「ルシウス様の部屋に行こうと思うの」
次の日、ルシウス様からは手紙が届いた。
今日は一日執務が溜まっているために一緒に食事はとれないと。
一人の食事はやはり寂しかったものの、理由がわからなかった昨日までよりはずっと良かった。
それでも、昨日の今日。私は自分の気持ちを抑えるのが難しかった。
どうしても、会いたくなってしまう
。
だから、夜食を差し入れたいとミーミアに伝えたのだけれど、ミーミアは微笑んでそっと首を振った。
「ルシウス様は現在忙しいので、クローディア様がなにか差し入れるのであれば私がお届けします」
ミーミアは、はっきりと拒絶を示した。
こんな風に言われるのは初めてで、動揺する。
ミーミアはいつも、私の気持ちを尊重してくれていたから。
……この事が、ルシウス様の、意向なのだと伝わってくる。
「……せめて、部屋の前に行くのは駄目かしら」
諦めきれずにそういうと、ミーミアは眉を下げ、グライグに渡すだけならと言ってくれた。
グライグはルシウス様の従僕で、彼の一番信用しているだろう人だ。
グライグもルシウス様に使えるのが嬉しいというように、彼の話を聞いている。
彼らが話をしている時は。色も明るい色をまとっていて、いい関係だということが窺える。
何となくミーミアに渡すよりルシウス様に近づける気がして、私は頷いた。
籠の中には、クッキーと、頑張ってほしいというメッセージカードを入れた。
カードには香りをほんの少しだけつける。落ち着く花の香りだ。
最近、この香りの香水をまとっているが、自分でもいい匂いでうきうきするのだ。彼ともその気持ちを共有したい。
「グライグ」
執務室に向かうと、ちょうどグライグが部屋から出てきたところだった。私が声をかけると、驚いたようにこちらを向いた。
「クローディア様、どうしたのでしょうか」
「……あの、ルシウス様に夜食をお届けしたくて。昨日焼いたお菓子なんですが」
そこまで言ったところで、グライグが私の事をぐっと厳しい目で見ていることに気が付いた。
緊張したように、それでいて怒っているように。
あっという間に浮かれていた気持ちが冷えた。
色を見ないように、私は気をつけながら頭を下げた。
「す、すいません、こんな時間に……」
「ルシウス様は、今は大変な時期なのです。クローディア様に近づくと、ルシウス様の御心が乱れてしまいます」
驚くほどの強い口調に私ははっとする。
自分の気持ちなど、優先している場合ではない。
グライグの色を見た。色の様子から、怒りと悔しさが入り混ざっているのが見て取れる。
彼をこんな色にさせるのはルシウス様しかいない。
「ルシウス様に、なにかあったのでしょうか」
私の問いに、グライグは硬い声で答えた。
「……私からは言えません。けれど、ルシウス様は非常に複雑です。クローディア様と居ることによって、確かに楽しそうにしている時間が増えました。しかし」
「それなら」
「私は、クローディア様に不用意にルシウス様に近づいて欲しくありません。早くお戻りください。今すぐに、早く。どうか、お願いいたします」
きっぱりと言われ、私は返す言葉を見つけられなかった。
グライグは私の籠を受け取らずに、一礼して足早に去っていった。
立ち去る彼の背中を見ながら、ただただ、籠が重かった。
ひとり残された私は、そのまま扉の前で立ちすくむことしかできない。
早く去ってくれと言われ、それでも、すぐに動けない無能だ。
それすらも、ちゃんとできない。
受け入れる事すら。
この屋敷はルシウス様のもので、当り前だけれど皆がルシウス様を慕っている。
私は、仮初の妻で、役立たずだ。
彼らがどんな目で見ても、当然のことだとして受け止めれると思っていた。
嫌だと思っても、仕方がないことだと。
……それなのに、どうしてこんなに悲しくなるのだろう。
私は自分がどんどん弱くなってしまうのを感じて、恐くなった。
どれぐらい立ち尽くしていただろう。
すっかり身体は冷え切ってしまっていた。馬鹿みたいだ。
風邪をひいたら、ルシウス様の役に立つことすらできなくなる。何を考えているんだ。
……しっかり、しないと。
そう思い部屋に戻ろうとしたところでガタリ、と大きな音がした。
「……もしかして」
足早に去ったグライグを思い出す。