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32.急襲

 王都から宮廷魔導士たちが派遣されてきてからというもの、ランプ作りの作業効率が目に見えて上がった。

 魔蛍石を使ったランプが普及してきたお陰か、領民たちは以前のような活気を取り戻しつつある。

 私としては、オリバーたちに感謝してもしきれないくらいだった。

 安堵した一方で、心配事もあるのだが……。


(今のところ、ビクトリアは何も言ってこないけれど……)


 正直、私は気が気でなかった。もし、彼女にレオンを匿っていることを知られたら、間違いなく乗り込んでくるだろう。

 ビクトリアはレオンのことを溺愛している。あの執着ぶりから考えれば、今頃血眼になって彼を捜しているに違いない。


「あの、コーデリア様。大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……」


 エマにそう尋ねられ、私はハッと顔を上げる。


「大丈夫ですよ」


 私は笑顔で取り繕うと、目の前の作業に集中することにした。


(……今はとにかく、ランプ作りに集中しよう)


「よし、あと一息だ。みんな、頑張ろう」


 オリバーの掛け声に鼓舞され、私たちは作業に没頭する。


「ところで、コーデリア様。お聞きしたいことがあるのですが」


 不意に、オリバーがそう切り出してきた。


「何でしょう?」


「その……失礼ですが、コーデリア様は保有している魔力が少ないと伺っておりました。それなのに、なぜこのような高度な技術を習得できたのでしょうか?」


 オリバーの疑問はもっともだった。鉱石に適切な量の魔力を込めることが出来るのは、一部の人間だけだ。

 それを難なくこなしてしまったら、不思議に思われるのも無理はなかった。


「それは……たまたまです。たまたま、コツを掴んだから出来るようになっただけであって……」


「コツ、ですか……?」


「ええと……はい」


 オリバーにじっと見つめられ、私は冷や汗を流す。

 きっと、彼は私が何か隠していると思っているのだろう。けれど、本当に偶然コツを掴んだだけなのだ。

 しかし、それを説明したところで「もしかして、実力を隠しているのではないか?」と疑われてしまいそうだ。

 そう考えていると──


「なるほど……そうだったんですね」


 意外にも、オリバーはすんなりと引き下がった。

 ほっと胸をなで下ろしていると、エマがおずおずと声をかけてきた。


「あの、お話中のところすみません」


「どうした? エマ」


 オリバーが振り返って尋ねると、エマは遠慮がちに口を開く。


「メルカ鉱山の調査についてなのですが……いつ頃、行いますか?」


「そうだな……今はまだやることも多いし、もう少し落ち着いてからにしようと思っている」


「そうですか……」


 オリバーの返答を聞いて、エマは顔を曇らせる。


「あの……エマさん、何か心配事でもあるんですか?」


 私が尋ねると、彼女は少し逡巡した後でこう答えた。


「……何か、嫌な予感がするんです」


「嫌な予感……?」


 私が首を傾げると、エマは深く頷く。


「とにかく、早く調査を進めたほうがいいと思います。何が起こるか、分かりませんし……」


 エマの言葉は、まるで未来を予知をしているかのように重々しかった。

 彼女の言葉の真意が気になるところだけれど、一先ず私は作業に戻ることにした。

 次の瞬間、作業場の扉が勢いよく開かれる音が響いた。

 何事かと思い振り向くと、そこにいたのは血相を変えたサラだった。


「皆さん! 大変です!」


 サラの尋常ではない様子を見て、私たちは顔を見合わせる。


「一体、何があったんですか?」


 私が尋ねると、サラは一呼吸置いてからこう答えた。


「街に魔物が現れたそうです!」


 サラのその一言で、作業場は騒然となった。

 それもそのはず。街には結界が張られているし、魔物が容易に入り込むことは出来ないはずだからだ。

 私は動揺を隠しきれず、言葉を失ってしまう。


「今は、ジェイド様とアランさんが対処に当たっています! それで、私はオリバーさんたちに加勢を求めるようにと言いつけられまして……」


「……分かりました。すぐに向かいます。皆、行くぞ!」


 オリバーは指示を出すと、エマたちを引き連れて作業場を後にした。


「コーデリア様は、他の方たちと一緒に避難をお願いします!」


「いえ、私も行きます!」


 私はきっぱりとそう言った。

 やはり、自分一人だけ安全なところで待っているなんて出来ない。

 それに──


(ジェイド様とアランさんが心配だもの……)


 彼らは、領民たちを守るために命がけで魔物と戦っている。そんな彼らを置いて行くことなんて出来なかった。


「……分かりました。コーデリア様のことは、私がお守りします。ですが、くれぐれも無理はなさらないでくださいね」


 サラにそう釘を刺され、私は頷く。

 私たちは、急いで街の中心部へと向かった。



***



 広場に到着すると、そこでは既にオリバーたちが奮戦していた。

 彼らが戦っていたのは、今まで見たことがないような異形の魔物たちだった。

 漆黒の体を持つ、赤い目が印象的な未知の魔物──人型のようにも見えるそれは、自由自在に空を飛び回り、オリバーたちに襲い掛かっている。

 彼らは魔法で応戦しているが、数が多すぎて防戦一方になっているようだった。


「……っ!」


 私は思わず息を呑む。

 その異形の魔物は、どうやら西の空からやって来ているようだった。


「あの魔物たち……メルカ鉱山のほうから飛んできている……?」


 私がそう呟くと、サラが「ええ」と相槌を打つ。


(まさか、鉱山の魔物が外に出てくるなんて……)


 そう思った次の瞬間、西の空を覆い尽くさんばかりの無数の異形の影が姿を現した。

 夕日に照らされて赤く染まった空が、余計に未知の魔物たちの不気味な姿を引き立てている。


「え……?」


 あまりの数の多さに圧倒されてしまう。

 それは、まさに悪夢のような光景だった。


「お、おい……なんだよ、あのウジャウジャは……! しかも、あんなに沢山……!」


「あんなのに襲われたら、ひとたまりもないぞ!」


 人々が次々と逃げ出していく。中には、腰を抜かしてその場から動けなくなる者たちもいた。

 不意に、近くで小さい子供の泣き声が聞こえた。声が聞こえた方向に視線を移すと、そこには親子が座り込んでおり、母親と思しき女性のそばには幼い少女がいた。

 私はすぐさま駆け寄ると、二人に声をかける。


「大丈夫ですか?」


 少女は泣きじゃくりながらも頷く。だが、母親の方は無言のまま震えていた。


「うぅ……ひっく……怖いよぉ……」


 少女は必死に母親にしがみついている。


(二人とも、怯えてる……)


 この状況下で平静を保てという方が無理だ。

 一刻も早く、この親子を安全な場所に避難させなければ。


「皆! こっちだ! 早く逃げろ!」


 少し離れたところで、避難誘導をしている男性の声が聞こえてきた。


「あの……この方たちをよろしくお願いします!」


「わかった!」


 私は男性に親子を預けると、他に逃げ遅れた負傷者がいないか確認するために周囲を見回す。

 すると、少し離れたところに一人の女性が座り込んでいる姿が目に入った。


「大丈夫ですか!?」


 私が駆け寄ると、女性は顔を上げた。


「は、はい……大丈夫です」


 女性の顔を確認した途端、私は言葉を失った。

 なぜなら、彼女は自分がよく知っている人物だったからだ。

 驚いたのは向こうも同じだったようで、目を大きく見開いている。


「イザベル……?」


「え……?」


 私たちは、呆然としたまま見つめ合っていた。

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