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41.戦闘

 そこにいたのは、青い肌を持つ魔物たちだった。それぞれ、手には棍棒のようなものを持っている。


「あの魔物たちは一体……」


 そう呟くように言うと、アランが答えた。


「姿形から察するに、ゴブリンの一種でしょうね」


「ゴブリン? でも……ゴブリンって確か緑色の肌だったような……」


 私が困惑していると、ジェイドが口を開く。


「街の外にいるような、一般的なゴブリンはそうだな。だが……以前も言ったが、ここ数年、領内の鉱山では未確認の魔物や絶滅したはずの魔物の姿が目撃されているんだ」


「そういえば、そうでしたね……」


 私は納得して頷いた。


「アラン、行くぞ!」


 ジェイドが叫ぶと、アランは頷く。そして、二人は同時に駆け出した。

 まず最初に攻撃を仕掛けたのはジェイドだった。すぐさま氷の矢を何本も生成すると、ゴブリンに向かって放ったのだ。

 その攻撃によって、ゴブリン達は怯む。その隙を狙って、アランが剣で攻撃を仕掛けた。斬撃がゴブリン達の足を襲う。彼らは悲鳴を上げながら転倒した。

 すると、ジェイドが先ほどよりも大きい氷の矢を放ちゴブリン達を同時に貫いた。

 あっという間に魔物を倒してしまった二人に、私は感嘆の声を漏らした。


「二人とも、凄い……」


 アランもジェイドも流石だ。二人の強さを見て、私は改めて感動する。

 私の後ろに隠れていたレオンも二人の戦いを見て興奮したのか、尻尾を振っていた。


「これで全部か」


 ジェイドが辺りを見渡しながら呟く。どうやら、他に魔物はいないようだ。


「そのようですね。では、採掘を再開しましょうか」


 アランはそう言うと、ツルハシを手に取った。


「それにしても、アランさん。今回は狼に変身しなかったんですね」


 私がそう言うと、アランは苦笑した。


「ははは……なるべく、簡単に変身しないように感情をコントロールしていますからね。あの姿になると、意外と戦いづらいんですよ」


「そうなんですか?」


「ええ。私は元々人間ですからね。そりゃあ、狼の姿よりも人間の姿の時の方が戦いやすいですよ」


「なるほど……」


 確かに、それはそうかもしれない。

 私は納得して頷いた。


「それにしても……コーデリア様は本当に動物がお好きなんですね」


「はい! だって、とっても可愛いじゃないですか!」


 私が力説すると、アランは困ったように笑った。そして、ツルハシを振るい始めた。

 ──その時だった。ジェイドの背後に、黒い影が忍び寄る。


「ジェイド様!」


 私は咄嗟に叫んだ。だが、次の瞬間──その黒い影は、ジェイドの首筋に噛みつく。


「くっ……!」


 ジェイドは苦痛に顔を歪める。

 アランがすぐさま、ジェイドに噛みつく影に向かって斬り掛かる。

 すると、その影はジェイドの首から牙を離し後方に飛び退いた。


「ジェイド様! 大丈夫ですか!?」


 私は慌てて彼に駆け寄る。ジェイドは首を押さえながら、小さく頷いた。


「あ、ああ……なんとか……」


 どうやら、深い傷ではないらしい。傷口からは血が流れているが、急所は外れているようだ。

 目の前にいる魔物を見た瞬間、私は思わず目を見開く。


「え……? 犬……? しかも、レオンと瓜二つ……?」


 そう、目の前にいる魔物は犬の姿をしており、しかもレオンにそっくりだったのだ。


「これは……どういうことだ……?」


 ジェイドが困惑した様子で呟く。すると、アランが口を開いた。


「そういえば、人づてに聞いたのですが……この前、街で人を襲った野犬がいたそうです。目撃者の話によると、その犬はラスター鉱山のほうに逃げていったとか。もしかしたら、その犬かもしれません」


「で、でも……どうしてレオンと瓜二つなんですか?」


「分かりません。ただ、古い文献によると、過去に何度か他の生物に擬態する能力を持つ魔物の存在が確認されているそうです。もしかすると、その魔物と何か関係があるのかもしれません」


 アランは冷静な口調でそう説明する。


「厄介ですね……」


 私がそう言うと、レオンが魔物を威嚇するように唸った。


「これは、あくまでも仮説なんですが……この魔物は、どこかでレオンの姿を見かけたことがあるのかもしれません」


 アランはそう言いながら目を細めた。


「つまり、人里に下りてきた時にレオンを見かけた……ということでしょうか?」


「ええ、恐らくは……」


 アランがそう呟いた瞬間、攻撃を受けて倒れ込んでいた魔物が起き上がった。

 その口元からは血が流れており、鋭い牙が見えた。目は血走っており、こちらを睨みつけている。

 明らかに怒っているようだった。魔物は唸り声を上げると、こちらに向かって駆け出す。

 そして、再びジェイドに向かって爪を振りかぶったが──その刹那、魔物は地面から伸びた巨大な氷柱によって貫かれた。

 魔物の全身が一瞬にして凍りつく。そして、物言わぬ氷像へと変化してしまった。

 どうやら、ジェイドが魔物を氷漬けにしたらしい。


「ジェ、ジェイド様……? 大丈夫で──」


 そう言って、近づいた瞬間。

 ふと、ジェイドの目の色が変わっていることに気づいた。

 獣の姿になっても尚、変わらなかった深く青い瞳は赤く光っており、瞳孔も細く縦に伸びている。


「……! まさか……」


 背後で、アランが何かに気づいたような声を上げる。


「グァァァ!」


 直後、ジェイドが叫んだ。

 その声とともに、彼は腕を振りかぶり──その鋭い爪を私に向かって勢いよく振り下ろす。


「コーデリア様! 危ない!」


 アランが咄嗟に私の手を引く。

 私は間一髪でアランによって後ろに引き寄せられ、ジェイドの爪は空を切った。

 ジェイドの様子がおかしいことに動揺していると、アランが叫んだ。


「このままでは危険です! 早くこの場を離れましょう!」


 アランは私の腕を掴むと、そのまま引っ張った。

 背後からは、ジェイドの唸り声が聞こえてくる。

 だが、アランはそれを無視して走り始める。私は彼に引っ張られながら必死に足を動かした。

 レオンも、困惑したような表情を浮かべながらも付いてくる。


「アランさん! ジェイド様は、一体どうしてしまったんですか……?」


「恐らく……ジェイド様は今、理性を失っているんだと思います。獣化の病を患っている患者の中には、稀に理性を失い本物の獣のように暴れだす者もいるそうなんです。きっと、あの魔物に攻撃を受けたことが引き金となったのでしょう」


「……! 症状を抑える方法はないんですか?」


 私が問いかけると、アランは厳しい顔で首を横に振る。


「……ありません。一度ああなってしまったら、時間が経つのを待つしかないんです。一定時間が経過すれば、自然と元に戻るので……」


「そんな……」


 私は絶望的な気分になった。


「グァァ!」


 背後からジェイドが叫ぶ声が聞こえる。彼は、物凄い速さで私たちを追いかけてきている。


(時間が経過するのを待つしかないと言われても……このまま、ジェイド様を放っておくわけにはいかないわ)


 どうしたら、彼を助けられるんだろう? そんなことを考えているうちにも、ジェイドがこちらへ迫ってくる。

 私は僅かな時間の中で思考を巡らせる。ふと、ある考えが頭をよぎった。


(この鉱山には、沢山の天紅結晶が眠っている。アランさんの言っていた通り、天紅結晶が発する香りに治癒を促す効果があるのなら……ジェイド様にその匂いを嗅がせれば、症状を抑えることができるかもしれないわ)


 とはいえ、先ほど採取できた天紅結晶はごく少量。ジェイドの症状を抑えるためには、より多くの天紅結晶が必要になるだろう。

 ふと、私は以前メルカ鉱山で自分が周囲の鉱石の力を借りて魔物を攻撃したことを思い出す。


(もし、あの時と同じように周辺に眠っている鉱石の力を借りることができたら──)


 きっと、ジェイドを助けることができる。

 私は意を決すると、目を閉じた。そして、大きく息を吸うと、周辺に眠っている鉱石に呼びかけるように声を上げた。


「お願い……力を貸して!」


 周囲の岩壁の中から、光の玉がふわりと浮かび上がる。それらは、やがて私の元へ集まっていく。

 私は自分の体の内側から魔力が満ちていくような感覚に襲われた。

 そして、魔力の集約が終わったことを感じた瞬間。私はジェイドのほうに向き直った。


「ジェイド様!」


 そう呼びかけると同時に、私は両手を前に翳した。

 次の瞬間。ジェイドの周囲に、きらきらと輝く光が降り注ぐ。それは仄かに温かく、甘い香りを放っていた。


「グ……アァァァ!!」


 突然のことだったからか、ジェイドは驚いたような声を上げる。

 その瞬間──彼の赤い瞳は元の青色へと変化した。そして、その場に倒れ込む。

 どうやら、無事に理性を取り戻すことができたようだ。


「はぁ……はぁ……良かっ……た」


 安心した瞬間、私は疲れを感じて地面に膝をついた。

 そんな私の元へアランが駆け寄る。


「コーデリア様! 大丈夫ですか!?」


 慌てたような声で問いかけてくるアランに向かって、私は笑顔を浮かべながら答える。


「はい……大丈夫です」


 私の言葉に、アランはほっとしたような顔を見せた。

 そして、倒れているジェイドの方を見て口を開く。


「どうやら、気を失っているようですね。じきに意識が戻るでしょう」


 アランの言うとおり、ジェイドの呼吸がどんどん安定してきたようだ。

 しばらくすると、彼はゆっくりと目を開けた。


「ジェイド様!」


 我に返ったジェイドを見て、私は嬉しくなって駆け寄っていく。

 彼は私をぼんやりと眺めながら、不思議そうに首を傾げた。


「……コーディ? 俺は、一体……」


 ジェイドがそう聞いてきたので、私はこれまでの経緯と理由を説明した。


「ジェイド様が元に戻って、本当に良かったです……!」


 私がそう言うと、彼は困ったような表情を浮かべる。


「そうか……俺は、コーディにそんなことを……。君を守るつもりが、逆に傷つけてしまうところだったんだな」


「いえ、そんな……大丈夫ですよ! ほら、この通り怪我もしていませんし!」


 私は慌てて首を振った。すると、ジェイドはバツの悪そうな顔をする。


「いや……本当にすまない」


 そんなジェイドに向かって、アランが声をかける。


「ジェイド様……お体の具合はいかがですか?」


「……ああ、もう大丈夫だ」


 ジェイドはそう言って立ち上がると、軽く伸びをした。

 その様子を見て、アランがほっとしたような表情を浮かべる。

 一先ず、私たちは危機を脱することができたようだ。私は、改めて安堵の溜息をついたのだった。

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