この3本の中段突きで、龍田の顔の緊張が解けた。突きによってハラを意識でき、気持ちを落ち着けるのに効果的だったようだ。この点は伊達の思惑通りになった。
同時にこのパフォーマンスは黒田たちにさらに衝撃を与えた。これまでの組手や試割で十分な力を見せていたメンバーが突いても倒れなかった龍田を見て、ほとんどが喧嘩する気持ちを失っていた。黒田自身も本当はその気持ちが大きくなっているが、最後のプライドでかろうじて格好をつけている。それは龍田が中段突きに耐えている様子を見ている顔色から想像できる。
そのような様子を尻目に、龍田は試割に臨んだ。飛び足刀蹴りだ。空中での蹴りのため、身体の支持が難しいし、当たる瞬間のパワーの集中がうまくいかなければ、ブロックを足で押すだけになってしまう。
飛び足刀蹴りの試割では、高く飛ぶために助走することがあるが、実際の戦いではそういうよけいな動作は命取りになる。だからここでは助走なしで上段の飛び足刀蹴りを行なう。
龍田はブロックをしっかり見据え、呼吸を合わせた。気持ちが集中したかと思った瞬間、龍田の身体が宙に浮いた。蹴り足がきれいに伸び、反対の足もきちんと引きつけられた。その瞬間を写真におさめれば教科書としても使えるほどの形だ。そして蹴り足がブロックに触れた瞬間、これもきれいに割れた。難易度の高い飛び足刀蹴りが見事に極ったのだ。
これまでで最大の拍手になった。
黒田たちの中からも拍手が起こった。ここに至っては、喧嘩相手といった感情よりも、素直にうまく割れたことに感動した結果のことだった。
だが、黒田としてはそれでは困る。すぐに大声で言った。
「お前ら! 何で龍田に拍手するんだ」
黒田の最後のあがきだった。この時点で黒田以外は喧嘩する気持ちがまったくなくなっていた。やっても結果が見えているものに、あえて挑むだけの根性はなかった。そして黒田自身、声を荒げてはみたものの、戦意は失っている。
その様子は伊達たちにも分かった。だが、黒田の最後の意地を壊さないとおさまらないだろうと思われた。