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第十話 三姉妹の花婿さがし


舞台上に三人の淑女──。


一人はヒールを足して二メートルに達する巨人、長女ドナ役のオーヴィル。


一人はドレスに似つかわしくない獰猛な面差しの殺し屋、次女パトラ役のノロブ。


そしてギリ納得できる範疇なのが、三女ローラ役のギュムベルト。


三者三葉の女装男子だ。


フリル満載のドレスを纏ったピンク色のゴリラがとってつけたような縦ロール髪を振り乱して叫ぶ。


「耐え難い屈辱ですわ!!」


長女ドナの姿はさながら空想上のあらぶる怪物のようだ。


毒を持ってるタイプのカラーリングをした怪物に次女パトラが反論する。


「事業を継ぐのはアタクシたちではなく旦那様になるザマスから、もっとも優れた伴侶を得た娘に遺産が相続されるのは当然ザマス」


ノロブの演じる次女パトラは性格の悪さが台本よりも強調、黒のドレスに真紅の口紅はさながら魔女を彷彿とさせる。


「──つまり、次女であるアタクシが本家に格上げされる大チャンスッ!」


大きく身振りをするたびにまるで黒魔術の儀式のよう。


「長女である私の世間体は地に落ちましてよ!」


三人の中でもっとも優れた伴侶を得たものが資産家である父のあとを継ぐ、それがこの舞台『三姉妹の花婿さがし』の導入だ。


はげしく牽制しあう姉たちを尻目に「まあ、大変」と、三女ローラはまるで他人事のように呑気な素振り。


「ローラ、あんたも無関係ではないザマスよ」


「たった今からあんた達は可愛い妹ではなくライバルになったのですわ!」


姉二人が「わかってる? わかってない?」とのぞき込むと、三女は「うふふ」と無邪気に首をかしげる。


手の込んだ女装をした男たちがすっかり女性になりきっている異常事態、それでいて切実な状況が客席から笑いを引き出した。


三女ローラは姉たちに言いはなつ。


「競おうにも、お相手がいないことにはなにも始まりませんわ」


その一言に落ちる沈黙──。


長女ドナ、次女パトラともに夫はおろか恋人すらいないことは一目瞭然だ。


現物の用意がない状況でいったいなにを比べるというのか。


「……憎らしいことを言う妹ザマス!」


青空のようなドレスを着て朗らかにほほ笑む三女を次女が睨みつけた。


劣勢をくつがえすべくゴリラが仁王立ち。


「我が家名にあやかりたい者はいくらでもいますもの、結婚自体は容易いことですわ!」


魔女が張り合うように並び立つ。


「期限を設けられたことで早急に相手を選ばなくてはならなくなったことが問題ザマス!」


三女ローラが「うふふ」と微笑むとそれを煽りと受け取った姉たちが「「笑うな!!」」と怒鳴りつけた。


そして、余裕の態度を崩さない末妹に姉たちは思い当たる。


「……もしかして、もう?」


姉二人が「いる? いない?」と三女の周囲をくるくると回りながら表情をのぞき込むと、三女はまた「うふふ」と意味深に微笑んだ。


「私にも意中の殿方くらいいましてよ!!」


「アタクシもザマス!!」


引いてしまえば財産争いが決着してしまう気がして姉たちは負けじと張り合った。


「ローラ、あんたの相手はどんな馬の骨ザマスの?」


手始めに相手の戦力を確認する。


「ええと、長身で美しい外見に加えて内からあふれる不思議な魅力をまとった方ですの」


三女の手札は魅力。


「私のお相手は体格こそ小柄だけれど武芸に秀でた勇ましいお方ですわ!」


長女の手札は武力。


「あら、人の上に立つ人物に必要なのは見た目や腕っ節よりも知性ではなくて?」


次女の手札は知力。


各々に想い人のスペック自慢で相手を牽制した。


「言ったところでイメージがわきませんわね」


ドナの言葉を受けてパトラが周囲を見渡し、舞台袖に声をかける。


「──でしたら、セバスチャン!」


パトラが呼びつけると舞台袖から『仮面の紳士』が登場、イーリスの演じる執事のセバスチャンだ。


この舞台はすべての登場人物の性別を逆転してキャスティングしている。


「はい、なんなりと」


直立不動のセバスチャンを長女ドナが小脇に抱えて持ち運び、舞台中央に置くと姉妹たちが囲む。


「ワタクシのお相手はちょうどこれくらいの背丈ザマス」


三姉妹より華奢な男役だが、厚底ブーツでかろうじて三女の身長を上回る。


「小さいわね」


「むしろ長身じゃないかしら」


各々に感想を述べると舞台は暗転、三姉妹の姿が消えスポットライトがセバスチャンだけを浮き上がらせる。


照明や音響を精霊魔法で自在にできるリーンエレの仕事が劇団の大きな強みだ。


セバスチャンが独白する。


「三人の想い人がそれぞれ変装をした私だとバレたらどうなってしまうのだろう……」


客席がザワついた。


三人の恋人は執事が変装した同一人物であり、すべては資産家の父親が企てた娘たちの資質を試すための試験だったと知らされる。


資産家である父の声が回想として流れる。


『我が忠臣セバスチャンよ、姿を偽って娘たちに近寄り誰がもっとも跡継ぎに相応しいかを見定めるのだ』


死を覚悟したかのような深刻な面持ちで語る。


「──ただではすまないだろうな!」


客席は爆笑。


照明が戻り、三姉妹が動き出す。


「強さこそが至高!」


「知性が不可欠ザマス!」


「人を惹きつけるのは魅力ですわ!」


家名にあぐらをかいていた姉妹たちが、意中の相手を射止めるため献身的に努力し思いやりを学ぶ。


結果、結束し家の危機を乗り越えるというのが演目のあらすじだ。


長女が跡を継ぎ、次女が補佐し、父親の失脚を目論んでいた三女は追放される結末を迎える。


観客たちは笑いものとして見ていた三姉妹に次第に好感を持ち、最後には涙すら流した。


舞台は大盛況、カーテンコールで役者たちは喝采を浴びることに成功する。



ニィハの主導で開始された『鉄の国』の観光業は順調だ。


人間の出入りがなかった『鉄の国』は多くの観光客の興味を刺激したし、断崖の都市にはそれにこたえるだけの景色があった。


物流のために舗装された立派な道路を再利用し多数の馬車を行き来させると、順番待ちの列ができた。


ドワーフが手掛けた質の高い製品はどれも評判が良く遠出の土産として喜ばれた。


馬車の席数は限られ一公演の集客こそ多くないが継続的な動員が続いた。


『劇団いぬのさんぽ』の再始動は成功、好調な滑り出しを見せていた──。


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