「くらえ!!」
一度は交わった二つの剣が、タイミングを合わせて太い首へ刃を払う。体を刃を、交差させると、イエティの首から上が、澄んだ青空に向かって跳ね上がった。
『
交差する直前。黒と薄茶色の瞳が交わり、互いの心の内を了承。即座に刀を切り返して、次の動きへと転じた。一目では掌握することのできないモンスターの数だ。ほんの一瞬でも判断に迷えば、大木のような巨腕に打ち付けられて瞬殺されてしまう。
直人は左から、有門は右から勢いに任せて剣を振るい、払い、突き、体に刻み込んだ技を発動させていく。
『秘技・折鶴』『秘技・
加速。そして静止。一連の動作がモンスターの体へと軌跡を描く。紙切れのように散り、百千の雨が躍った。魔法にも決して劣らない華麗な剣捌きが、一体一体確実に石畳の地面へと沈めていく。
急に開けた視界から突き出た巨木を弾くと、直人は宙返りをして着地する。立ち上がると同時に背中に岩盤のような筋肉が当たった。
「おいおい、前衛に立つには細すぎるんじゃねぇのか?」
「そっちこそ。イエティみたいな筋肉で、動きが鈍くなってるんじゃないのか?」
癖なのだろう、すぐ近くで舌打ちが鳴らされる。だが、妙なことに今の直人にはその音が決して嫌味には聞こえなかった。
「何体だ?」
「なに?」
「何体倒したんだって聞いてるんだよ」
「……さあな。斬った敵の数なんて覚えてない」
「おまっ、いちいち癇に障る言い方しやがって! まあ、いい。それどころじゃねぇしな」
「──ああ、また囲まれている」
見渡す限りぐるりとモンスターの壁に囲まれていた。最後尾が全く見えないほどの何重もの壁だ。前列にイエティをその後ろには狼が配置され、じりじりと間合いを詰めてくる。
「おい、モンスターってのはこんなに統率されたものか? それともやっぱり糸で操られて」
「…………」
何十匹もの狼が唄うように同時に遠吠えしたことから、糸で操られている仮説は却下された。あの糸はあくまでも運搬用であり、操り人形のように意のままに対象を操れるわけではないらしい。そうであるのなら、モンスターが自身で行動を抑制しているのか、あるいはモンスターを操る別のプレイヤーがいるのか。
「考えている暇はねぇぞ! お前、飛び道具は!?」
「そんなものはない」
「ないってお前!」
「一人だったから必要なかった。ただ目の前の敵を倒せればそれでよかったからな。ごちゃごちゃ考えるのがめんどくさかったんだ……」
直人は軽く目を瞑った。不幸そうなその眉にさらに皺が寄る。
「この状況で後悔すんじゃねーよ! 仕方ねぇ、とりあえず『
「……わかった」
「ったく、やっぱり似てるよ。お前と美歌は」
「何が?」、と問う前に有門は魔法を唱えた。体が風のように軽くなる。
「行くぞ!」
「了解」
魔法によって通常の2倍近く動きが速くなったとしても、この群れから逃れるのは至難の技だった。美歌の音楽魔法や瑠那の精霊魔法のように広範囲の攻撃手段を持っていない二人には、元から全ての敵を相手にする選択肢はなかった。
それよりも一角を切り崩して群れから抜け、高威力スキル持ちの二人に殲滅させる方が生き残る確率も勝率も高い。
「
「……飛び道具、か」
ダンジョンに入る前に購入した初級魔法で、
雷の威力は瑠那のものには遠く及ばず、イエティに致命傷を与えることなどできない。だが、雷が頭から爪先を抜ける短い時間、本当に僅かな一瞬の時間であればイエティの身体を鈍くさせるほどの効果はある。そして、その一瞬の時間さえあれば、今の二人には十分切り抜けられる余裕があった。
「今だ、抜けるぞ!」
有門の背中を追うように白い巨獣の身体をくぐり抜けると、散らされた狼の先に現れたのは一筋の光明にも思える突破口。
視線は前方に置いたまま、両側から押し寄せてくる十数の狼を一刀の元に切り捨てたところで、直人は出口に立った。
突然に訪れた熱気と荒々しいギターの音色に振り返る。と、美歌の音がタイミングよくドラゴンの炎を吐き出させた。いや、タイミングを見計らって演奏したのか。
激しい燃焼運動を続ける火球が真上から降ってきた。目と鼻のまさに切っ先に落ちたそれは辺りに火の粉を撒き散らす。息が苦しくなるほどの熱のエネルギーは、まるで太陽が落ちてきたのかと錯覚するほど。
演奏はまだ終わることがなく、何度も何度も叩きつけるように同じフレーズを叫んだ。美歌の音に合わせるようにドラゴンが吐き続ける焔は、溢れ出し、石畳を赤い絨毯に染め、獣の吠声を
全てを呑み込み行き場のなくなった炎はやがて中心へと集まり、天すら突き破ろうとするかのように火柱をぶち上げた。
ギターが掻き鳴らされる。無音の音が市街地全域を包み込む。頬に何かが当たり、顔を上げた直人の切れ長の瞳には大粒の雨が降ってくるのが見えた。
歩き始めた先からざあ、と雨の音が演奏を始める。歓喜の歌か、悲哀の歌かは判別することができないが。
「なんつー威力だよ! 天候すら変えやがった!」
「一部分だけどな」
口をポカンと開けたまま硬直している有門の後ろに広がる煉瓦の家々は晴れていた。
同じように月守が進撃している反対側の街並みも、真ん中の川に陣取る美歌の頭上も晴れ渡っている。
おかしいのは、有門と直人の、そしてつい今さっきまでモンスターが密集していたはずの場所だけだ。雨で鎮火された石畳にはくっきりと焦げ跡が残っていた。いや、焦げ跡
「どっちにしても、これで終わりだな。あとは反対側に加勢して──」
直人は突然有門の前に立つと、刀を大きく振るった。
「おまっ、あぶねぇ、急になんだよ!!」
抗議しようと腕を伸ばした有門の肩を鋭利な何かが掠めていく。
「痛っつ……! 今のは」
「小刀だ。この剣筋は見覚えがある」
有門はボリボリと頭を掻きながら強く舌打ちをした。
「俺も知ってるよ。あのうるさい二人組だろ?」