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34.信じること

「……きっと、これでいいんだ」


 私は、走り去るイザベルの背中を見送りながらそう呟いた。

 そうだ。イザベルの言う通り、私は無能なのだ。みんな優しいから、それを指摘しないでいてくれただけなのだ。

 魔導具を発明したからといって、調子に乗っていた。別に、自分じゃなくてもいずれ誰かが発明していたかもしれないのに。


(もし、ここで死んだらジェイド様たちも少しは私のことを見直してくれるかな……)


 そう思った瞬間、胸がズキリと痛んだ気がしたけれど。きっと、気のせいだと必死に自分に言い聞かせる。


(私みたいな役立たずが生き残るより、イザベルが生き残ったほうが良いに決まっている)


 自分が死んだとしても、きっと誰も本気で悲しんだりしないだろう。

 ──イザベルにはっきりと現実を突きつけられたことで、気づけばまた昔のように自信のない自分が顔を出していた。


(さよなら、みんな。……さよなら、ジェイド様)


 私は覚悟を決めて、ゆっくりと目を閉じた。

 ──その時だった。不意に、どこからともなく声が聞こえてきた。


「そんなことはない!」


「……っ!?」


 その声に驚いて、目を開ける。すると、目の前には何故かジェイドが立っていた。しかも、今は人の姿に戻っている。


「……え?」


 状況が理解できず、呆然としてしまう。

 ジェイドは、未知の魔物たちから私を庇うように立ち塞がってくれていた。


「ジェイド様!? あ、あの……」


 どうしてここにジェイドがいるのか分からず混乱していると、彼は優しく微笑んだ。


「もう大丈夫だ」


 私が困惑していると、ジェイドは目の前の魔物たちを睨みつける。


「ウゥゥ……」


 魔物たちは、警戒するように低い唸り声を上げ始めた。

 明らかにジェイドのことを敵視しているようだ。


「後は俺に任せろ。……すぐに片付けてみせる」


 ジェイドはそう言うと魔物たちに向き直った。


(どうして、ジェイド様は私の居場所がわかったんだろう……?)


 そう思いながらもジェイドの後ろ姿を見つめていると、彼はゆっくりと口を開いた。


「……お前たちは、一体何者だ?」


 ジェイドがそう尋ねるが、案の定、魔物たちは答えない。


「ウゥ……!」


「グァアアッ」


 魔物たちは唸り声を上げながら、一斉に襲い掛かってきた。

 ジェイドはすぐさま魔法を発動させると、向かってくる魔物たちを焼き払った。凄まじい炎に、思わず息を呑む。


(凄い……)


 ジェイドが放った炎は、まるで生き物のようにうねりながら魔物たちを燃やし尽くしていく。

 焦げた臭いが広がり、思わず咽せ返りそうになる。魔物たちは悲鳴を上げながら、次々と倒れていった。

 そして、あっという間に全ての魔物を焼き尽くすと、ジェイドは鋭い眼差しで周囲を見渡した。


「死体が消えた……?」


 どういうわけか、彼らの死体は霧散し跡形もなく消え去ってしまったようだ。

 ジェイドは首を傾げながらも、こちらを振り返る。


「一先ず、コーディが無事で良かった」


「ジェイド様……」


 彼の優しい笑顔を見た瞬間、堪えていた涙が溢れてきた。


「……うっ……うう……」


 私は嗚咽を噛み殺しながら泣いた。そんな私を慰めるように、ジェイドはそっと私の頭を撫でてくれる。

 その優しさが嬉しくて、余計に泣いてしまった。


「遅くなってすまなかった。怖かっただろう?」


「……どうして、ここにいることがわかったんですか?」


 気付けば、そう尋ねていた。すると、ジェイドは眉尻を下げて申し訳無さそうに微笑む。


「実は以前、訳あってコーディが寝ている間に記憶を覗かせてもらったことがあったんだ。ウルス家に生まれた者にしか使えない、記憶干渉魔法でな。その魔法というのが少々厄介で、その後記憶に干渉した相手の思考や感情が流れ込んでくることがあるんだ。だから、今回も同じようにそれが流れ込んできて……君の居場所が分かったというわけだ」


「え……? そ、それってつまり、ジェイド様に私が考えていることが筒抜けだったということですか……?」


 私は思わず狼狽する。

 ジェイドに心の声が筒抜けだったのなら、あんなことやこんなことも全部ばれていたということで……。

 ──そう、自分がジェイドを異性として意識しているということも。


「あ、あの……その……」


 口籠もっていると、ジェイドは慌てたように首を横に振った。


「ああ、いや……安心してくれ。魔法の効果はもうすぐ切れるし、そもそも相手の思考や感情が流れ込んでくることはごく稀だから、今回以外のことで君の考えていることが伝わってきたことはないよ」


「そ、そうですか……」


 それを聞いてほっとすると同時に、少しだけ残念な気持ちになった。


「でも……どうして、私の記憶を覗こうと思ったんですか?」


 私がそう尋ねると、ジェイドは少し困ったような表情を浮かべながらも答えた。


「……コーディが実家で本当はどのような扱いを受けていたかを知りたかったからだ」


「え……?」


 私は戸惑いながらもジェイドを見つめる。すると、彼は静かに言葉を続けた。


「コーディ。以前、君は実家にいた頃の話を聞かせてくれたな。だが、俺が君の記憶に干渉した時に見た光景は、その話とは相違があった。つまり、君は実家でひどい虐待を受けていたことを俺たちに隠そうとしていた──そうだろう?」


「……っ」


 図星を突かれて、思わず目を伏せる。

 ジェイドは私をじっと見つめたまま、さらに言葉を続けた。


「そのことを俺たちに黙っていた理由は?」


 ジェイドの問いに答えられずにいると、彼は少し困ったような表情を浮かべた。

 そして、私の手を優しく握ると静かに口を開く。


「大方、俺たちに心配をかけたくなかったんだろう? でも、俺はコーディのことをもっと知りたいと思っているし、力になりたいとも思っている。だから、これからは一人で抱え込まずに何でも話してほしい」


 その言葉を聞いた途端、罪悪感が込み上げてきた。


「隠していてごめんなさい……」


 私が謝ると、ジェイドはさらに言葉を続けた。


「それと……さっき聞いた、君の心の声についてだが。どうしても、言っておきたいことがある」


「え……?」


「他人の言葉に惑わされるな。俺を──俺たちを信じろ」


 ジェイドはそう言うと、その青い瞳で私を見据える。

 それは、まるで心の奥底まで見透かされているようで。私は、彼から目が離せなかった。


「君が死んだら、皆が悲しむ。君を心から慕い仕えているアランやサラ、そしてレオン。オリバーやエマだってそうだ。領民たちだって、今や君のことを家族のように大切に思っているはずだ。そうでなければ、ランプ作りを手伝ってくれるはずがないだろう?」


 その言葉に、私は何も言えなくなってしまう。


「それに、俺だって悲しい。君が死んでしまったらと思うと、居ても立っても居られなくなる。だから、自分が死んでも誰も本気で悲しまないなんて……そんなこと思わないでくれ」


 ジェイドはそう言うと、懇願するような眼差しを向けてくる。

 私は自身の行動が彼を傷つけていたという事実に心が痛んだ。

 それでも真摯に向き合い、思い遣ってくれている彼の優しさに胸が締め付けられる。


「……分かりました。その……これからは、もっとジェイド様たちを頼っても良いですか?」


 私がそう尋ねると、ジェイドは嬉しそうに微笑んだ。


「勿論だ」


 その笑顔を見た瞬間、胸が高鳴ったのが分かった。それと同時に、温かい気持ちが広がっていく。

 ──私はこの人が好きだ。どうしようもなく好きだと、改めて思った。

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