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第4話

 捜査一課

 無造作に積み上げられた書類とファイル、乱雑な机の上の書籍、カップラーメンの空き容器、机と机の間には今は使われていない扇風機が首を垂れていた。部屋の隅には何台もの無線機が充電コードに繋がれていた。


「ちょっと、久我さん、ちょっと」

「はい、なんでしょうか」


 署長室に手招きされた瞬間、嫌な予感はした。


「悪い人じゃないんだけれどね」

「はい」

「暴れ馬というか」

「はい」

「工事現場のブルドーザー」

「はい」


 やや破天荒な警察官とコンビネーションを組むようにと指示があった。


「悪い人じゃないんだよ」


 何度も念を押された。


 カツカレーの出会いから一年が経過していた。捜査一課でたまに見掛けたがとにかく落ち着かず、警邏けいらに勤しみ現場を飛び回り、私と会話を交わす機会は殆どなかった。

 にも関わらず、私はその人物とコンビネーションを組む事になった。


竹村 誠


「おう!前科者じゃねぇか、まさか再犯て事ぁないか!」


 竹村警部補は私の背中を遠慮なく、力の限りバンバンと叩いた。


(これは痕が付いたな)

「はい、よろしくお願い致します」


 その時、捜査一課の強面たちは私が機嫌を悪くするのではないかと内心気が気ではなかったらしい。然し乍ら、怒りを顕にする間も無く竹村警部補は捜査車両の車番タグが付いた車の鍵を私の目の前にぶら下げた。


 「久我、おまえが運転しろ」


 呼び捨てで命令口調。


「はぁ」

「あんなデケェ車、恐ろしくて運転出来ねぇ」

「はぁ」

「返事くらいしっかりしろよ」

「はい、分かりました」


 何故か私が捜査車両を運転する事になっていた。


(解せぬ)


 ある日、「車を出せ」と竹村警部補が捜査車両の鍵を私の手に握らせた。警邏の時間までは未だ時間があった。


(また、ですか)


 ここ数週間、竹村警部補に振り回され山積みとなった書類を確認し、印鑑をポンポンと捺している所だった。私はため息混じりに書類を机の引き出しに片付け彼の背中を追った。


「もたもたするな、遅ぇな!」

「はぁ、申し訳ありません」


 階級は警部と警部補、私が上であるにも関わらず、いつしかその立場が逆転していた。そして向かった先は竹村警部補の自宅だった。


「ここが俺んちだ。ここに迎えに来てくれ。」


 指差した先には見事な沈丁花の垣根があった。肌寒い四月の日差しの中、それは芳しい香りを放っていた。


「ここなら目立たないからな」

「はぁ」

「住宅街にこんないかつい車が停ってたら皆、腰抜かすわ」

「そうですね」


 竹村警部補は自宅を取りまく沈丁花を眺めながらいつになくしんみりとした表情で語り出した。


「これはカミさんが俺の為に植えたんだ」

「そうなんですね」

「花言葉がピッタリなんだそうだ」

「はい」

「現場に行く俺を心配してんだと」

「お優しい奥さまですね」

(警部補は意外とロマンチストで優しい人なのかもしれないな)


「死んじまったがな」

「そうなんですね、申し訳ありませんでした」

「おまえが謝る必要はねぇ」

「はい」


「謝るなら交通課の奴らだ」

「は?」


 後で調べたところ、沈丁花の花言葉は


永遠

不死

不滅


 竹村警部補の奥さまは無鉄砲な夫を心底心配されていたに違いなかった。


「で、おまえはなんで前科者になったんだ」

「前科ではありません」

「似たようなもんだ、女、泣かせたんだろう」

「泣きたかったのは私です」

「ったく情けねぇなぁ」


 前言撤回。プライベートな問題を土足で踏み荒らす竹村誠警部補とのコンビネーションは早々に解消すべきだ。


(精神的に耐えられない!)


 助手席で奥歯に爪楊枝を刺すその姿を眺めながら、私は署長にその旨を伝えようと心に決めて車のハンドルを握った。



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