「お兄たん、これ凄いね!」と絶賛。

 理衣さんは「生臭くて無理」と言った。こいつ……本当、空気読まないな。


 翌日、俺は定期報告を兼ねて小倉敦弘と落ち合う。

 そこで暮らしてる環境やら、その時に収録した撮影やら、寿司の代わりになる料理の方法なんかの提供をしたことを話した。


「ここまでしてくれたのか?」


「ああ、やれる限りのことはしてる。まだ話すことはできないが、明日のダンジョンアタックでどう変化が出るかを楽しみにしててくれ。それとも一緒に来るか?」


 来れないのをわかっていながら話を振る。

 事前にコメント資格を渡しているのもあるが、それでも参加したがると思っての問いかけだ。


「本当は行きたいところだが、パーティの今後を決めるイベントが待ってる」


 どうもランクアップの最終試練があるらしい。

 妹が大切なら放っぽったって平気な精神の俺だが。

 俺と違ってパーティメンバーのことも考えた上での行動らしい。

 それとうちで引き取ったが故の安堵か。


「そりゃ重要だ。兄貴としては稼ぎをよくするイベントは逃したくないな」


「できれば行きたいと思ってるが、流石にな。俺も食っていかなくちゃならない。本当だったら来年まで、妹の病気と決着がつくまで待つつもりでいたんだが」


「うちで引き取って、元気な姿を見たことによって迷いが晴れたか?」


「ああ、これでなんの憂いもなく全力を出せる」


「そりゃ良かった。妹のことは俺に任せろ。つっても俺の出番は飯を作るくらいで、あとは妹とそのパーティメンバーに頼る形なんだがな」


「だからこそ、任せられるんだ。同じ病気を抱えてる者同士、あいつを気味悪がらないだろ?」


「なんだったらうちの妹がお姉ちゃん風吹かせてあれこれ世話焼いてるさ」


「そうか、それはありがたい」


「あんたが会いに来る回数が少ないと忘れ去られちまうが、それで本当にいいのか?」


「次会うときは、より一段とパワーアップした姿を見せたいんだ」


 忘れられたら意味ないだろ、と思いつつもその気持ちは痛いほどわかった。

 俺も、もし学園でパーティを組んでたらそう言う感情に引っ搔き回されていたんだろうな。



 ーーーーー



「そういえば、さ」


「ああ」


「秋乃ちゃんの食事についてだが、彼女が好きな食べ物ってわかるか? 実際に食べたことがなくてもいい。何か気になってた食事なんか心当たりあるか?」


「俺が食ってて、気にしてたことがあるやつとかか?」


「ああ、そういう系統だ。サプライズにあんたを呼ぶ時に出してやりたい」


「だったら……」


 そこで敦弘は大のラーメン好きであることが知れた。

 初めはそのお店に連れて行ったそうだ。

 好物を知って欲しかったらしいが、どのメニューも受け付けなくて悲しい思いをさせてしまったと嘆いていた。


 流石にそれはわかるだろ。

 が、その時に秋乃ちゃんは自分が元気だったら敦弘を悲しませずに済んだのに、と申し訳なさそうな顔をしていたそうだ。


 ラーメンか。一番ジュレにするのに適さない料理きたな。

 スープはいいが麺がな。

 あとは付け合わせ。チャーシューにタマゴ。アレらをジュレで再現は難しいなんてレベルじゃないぞ?


「わかった。いくつか挑戦してみるよ。なんて店だ?」


「勝流軒てところだ。知ってるか?」


「知ってるも何も、俺のバイト先がそこだぞ?」


「マジか。近所だからどこかで出逢ってるんじゃないかと思ったが」


「意外な共通点だな。その店の味なら体に染み付いてる。大将がうちのチャンネルのサポーターでな。配信にもたまに書き込んでくれるぞ」


「俺のこと覚えてくれてるかな?」


「流石に配信中に身内話はするなよ?」


「そんなことしねぇって」


 ほんとかなぁ?

 俺は疑いの目を向けながら話をまとめた。

 そして懐かしむ様に元バイト先に足を運ぶ。

 みうにお土産でも買っていくか。


 あの店の餃子、好きだって言ってたしな。


「ただいまー、ちょっと所用で出かけててな。ラーメン屋のおっちゃんの餃子持ってきたぞー」


「あ、お兄たん! 今ねー次の満腹スキルをどうするかお話ししてたの!」


「あれ? もうポイント貯まったのか?」


「今日お腹いっぱいになったら貯まるから、その作戦会議かな?」


 なるほど。

 そういえば前回は先々週の土曜日だったな。あれから今日で10日目か。

 まだそんなしか経ってないっけ?


 あまりにも多くのイベントがありすぎて数ヶ月経ってるような気がしていたが、気のせいだったか。


「いい匂いー」


「志谷さんの分は後でな?」


 後で複製品をくれてやる。そう暗に言ってやれば、過ごすごと引き返した。

 餃子はおつまみ感覚でみうの口に吸い込まれていった。

 30個もあったのに秒で消えた。恐るべし、満腹スキル。


「それで、何にするか決まったのか?」


「実は一つだけ気になるスキルがあったのよ」


 理衣さんが意味深な顔で書き出したメモに指を突きつける。

 そこにあったスキル名は……

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