ダンジョンへと転送する青い扉の先は、さすがにぎゅうぎゅう詰めになってしまっていた。美歌と瑠那、有門の3人に加えて数ヶ月前には敵対していたはずの直人とすず、新しく月守も加入し総勢6人のパーティーだ。
ギルドとしては少人数だが、1パーティーとしては多い部類に入るだろう。さらに剣やら杖やら各々の得物や装備を合わせれば、小さな部屋は満杯状態になってしまう。
「しかし、大した演説だったね。カリスマ性があるというか。あれだけ人を惹き付けられるなら、君がリーダーになった方がよかったんじゃないか?」
どこまで本気で思っているのか非常にわかりづらい、ともすれば皮肉にも聞こえそうな口調で問うた月守に対して、「いいえ」と短く答えると、瑠那はピンク色の杖で床を叩いた。
「これでもトップアイドルだから、どうやって注目を集められるかは研究し尽くしてきたわ。だけど、誰かをまとめたり、交渉するのは苦手なの。それにこの世界では自由に振る舞いたいしね」
「おいおい、言ってることは自分勝手だぞ。まあ、それを可愛く見せるのもアイドルのスキルの一つということか」
「そうじゃない」
「……ん?」
躊躇うようなその口振りに美歌はそっと瑠那の顔を盗み見た。瑠那が前髪を掻き分ける仕草をするときは、何かを迷っているそのときだ。
「アイドルみんながおんなじじゃない。私はこうだけど、美歌ちゃんだってすずちゃんだって個性と魅力はそれぞれ違う。穂坂渚はそう意味では、私たちと全然違った。クールというか謎というか……。そこに強く惹かれるファンもきっといたんじゃないかと思うんだけどね」
アイドルはみんな違う。それは当たり前のことだった。違うからこそいろんな音が奏でられるし、大きな魅力ともなりうる。それならなぜ、穂坂渚というアイドルは退学までしてアイドルをやめなければいけなかったのか。続けられなかったのか。
握手会での暴言が美歌の頭を掠めた。
「……渚は、絶対にアイドルになるって決めてたんです。子どもの頃からずっとそれを目標に努力してきて、やっと、やっとアイドルになれたのに」
すずの執念とも言える熱が車椅子を通して美歌の体に伝わってくる。後ろを振り向かずとも、どんな表情をしているか美歌は思い浮かべることができた。
「私──もう一度だけ向き合いたい。渚に何があったのか、何を思っているのか、やっぱりまだなにもわからないから」
「ふふ。青春っていうやつかい? いいじゃないか。それじゃ、赤い糸の先に何があるのか、確かめるとしよう」
月守がにやっと微笑むと同時にダンジョンへの転送が開始された。
6人を囲むブルーの壁を構成する分子一つ一つが別の分子構造へと置き換わっていく。単調なその部屋が広大な街並みへと変わるまで、美歌は瞬きをしないと決めていた。狭い部屋だからこそ感じられた熱意と決意が、目を閉じることでもしかしたら変わってしまうかもしれないと思ったから。
*
太陽光の眩しさに目がくらむ。真ん中の川を中心に、正確に区画整理されたエーレンフェスト市街地は今日も快晴だった。季節は現実の世界とリンクしているのか、薄氷が張っていた一月前と違い、陽気が人のいない街中を思う存分に照らしていた。そこには、絵に描いたようなヨーロッパの街並みが広がっていた。
「
しかし、ここは戦場だ。待ち構えていたように飛び掛かってきた狼の鋭い牙からメンバーを守るために、瑠那が目の前に滝のような水流を出現させた。続いて前衛3人が各々の得物を手に躍り出る。
「おい! 何体いるんだこいつら!!」
「ざっと見積もっても30以上は」
「あらら、群れにしてもちょっと多すぎるんじゃない?」
口々に文句を垂れながらも体はすでに戦闘モードに入っていた。瑠那の水の流れに呼応するように、舞い、踊り、剣をさばく。一連のモーションが繋ぎ合わさり、色鮮やかな睡蓮の花が発動した。
『
横殴りの雨が四足の
「……すごい……」
時間にしてまだ一分にも達していなかった。バトルが始まったことに気づいた美歌がギターを構えて曲をセレクトするその途中で、戦いの音は止んでしまった。あまりにも速く、あまりにも華麗な舞曲を前にして、何もできなかったという無力感よりも感嘆の息が漏れ出る。
「……これなら、ピアノがなくても勝てるんじゃ──」
「そう甘くはないみたいだぜ、美歌」
淡い幻想はすぐに掻き消される。音がいつかは途切れるように。瑠那が発現した青色の魔法が解けた先には、赤い糸に結ばれたモンスターの群れが屋根を道を橋を、見渡す限りの人工物を埋め尽くしていた。
狼だけではない。中には美歌と瑠那と有門の3人がかりでようやっと倒せたイエティの姿や半身が灼熱に燃え、もう半身が凍りついている異形の姿もあった。
それら全てが、例の「操り人形」の如くに不自然に美歌たちに敵意の目を向けている。
「これは厄介ね」
黄金色に輝く長髪が風になびいた。