赤く大きな柱の横で次元が開く。迅と白狐兎は、土埃が舞う審判の間に降り立った。あたりは下界から長く連なっている霊魂の行列でざわついていた。奥の方では、閻魔様と大嶽丸が槍と斧で戦いが始まっている。取り囲むたくさんの赤鬼と青鬼たちはあわてふためき右往左往していた。行列を作っていた霊魂たちもどうすればいいか困惑して、審判の間はひっちゃかめっちゃかだ。
「これ、どういうことよ。あっちの方、何だか騒がしそうだな」
「風狐は一体どこまで連れていかれたんだ?」
迅は行ったり来たりしている鬼たちを様子伺いしていたが、霊魂たちの行列にならんで怪しまれないようにごまかしていた。生きている人間だとわかると、鬼に食われてしまう。見つからないように気配を消す術を使った。そこに並んでいたおじいさんの霊魂が近づいてきた。
「迅? 迅なのか?」
迅は、そっと近づく霊魂に警戒して危なく除霊しそうになった。
「ちょ、ちょっと待って。もしかして、
「いやぁ、審判の間に来る前花畑でさ、可愛いねえちゃんに会って、ずっと話してたら、このありさまよ。この世界では時間感覚ゼロだからなぁ。ほほほ」
「すけべじじいだな。早く天国行けよ」
「口が悪いな」
あきれた迅に急に態度を変える茂は、迅の顔をまじまじに睨みつける。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私が悪うございました」
「だろう? 年上にはきちんと敬うべきだぞ、迅。せっかく、いいこと教えてあげようと思ったのによぉ」
「いいこと? まさか、新しい術とか教えてくれるんのか?」
「まさか。教えるわけなかろう。可愛いねえちゃんの名前は、フミさんじゃ」
「ちょっと、待て。それ、おっぴばぁの名前だろ。なんで、同じ名前の人にひょいひょいついていくんだよ」
「は? そうだったっけか。そんなの忘れたわい」
すると、白狐兎がせかすように迅の服の裾をくいっと引っ張った。ここでまたコミュ障の症状が発生する。知らない人とわかると、冷や汗をかく白狐兎だ。
「あー、分かったって。今行く。じいちゃん、俺。こっちの世界に来たやつ助けないといけないからさ!」
「え? なんだって。もしかして、狐の面かぶったねぇちゃんか? 可愛かったけども」
「え、じいちゃん。風狐のこと見たのか?」
「おっきな鬼に抱えられて、奥の方に入っていくのは見たさ。その子がどうしたっていうんだ」
白狐兎は急に茂のそばのギリギリまで近づき、どこに行ったか聞き出そうとした。興味あることには積極的になる。
「おい、じいさん。それはどっちに行けばいいんだ」
「なんだ、この狐男は。どっちってあっちだ」
大きな赤い柱が何本も続く通路の奥の方を指さした。
「じいちゃん、あっちだな。よし、白狐兎! 行くぞ」
「呼ばれなくても行くつもりだ」
迅と白狐兎は巡回する鬼たちにつかまらないように、恐る恐る近づいた。霊魂の行列に紛れて、追い越して、紛れて追い越しての繰り返しに素早く動いた。遠くから茂は手を振って別れを告げた。大きな声を出した瞬間、巡回していた青鬼に声をかけられた。
「おい、お前、何をしている」
「え、あ、いやあ、えっとなぁ。ストレッチじゃよ。ほれ、年寄は運動しないとなぁ。長生きできんから」
「ここ、天国と地獄の審判の間だけどなぁ。お前、もう死んでるだろ」
「あ、そうじゃった、そうじゃった。ハハハハ……」
「おとなしく列に戻れ!」
「はいはい。わかりましたよぉ」
茂は元々並んでいた列に静かに戻ると、仲良くしていたフミさんと談笑して心落ち着かせた。
(無事でいてくれよ、迅)
地獄の大変さは元陰陽師の茂でもよく知っていた。生半可な気持ちでは、進めない。よっぽどのことのない限り、地獄の世界にはいかないからだ。奥の奥まで行ったら最期、元の世界に戻れなくなる。そのことを迅も白狐兎も知らなかった。
風狐の居場所を突き止めた2人は鬼につかまらないように忍者のように慎重に奥の審判の間へと足を進めていた。