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第十三話 特別な客人


劇場エントランスにイーリス、ニィハ、オーヴィル、リーンエレ、ギュムベルト、ノロブ、そしてエマが勢揃いしている。


一日の務めをすべて完了し解散するかといったところだ。


部屋の隅で眠るようにうずくまっているアルフォンスが、なにかの気配を察知して耳をピクピクと動かした。


それぞれ表情に疲労感と安堵を浮かべていて、誰から立ち去ろうといったタイミングで出入口からひょっこりと見知った男が姿を現す。


「あの、姉弟子いますか?」


イーリスたちと古くからの知り合いであるイバンだ。


馬車業者との交渉につきそってくれたあとも宣伝を中心に様々な手伝いをしてくれていた。


イーリスは手を振って存在をアピールする。


「どった、こんな時間に?」


「人目を避けたかったんで……」


彼は表向きは考古学者を名乗る旅人だが『盗賊ギルド猫の爪』に属しており、王直属の斥候を務めている。


交友関係を買われて主にニィハたちの足取りをたどる必要にかられた場合に駆り出された。


人目を避けてという言葉にイーリスが「ん?」と反応する。


「どうぞ、こちらへ」


イバンが招き入れたのはフードの男。


服装、装飾品、たたずまい、どれをみても高貴な人物であることがうかがえる。


「失礼する」


客人がフードをはずすと神経質そうな美男の素顔が現れた。


「うわ、久しぶりじゃん!?」


イーリスが懐かしむような反応をし、客人は返事より先に周囲を見回した。


「──信頼できる仲間たちだよ」


その言葉を聞くと作業の手をとめて出迎えようとしていた元女王に歩み寄り、膝をついた。


「ご健在のご様子でなによりにございます」


ニィハはあわててそれを引き起こす。


「あ、頭をあげてください、責任を放棄した時点でわたくしは一市民と同等の立場です!」


「滅相もございません、私はあなたを英雄として崇め奉る者です!」


彼と直接の面識があるのはイーリスとニィハだけであり、謙遜し合うふたりを皆は不思議そうに眺めた。


「で、今日は?」


イーリスが要件をうながすとリーンエレが「待って」とそれを制止する。


その足元には銀狼がいて彼女になにかを伝えていた。


「──光の精霊よ」


リーンが入口付近に手をかざすとなにもなかった空間にまるで瞬間移動でもしたかのよう人影が現れた。


客人は即座に剣を抜いてその切っ先を不審人物の首へと突き付ける。


不審者は「わあ!?」と悲鳴をあげた。


「──待ってください、悪気があったわけじゃないんですぅ!」


その正体は【精霊魔法】で姿を隠匿したルブレ商会のエルフ兵テオだった。


オーヴィルがたずねる。


「おまえ、なにやってんだよ」


「これは不可抗力というか……」


透明化して近づいてきた時点で弁明の余地もないが、テオは無実を主張する。


「──これ、おろして頂けますか?」


どうやらそれが身内らしいと察知した客人は視線でイーリスに指示を仰ぐとそれに従った。


「殺されても文句いえないよ?」


「ほら、そこはボクらの仲じゃないですかあ」


テオは相変わらず緊張感のない笑みを浮かべた。


正直、彼が敵か味方かで分類するならば前者よりと言わざるを得ない。


オーヴィルは気を利かせて皆に移動をうながす。


「関係ない人間は出るぞ」


テオだけを追い出したところで油断ならないので、監視も兼ねてまとめて外へと連れ出す。


その場には客人と付き人のイバン、イーリス、ニィハ、リーンにアルフォンスをふくめた五人と一匹が残った。



ギュム、ノロブ、エマ、テオがオーヴィルに劇場の外へと押し出される。


すると客人の護衛と思われる武装した男たちが数人ほど控えていて、彼らは団員たちに会釈した。


「これをやり過ごすために姿を消してたのか」


「一応、敵対国の人間ですしおいそれと声をかけるわけにもいかず」


オーヴィルの指摘通り、透明にでもならなければ近づけなかっただろう。


彼らの任務の邪魔にならないようにと少し距離をとる。


ハーフエルフの鋭敏な聴覚を警戒して引き離すという意図もあった。


テオが新顔の存在に気づく。


「おや、また珍しいお仲間が増えましたね」


「あたしエマ、よろしくね!」


ハーフエルフの彼は精霊に近い存在である『黒犬』に気づいたが追求はしない。


純血のエルフであるリーンが知らないはずがなく、害のある存在でもないからだ。


──記憶から消えるものを深掘りする意味もないしな。


実体化を解けば『黒犬』に関する記憶は失われる。


ギュムたちは「珍しい」という意見に違和感を覚えはしたものの言葉にして確認するほどの関心は払わなかった。


それよりも興味を引かれているのは謎の客人の正体だ。


「何者ですか?」


ノロブがオーヴィルにたずねた。


「さあな」


「オーヴィル先輩でも存じ上げない」


それはおとぼけではなく事実だ。


付き合いが長いとはいえ、元女王であるニィハや宮仕えだったイーリスと旅の吟遊詩人であるオーヴィルとでは人脈が異なる。


正答は意外な人物が持っていた。


「東アシュハ国の宰相ですよ」


テオの回答にエマは「サイショウ……?」と首をかしげた。


対象的にノロブが狼狽える。


「馬鹿な、宰相閣下がちっぽけな劇団の主催者に会うためこんな辺境まで足を運ぶ道理などあるわけがない!」


一時は港町を牛耳っていた彼らでも地方領主までしか面識がない、下民と見下していた旅芸人に王国のナンバー2が膝を着いたのだ。


ノロブを警戒してのことではなかったが、ニィハが元女王であることは知らされていない。


女王ティアンは死んだ──。


政治上、極刑に処したはずの元女王の生存情報は現体制にとって都合がわるい。


存在を抹消し、語られるべきではない。


オーヴィルがテオをにらみつける。


「変な気を起こすなよ?」


彼は宰相の顔を知っていた。


大陸の端では国王の顔を知る者すら限られているというのにだ。


「やだなあ、まさか東アシュハの宰相が来訪することまで想定してませんって」


剛腕の王と智謀の宰相──。


直接対決を見越したわけではないが敵の要人として情報収集くらいはしていた。


機密情報のひとつも持ち帰れるとの打算があったことは確かだ。


「──それに、ダラク族の襲撃を受けたせいで我々にも余力がありませんからね」


実は先の事件でルブレ商会は多大な損害を受けていた。


運搬用の船と物資の数々、なにより多くのエルフ兵が犠牲になっていた。


ルブレ商会の船はエルフ兵の【精霊魔法】を動力にして長距離を自在に航行できる。


飛竜で空路、魔法船で海路とやりたい放題だ。


それが海賊による騙し討ちで世界中から集めた貴重なハーフエルフたちの半数を失う羽目となった。


おかげで戦力は半減だ。


「その調子で大人しくしていてほしいもんだぜ」


西アシュハとの戦争もそうだが、海賊のことも含めてあまり波風を立てないでいて欲しいというのがオーヴィルの本音だ。


「そこが今日の本題なんですけど──」


テオの話によると、敗走したにしてもエルフ兵たちが戻ってなさすぎる。


負傷者や漂流している者もいて帰還に時間がかかっているのかもしれない。


もし生存者を発見することがあれば匿い、報告してほしいと伝えに来たとのことだった。


負傷者の救助はやぶさかではないが、彼らの船に帰るエルフが『鉄の国』を経由する可能性は低く思える。


役に立てるかは怪しいところだ。


エマが身を乗り出す。


「見つけ出して助けてあげようよ!」


ここにいる限りは遭遇しないだろうから見つけたければ捜索に出るしかない。


ギュムも同じことを考えていた。


「一刻をあらそう可能性もあるっスよね」


その意見にノロブが反対する。


「そこまでする義理はないでしょう、すでに生存者はいない可能性だって低くはなさそうですから」


即座に行動に移すには情報が足りないし、目処のたっていない作業に人を割けるほど自分たちも暇ではない。


「ええ構いません、こちらもなんの根拠もなく言っているので」


テオのほうも未練や予感だけで言っている話だった。



外でエルフ兵捜索の話をしている時、中では東アシュハ国宰相パトリッケスがイーリスたちと旧交をあたためていた。


「舞台見に来てくれたの?」


「すまないが、どうにも耐えられそうにない演目だったからな……」


広告に目を通すくらいはした。


しかし明らかに自分たちがモチーフになっていたため観劇するにはいたらなかった。


当時、まだアシュハ皇国が東西に別れていなかった頃、東部をパトリッケスの父親が領主として治めていた。


皇国で三本の指に入る騎士だった領主を人々は騎士王と称えた。


その三兄弟の次男がこのパトリッケスである。


そして東アシュハ王に相応しい人物の選定者として、現西アシュハ王によって送り込まれたのがイーリスだ。


三兄弟は彼女をめぐって壮絶な恋の争奪戦を繰り広げ、それが『三姉妹の花婿さがし』のモチーフになった。


「たしかにシンドイかもね……」


彼をモデルとした次女パトラ、ノロブの演じる性悪っぷりはコメディとしては成立しているが、本人が鑑賞して耐えられるものではない。


──発狂するかもしれないな……。


いまでこそ著しい成長を果たしているが、次女パトラのキャラクター性に彼の要素がないわけではない。


ニィハがたずねる。


「王都を離れてよろしかったのですか?」


地方の状況は報告こそ受けるが基本的には領主任せのはずだ。


彼は東アシュハ国の頭脳であり、中心を離れては政治が機能しない。


「当然、公務のついでです」


今回の遠征は港町の軍備に関わるもので『鉄の国』には帰路で立ち寄ったに過ぎない。


パトリッケスは本題を語る。


「──近々陛下、兄上がご結婚なされるのだが……」


皇国が西、東に分割されたのがほんの数年前、即位したばかりの若い王が結婚する。


これはまだ公になっていない情報だ。


「へえ、おめでとう!」


盟友の結婚報告をイーリスは素直に祝福した。


しかし、パトリッケスの表情は暗く「めでたいものか……」と首を横に振った。


「相手は西の女騎士長だ」


西の女騎士長と言えば該当者はただ一人、ニィハたちとも深い関わりのある人物だ。


「まあ!」


「えっ、そうなんだ!? へえー、そうなんだぁ!!」


二人はとても驚いた。


孤児から剣の腕だけで皇国の騎士長にまでなった彼女が、今度はまさかの王妃にのぼり詰めるとは。


「最前線から指揮官を引き抜くのだ、あちらには多大な迷惑をかけることになる。反対したが本人たちの意思が固くてな……」


片方だけでも譲らないのに二人揃ったら誰も止められない。


「──めちゃくちゃなんだよ、あの人は」


突然城を開けたかと思えば戦地に赴き、前線基地の指揮官を射止めて帰ってきた。


国の運営はパトリッケスのおかげで滞りなかったが、長期間なんの報告もなく姿を消した王に肝を冷やした。


「信頼されてるってことじゃないかな……」


剛腕の王あっての東アシュハであり、パトリッケスの支えがあってこその王と言える。


眉間のシワを押さえる宰相をニィハが慰める。


「跡継ぎははやい方が良いですものね」


結局はそれを理由に譲歩することになった。


強い夫婦から強い子供が産まれるだろう。


「式典もあるし西に援軍を出さない訳にもいかない、それで動きのない海賊相手に軍隊を遊ばせておくわけにもいかなくなった」


海賊の活動が沈静化し軍を引き上げるかの判断をしに来たということらしい。


「それでわざわざ」


海賊たちが沈黙し、大量投入した人員が無駄になっている現状は把握できた。


西は戦争中、貴重な兵隊を遊ばせておくわけにもいかず引き上げが決定した。


「この静寂が不気味ではあるが……」


再度、活発化する可能性はある。


だからといって現状を維持するには支出が合わない。


海賊躍進の発端となった武器の横流しがなくなったことで警備縮小の判断は打倒だろう。


「にしても、使いの人間をよこせば良かったんじゃないの?」


宰相が中央を空けるほどの要件ではないように思えた。


「兄上が行くといって聞かなかった、私が代役ということでなんとか納得させたんだ」


そうは言っても、二人の無事を直接確認したかったという気持ちがなかった訳ではない。


会えて嬉しかった──。


しかしそれを口にはできない。


「一人称、僕はやめたんだね」


「立場というものがある」


次はいつになるか分からない、可能ならば二度と会うべきではない相手だ。


それを噛み締めるようにして言葉を交わした。


特別だった相手の無事を確認し、変わらない様子に一時の安らぎを得ていると、イバンがそこに余計な一言を放り込む。


「似た者の王妃が加わることで宰相の気苦労は倍加するに違いありませんからね!」


──これまでの倍ッ!?


それを考えると頭を抱えずにはいられない。


「クッ、そういうわけで長居もできん」


要件が済んだからには即座に帰らなくてはならないだろう。


イーリスとニィハは「せめて朝まで」と引き止める。


現王ならば二、三日は居座ったところだがそれができる性格ではない、宰相パトリッケスは後ろ髪を引かれる思いで席を立つ。


その間、リーンエレは離れたところでいつものように黙ってアルフォンスを撫でつけていた。


「人間はいつもあわただしいわね……」


膝を抱え微睡みながら、エルフの長い耳は外の空気感と仲間たちの会話を拾っていた。


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