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第62話 満腹スキル【おすそ分け】

 そこにあったのは【おすそ分け】と言う指定範囲を回復するスキルだった。


 空腹力が10 %加速する【よく食べる子】とは異なり、こちらは範囲ヒール。

 30%物消費量だ。

 回復力がすり傷程度ならいいが、消費する空腹力を考えるに完全回復。

 まだ【よく食べる子】でそこまで大怪我したわけではないからわからないが、それくらいは見積もっといて良さそうだ。


 が、問題点はそこではない。

 このスキルを取得してしまう代償が何かだ。

 【よく食べる子】を使った後、無機物に興味を示したように、これを取得することでまた普段口にしないものを欲したと思ったらゾッとする。

 俺の能力で可能な限りフォローするつもりではいるが、注意するに越したことはないだろう。


 それはさておき、みうの気持ちを知りたい。

 ただそこにあるから、と選ぶ子ではない。

 今までの経験から、どうしてもこれじゃないとだめだと言う感情が働いたからこその選択だろうし。


「どうしてこれを選ぼうと思ったんだ?」


「これってね、使われた人もお腹が空くようになるみたいなの」


「うん、それで?」


「それでね、理衣お姉たんや秋乃ちゃんがよりいっぱい食べられたらなぁって思って」


「傷を治すついでに、消化力を助けようと言うのか」


「それもあるけど、これって【よく食べる子】のあたしにかかる効果がみんなに行き届く効果でもあるみたいなんだ!」


「つまり、魔法まで吸収してしまうと?」


「そこまではわからないけどね? 回復した人は、あたしと同じくらいお腹が空いちゃうんだって! ツァトゥちゃんが言ってた!」


 契約した神話生物の言葉をどこまで信用していいかはわからないが。


 これの他に提示されたスキルは全てのダメージを無効化する【我慢できるもん】の他に、周囲から満腹状態を回収する【みんな平等】がある。

 どうせならこれでも同じ効果があるのではないか?

 俺はそれとなく尋ねた。


「しかしな、みう。理衣さんや秋乃ちゃんを空腹にするんなら【みんな平等】のほうがいいんじゃないか?」


「それじゃあ、あたしだけお腹いっぱいでダメだよ。一緒に美味しいご飯を食べたいんだから! あたしもお腹が空いてる状態が望ましいの!」


 と、言うことらしい。

 結局食い気なのだ。

 いや、チャンネル趣旨を考えた上でそれを選んだのだろう。

 みうもなんだかんだ1500人もの登録者数を持つ配信者なのだ。

 新メンバーの発表のほかに、どんな食事が好きかのお披露目会なんかも考えているのかもしれない。


「まぁ、それに決めたってんなら俺はみうの考えを汲むさ」


「いいの? まだどんなスキルかもわかってないのに」


「結局使ってみるまでわからないのは【よく食べる子】も同じだったろ?」


「うん」


「それにみうがその気でいるのに、兄ちゃんが違うのにしなさいって言ったら納得できないだろ?」


「お兄たんのこと、大嫌いになるね」


 グハッ。

 俺はその場で血反吐を吐いて倒れた。


「陸くーん、そこで倒れられると邪魔よ」


 理衣さんは相変わらず自分のことしか考えてないな。

 今兄妹の絆が試される一大事なんだ。よそ者は引っ込んでてくれないか?


「センパーイ、さっきの餃子のお話、そろそろお願いしたいんですけどー?」


 くそ、ここには味方が誰もいない。

 そこで、俺の頭をぽふりと撫でる存在がいた。

 秋乃ちゃんの操る人形だ。

 ぐっと親指をあげ「頑張れ」と言っているようだ。

 敦弘め、いい妹を持ったな。


 俺は魔力を充填して傷を回復し、起き上がった。


「冗談だよ?」


「冗談でも心に傷を負った。もう兄ちゃんはダメだ。明日の収録は俺抜きでしてくれ」


「お兄たん、しゅき!」


 みうは必死に体裁を整えようとする。

 俺抜きの撮影は考えられないとその顔が必死さを訴えている。


「兄ちゃんは回復した!」


 俺はガッツポーズをとりながら満面の笑みを見せた。

 ハートはガラスでできている。

 取扱注意なので、あまり鋭い言葉は使ってくれるな?


「何、この茶番?」


 理衣さんが呆れたような顔で見つめてくる。


「兄妹の絆じゃないですかねー? 私は一人っ子なのでわからないですけど」


 秋乃ちゃんの人形は俺の肩をポンと叩いて肩をすくめた。

 すごく人間ぽいポーズ取らせるじゃん。

 さては相当な熟練者だな?


 それはさておき。


「明日の配信だが、前まで使ってたダンジョンがようやく安定してきたと熊谷さんから連絡を受けてな。秋乃ちゃんを連れてく手前、Eランクは厳しいだろう。そこで初心に帰ってFランクに戻ろうかと思うんだけどどうかな?」


「意義なし! あたしも久しぶりにスライムを叩きたい気分だったんだよねー」


 どんな気分だ、それは。

 最近は金棒でぶっ叩いたり槍で突き刺したり蛮族と遜色ない活躍っぷり。

 しかしメインフィールドのスライム叩きが自分の本質だと言わんばかりの豪語である。


「私はどちらでもいいわ。明日香がいる限りあたしは大魔法を使えないもの、ちょうどいいハンデじゃない?」


 魔法使い殺しの志谷さんを若干目の敵にしている節のある理衣さん。

 起きてられる恩人であるが、目に見えて魔力を吸われてるからこその辟易っぷりだ。

 わかるよ、俺も黄色いレインコートがなかったら追放するか迷うほどのイレギュラーだったから。


「私もダンジョンアタック後に美味しいご飯が食べられるんならどこでも!」


 こっちはこっちで食欲旺盛!

 明日は満腹飯店の予約を入れたほうがいいかもしれないな。

 なんとなく、そんな気がした。


 もしもそのスキルを得ることでみうと同等の『空腹度』を得るのだとしたら、とても俺の魔力で回せる気がしないと思ったからだ。


 みうと志谷さんが四人に増えたら?

 そう考えるとゾッとする。

 それと、回復効果が秋乃ちゃんにどれほどの影響をもたらすのか。

 この時の俺にはさっぱり見当がつかなかった。

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