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38.名案

 突如としてウルス領で起こった未知の魔物たちによる襲撃事件──気づけば、あの惨劇から数週間が過ぎていた。

 襲撃によって犠牲者は出たものの、奇跡的に最小限の人数に留めることができたらしい。

 ウルス領で起こった襲撃事件の話は、オリバーを通してユリアンの耳にも入っている。

 救援要請を受けた彼は、すぐに精鋭部隊を編成して向かわせてくれた。

 今は、その部隊が行方不明者の捜索にあたってくれている。


 私たちは、あれ以来忙しい日々を送っている。

 ジェイドは、魔物たちによって破壊された民家や施設の修復作業の指揮をとっていた。

 アランとオリバーはジェイドの手伝いをしながら、人々を安心させるために奔走している。


 そして、私はといえば──エマと共に負傷者の治療にあたっている。

 幸いにも、エマは治癒魔法に長けていた。私はそんな彼女のサポートに徹しているのだが、自身が魔法を使えないことにもどかしさを感じていた。


「患者たちの様子はどうだ?」


 そう言いながら、オリバーが医務室に入ってくる。

 彼は、前述の通りジェイドの補佐として魔物襲撃の事後処理に追われる日々が続いている。

 しかし、その疲れを一切感じさせない凛とした佇まいだ。


「まだ予断を許さない状況です」


 オリバーの問いに、エマが答えた。彼女は治癒魔法を使いながらも、患者の容態を細かく観察している。


「そうか……」


「ところで、オリバー」


 エマが口を開く。彼女は真剣な表情で言葉を続けた。


「街を襲った異形の魔物ですが……あれは、一体何だったのでしょうか?」


 確かに、あの時のことは未だに謎に包まれている部分が多い。

 オリバーは、顎に手を当てて考え込む仕草を見せながらも答えた。


「……まだ、分からないな。だが──」


 そこで一旦言葉を区切ると、彼は険しい表情を浮かべたまま続けた。


「いずれにせよ、メルカ鉱山が鍵になっていることは間違いなさそうだ」


「やっぱり、そうですよね……。それで、あの……提案なんですけれど……」


 エマは、おずおずといった様子で切り出した。


「分かっている。あの鉱山で何が起きているのか、直接調べる必要があると思っているからな。今週末にでも、私一人で調査に向かう予定だ」


 エマが言おうとしていることを察したのか、オリバーはそう言った。


「一人で、ですか……?」


 エマは驚いた様子で声を上げる。オリバーは頷いた。


「ああ、そうだ」


 彼はきっぱりと言い切った。その口調からは強い意志を感じる。


「それは危険すぎます!」


 エマが焦ったような声を上げた。しかし、オリバーは首を横に振る。


「本来ならば、エマたちにも協力してほしいところだが……この状況下だし、皆には領民の治療に専念してもらいたい」


 オリバーの言葉に、エマは言葉を詰まらせる。


「で、でも……」


 それでも尚食い下がろうとするエマだったが、オリバーの意志は変わらないようだった。


「大丈夫だ。自分の身くらい自分で守れるさ」


 そう言って微笑むと、オリバーは医務室を後にした。


「……あの人、昔からああなんです。自分の犠牲を厭わないというか……。自己犠牲が過ぎるんですよ」


 オリバーがいなくなった後、エマはぽつりと呟いた。

 その表情には、憂いが含まれているように見える。


「オリバーさんとは、昔からお知り合いなんですか?」


 オリバーが去ってから、私はエマにそう尋ねた。

 彼女はこくりと首を縦に振る。


「はい。実は、彼とは幼馴染なんです。お互い、子供の頃から宮廷魔導士を志して、一緒に切磋琢磨してきた仲でして……」


 エマは懐かしそうに目を細めた。

 その表情からは、彼女のオリバーに対する信頼が窺える。


(……羨ましいな)


 私は素直にそう思った。自分には幼馴染と言える存在はいないから、少し羨ましく感じる。


「オリバーは、昔から何でも一人で抱え込んでしまう人でした。だから、放っておけないんです」


「エマさん……」


 今、エマに抜けられると恐らくこの医務室は回らなくなる。

 しかし、オリバーに付いていきたいという彼女の気持ちも痛いほど分かる。


(何とかならないかしら……)


 そう思った瞬間、ふと頭にある考えがよぎる。

 そして、正午過ぎ。頃合いを見て、私はクレイグの店に出向くことにした。



 ***



「クレイグさん! もうお店のほうは大丈夫なんですか?」


 私がそう声をかけると、クレイグは作業の手を止めてこちらを向いた。


「ええ、もうほとんど元通りですよ」


 彼は苦笑しながらそう言った。その表情には、疲労の色が浮かんでいるように見える。


(無理もないわよね……)


 襲撃事件から数週間が経過したとはいえ、まだ完全に復興したわけではないのだ。

 私は彼に労いの言葉をかけると、本題を切り出すことにした。


「あの、実はお願いがありまして……。宝石をいくつか見繕ってもらえませんか?」


「宝石を……?」


「はい、実は──」


 私は、これまでの経緯をクレイグに説明した。

 今、エマに抜けられると医務室が回らなくなる。けれど、オリバーを一人で調査へ行かせるのも心配だ。

 そこで、私は名案を思いついたのだ。


「なるほど……。魔力を吸収しやすい宝石を予め用意しておいて、それにエマさんの治癒魔法を封じ込めておくというわけか……」


 クレイグは納得したように頷く。


「はい。その宝石を怪我人の患部に当てることで、治癒魔法が発動するようにしたいんです。複数回分封じ込めておけば、エマさんがいない間も他の者が治療にあたることができるので」


「確かに、それはいい考えですね。分かりました。いくつか見繕っておきますよ」


 クレイグは快諾してくれた。


「でも、どうやって魔法を複数回分封じ込めておくんですか?」


 クレイグは興味津々といった様子で尋ねてくる。

 私は少し緊張しながらも、思いついたことを話すことにした。


「宝石に、予め加工しておくんです。説明が難しいのですが……こう、魔力の波長に合わせて細工を施す感じです」


「と、言いますと……?」


 クレイグが首を傾げてきたので、私は説明を続けることにする。


「例えば、エマさんにはエマさんしか持っていない特殊な魔力の波長があるんですよ」


 そう説明すると、彼は驚いたように目を見開いた。


「波長、ですか……?」


「ええ。エマさんの魔力の波長を覚えてしまえば、あとは宝石にその波長を記憶させるだけです。その人に合わせた加工を施すことで、複数回分の魔法を吸収する力を持った特殊な宝石になるんですよ」


 私がそう言うと、彼は感心した様子を見せた。


「なるほど。そんな方法があるんですね」


「ええ。なので、なるべく早く作業に取りかかれるようにしたいんです。オリバーさんは、今週末にでも鉱山に調査に行かれるそうなので……」


 私がそう切り出すと、クレイグは深く頷く。


「わかりました。こちらも、早急に準備しましょう」


「クレイグさん……ありがとうございます!」


 私は深々と頭を下げた。

 これで何とか一安心できそうだ。私はほっと安堵のため息をついた。


「ところで、オリバーさんとエマさんはどういった仲なんですか?」


「幼馴染だそうですよ」


 私がそう答えると、彼は納得したように頷いた。

 そして、ぽつりと呟くように言う。


「なるほど……幼馴染ですか」


 少し含みのある言い方だったので気になったが、クレイグはそれ以上何も語ろうとしなかった。


「それでは、宝石をお願いしますね」


「ええ、任せてください」


 私はクレイグに「よろしくお願いします」と頭を下げると、店を後にした。

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