「嘘です」
咄嗟に言ったけれど、ルシウス様はぐしゃりと顔をゆがめた。
「命を削る気なのか。……それは、望んでいない。あの時も言っただろう」
「まったく削れてません。私は回復魔法をかけただけなので」
それが事実だった。
けれど負担にならないように、今度は微笑んでちゃんと言えた。
私が満足していると、ルシウス様はぎゅっと私のおなかに頭をくっつけた。ふわふわの耳が私の首に触れる。
抱きかかえたままでこんなに丸くなって苦しくないのだろうか。
そんな不安をよそに、ルシウス様は何度もぎゅうぎゅうを私にくっついてくる。
「くすぐったいです」
くすくすと笑うと、ルシウス様はやっと私のおなかから顔をあげた。
「クローディア……ありがとう。君の魔力を、凄く感じた」
熱に浮かされたような目で、ルシウス様が私の名前を呼ぶ。
それは、とても甘く甘く響いた。
頬にそっとルシウス様の手が触れる。けむくじゃらの、あたたかく優しい手。少しごつごつとした手は、軍人としての活躍を思わせる。
努力してきた手。
愛おしくなり、私はその手に頬を寄せる。ルシウス様の手に包まれ、うっとりとした気持ちで目を閉じた。
「ルシウス様……」
「ありがとう……とはいえ、君の姿はなかなか刺激的だ」
「え……? わ! す、すいません……!」
ドレスを脱いだので、今の私は下着姿で、フラウが突然来て慌てて着替えていたためにコルセットすらしていなかったのだ。
半裸と言っていい。
慌てて隠そうとするが、そもそも魔力切れで倒れている。何も隠せない。
ただただ頬が赤くなるのを感じる。
「なにか、かけてもらえませんか……?」
「いやだ」
「えっ、ル、ルシウス様……?」
まさか断られてしまい、私は驚いてルシウス様の顔を見た。ルシウス様は、険しい顔をしていたが、じっとした後にシーツをかけてくれた。
「……偉かったよな、俺」
「ええ、魔物寄せをかけられたのに……本当にすごかったです」
「……」
ルシウス様のつぶやきに大いに頷いたけれど、ルシウス様は厳しい顔をしたままだった。
責任感だろうか。
そうこうしているうちに眠気がやってきて、私はゆっくりと目をつむった。
ふわふわの毛が恋しくなり、ルシウス様の手を引く。
「一緒に、寝ましょう」
「すさまじい誘惑に思える……これで誘惑じゃないなんて、恐ろしい事実だ」
「何を言っているんですか。ルシウス様もお疲れでしょう」
「ああ、そうだな……よくわかったな」
「ええ、もちろんです」
「他は何もわかっていない気がするけれどな……俺の忍耐力と努力についてとか」
ルシウス様はおかしなことを言いながら、私の隣に転がった。
何事もなくてよかった、と思った途端に私の意識は途切れた。
*****
王城の、青く澄んだ空がフラウを歓迎しているように感じた。
金糸の刺繍が施された深紅のカーテンが高い窓を飾り、壁には歴代王家の肖像画が厳かに並ぶ。その歴史を肌で感じながら、フラウは軽やかな足取りでカリアンの部屋に入った。
第二王子であるカリアンの部屋は、王族の威厳を示すかのように豪華絢爛に装飾されている。何を見ても高価なものだとわかる。
ドートン家も装飾が多い家ではあるが、比べ物にならない。
その中で、カリアンも同じぐらいに素晴らしい見た目をしている。彼は作りのいいソファに腰かけ、けだるげに頬杖をついていた。フラウが入ってきたことに気が付き、目だけで笑みを作る。
部屋と相まって、カリアンは完璧な王子様だ。
フラウはうっとりと彼を見つめた。
完璧な空間。そして、今はまだ遠い王座。しかし、近く彼のものになるはずだ。
私も、それにたいしての助力は惜しまない。
……だから、これが全て、私のものになる。
「お久しぶりです、カリアン様」
フラウは一番かわいく見える角度に気をつけながら、カリアンにカーテシーをする。
「フラウ」
二人きりの時だけに呼んでくれる優しく甘い口調に、フラウはカリアンの腕に飛び込んだ。
「ルシウスの件は、どうだった。上手くやれたのか」
ぐっと近づき身体を密着させたのに、カリアンはそのままフラウに用件を伝えるように促した。
不満に思ったフラウは、関心を自分に向けるためにより一層身体を密着させる。
「ええ、最後に魔物寄せを直接かけました」
フラウの言葉にカリアンは楽しそうに笑った。
「ははっ、凄いじゃないか、フラウ! それはこの目で見たかった!」
笑いながらぎゅうぎゅうとフラウの身体を抱きしめる。上機嫌にフラウを見つめ、カリアンはそっと彼女の頭を撫でた。
「カリアン様……」
「ルシウスの様子はどうだった!」
「ぐったりとしていましたわ。残念ながら魔獣になる姿は見られませんでしたけど、息遣いも荒く恐ろしかったですわ……」
フラウは思い出しながら、恐がるように眉を下げる。
「可哀想にフラウ。あいつは獣だ! 皆に早く本性を見せてやりたいよ。ああ、本当によくできた婚約者だ!」
「ふふふ、ありがとうございます。クローディアも凄く慌てて馬鹿みたいだったわ」
クローディアの怒りに満ちた瞳を思い出し、フラウは目を眇めた。