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42 拒絶

「ルシウス様の部屋に行こうと思うの」


 次の日、ルシウス様からは手紙が届いた。

 今日は一日執務が溜まっているために一緒に食事はとれないと。


 一人の食事はやはり寂しかったものの、理由がわからなかった昨日までよりはずっと良かった。

 それでも、昨日の今日。私は自分の気持ちを抑えるのが難しかった。


 どうしても、会いたくなってしまう

 。

 だから、夜食を差し入れたいとミーミアに伝えたのだけれど、ミーミアは微笑んでそっと首を振った。


「ルシウス様は現在忙しいので、クローディア様がなにか差し入れるのであれば私がお届けします」


 ミーミアは、はっきりと拒絶を示した。

 こんな風に言われるのは初めてで、動揺する。


 ミーミアはいつも、私の気持ちを尊重してくれていたから。


 ……この事が、ルシウス様の、意向なのだと伝わってくる。


「……せめて、部屋の前に行くのは駄目かしら」


 諦めきれずにそういうと、ミーミアは眉を下げ、グライグに渡すだけならと言ってくれた。


 グライグはルシウス様の従僕で、彼の一番信用しているだろう人だ。

 グライグもルシウス様に使えるのが嬉しいというように、彼の話を聞いている。


 彼らが話をしている時は。色も明るい色をまとっていて、いい関係だということが窺える。


 何となくミーミアに渡すよりルシウス様に近づける気がして、私は頷いた。


 籠の中には、クッキーと、頑張ってほしいというメッセージカードを入れた。

 カードには香りをほんの少しだけつける。落ち着く花の香りだ。


 最近、この香りの香水をまとっているが、自分でもいい匂いでうきうきするのだ。彼ともその気持ちを共有したい。


「グライグ」


 執務室に向かうと、ちょうどグライグが部屋から出てきたところだった。私が声をかけると、驚いたようにこちらを向いた。


「クローディア様、どうしたのでしょうか」


「……あの、ルシウス様に夜食をお届けしたくて。昨日焼いたお菓子なんですが」


 そこまで言ったところで、グライグが私の事をぐっと厳しい目で見ていることに気が付いた。

 緊張したように、それでいて怒っているように。


 あっという間に浮かれていた気持ちが冷えた。


 色を見ないように、私は気をつけながら頭を下げた。


「す、すいません、こんな時間に……」


「ルシウス様は、今は大変な時期なのです。クローディア様に近づくと、ルシウス様の御心が乱れてしまいます」


 驚くほどの強い口調に私ははっとする。

 自分の気持ちなど、優先している場合ではない。


 グライグの色を見た。色の様子から、怒りと悔しさが入り混ざっているのが見て取れる。


 彼をこんな色にさせるのはルシウス様しかいない。


「ルシウス様に、なにかあったのでしょうか」


 私の問いに、グライグは硬い声で答えた。


「……私からは言えません。けれど、ルシウス様は非常に複雑です。クローディア様と居ることによって、確かに楽しそうにしている時間が増えました。しかし」


「それなら」


「私は、クローディア様に不用意にルシウス様に近づいて欲しくありません。早くお戻りください。今すぐに、早く。どうか、お願いいたします」


 きっぱりと言われ、私は返す言葉を見つけられなかった。


 グライグは私の籠を受け取らずに、一礼して足早に去っていった。


 立ち去る彼の背中を見ながら、ただただ、籠が重かった。


 ひとり残された私は、そのまま扉の前で立ちすくむことしかできない。

 早く去ってくれと言われ、それでも、すぐに動けない無能だ。


 それすらも、ちゃんとできない。

 受け入れる事すら。


 この屋敷はルシウス様のもので、当り前だけれど皆がルシウス様を慕っている。

 私は、仮初の妻で、役立たずだ。

 彼らがどんな目で見ても、当然のことだとして受け止めれると思っていた。


 嫌だと思っても、仕方がないことだと。


 ……それなのに、どうしてこんなに悲しくなるのだろう。


 私は自分がどんどん弱くなってしまうのを感じて、恐くなった。



 どれぐらい立ち尽くしていただろう。


 すっかり身体は冷え切ってしまっていた。馬鹿みたいだ。

 風邪をひいたら、ルシウス様の役に立つことすらできなくなる。何を考えているんだ。


 ……しっかり、しないと。


 そう思い部屋に戻ろうとしたところでガタリ、と大きな音がした。


「……もしかして」


 足早に去ったグライグを思い出す。


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