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第70話 少女の誘拐 肆

 公園の時計の針が午前0時にさすと、てっぺんに満月が雲の間がさしこんだ。その光を浴びた白狐兎は、体全体が狐の姿だったが、徐々に元の人間の姿に変えて、頭にはしっかり狐の仮面をつけていた。横で息を荒くて、倒れていた迅は、元に戻った白狐兎の姿に心底安心した。


「良かったぁ。マジで良かった……。本当に狐になるかと思った」

「いや、迅、こいつは元々狐だ」

「……いや、人間だろ?」

「……お前に言ったわしが悪かった」

「え? 違うの?」

「……もういい」


 嘉将は説明しても理解しないだろうと感じたため、呆れて、神社の中の方へ入って行った。乱れた着物を整えて、正座し、深呼吸する。迅は、体を起こして、背伸びをした。白狐兎はまだ目を覚まさない。嘉将は、神棚におさめていたお札を取り出した。


「迅、地獄むこうの世界に行くんだろ?」

「あ、ああ。お前にはまだその手を見れば分かるだろうが、体半分鬼の力に支配されている。気を抜いたら、もうこっちの世界に戻って来ることは不可能だ。気をつけろ」


 嘉将は神棚にあげていた瑠璃を取り出して、迅に渡した。手のひらにちょこんと乗るサイズの瑠璃は光にあたるとキラキラしていた。


「これ、何よ」

「厄除けのお守りだ。鬼に全部取り込まれないように持っておけ。無いよりマシだろ」

「……おう。持っておこう。そういうものは役に立ちそうだ」


 迅は渡された瑠璃は、深く吸い込まれるような青色をしていた。2本の指でつかむと、月の光を当てるとキラキラしていた。


「無くすんじゃないぞ」

「分かってる!」


 迅は、ぎゅっと握って、ポケットに瑠璃を入れた。力が強くなった気がした。正気に戻った白狐兎は、首を獣のようにぶんぶん振ったかと思うと、迅に顔を向けて話し出す。


「何してんだ?」

「……人間に戻って第一声がそれ?」

「何のことだ?」

「……もういいよ!! 行くぞ」

「言われなくても行くって」


 迅は、手招きして、白狐兎を引き寄せた。嘉将が術を唱えて、地獄への扉である次元を開いた。空中に丸く虹色の異次元が目の前に現れた。


「重々、気をつけるように!」


 嘉将は怖い顔をして叫んだ。迅は言われなくても平気というような顔をして、手をひらひらさせた。白狐兎と一緒にジャンプして、中へと吸い込まれていく。


「風狐! 無事でいてくれ」


 白狐兎は正気に戻って、今すべきことは何かを思い出した。神社の魔力で本来の姿である狐になってしまい、何をするのかさえも忘れていたが、やっと人間に戻り、風狐が大嶽丸に連れていかれる姿を思い出した。迅はその言葉にほっとしていた。


「人間の力に戻ってよかったな」

「何の話だ」


 白狐兎は自分が狐ではないと思い込んでいるため、拍子抜けした顔をした。人間の姿に慣れすぎて、狐に化けていることを忘れている。


「そうだよな。狐じゃないもんな」

「…………」


 白狐兎は、訳の分からないことを言ってるのかと不思議そうな顔をして、長く続く異次元トンネルを飛んだ。迅は、白狐兎が人間であってほしいという思いが強い。除霊したくないからだろう。


◇◇◇


 風狐が大嶽丸に連れていかれてから地獄では、滅多に来ない元気な下界の魂にたくさんの鬼たちが喜んでいた。赤鬼や青鬼たちが見守る中、閻魔様が下界の人間の魂の審判で忙しくしていた。大嶽丸は風狐の体を脇に抱えて、横を通り過ぎようとした。泣き叫んでも効果はない。身動きが取れなかった。


「おい。大嶽丸、その娘をどこへ連れていくつもりだぁ?」

 地面が震えあがるような低い声で閻魔様は言う。


「ああ? これは俺の獲物だ。閻魔様には関係ないですね」

「よく見ると、その娘まだ生きてるじゃないか。そんな新鮮な娘をお前はどうしようというのだ」

「食べようが、煮ようが、俺の勝手だろう。好きにさせてくれ」


 大嶽丸は気にせず風狐を連れて立ち去ろうとすると、王座に座っていた閻魔様が大きな体を動かして、飛んで行く手を阻んだ。


「掟を破るつもりか」

「掟? 掟は俺が決める。そこをどけてくれ」

「地獄の関門。審判は私が決める。鬼のお前でも容赦しない!」


 閻魔様は赤い手のひらを大嶽丸に向けて、強い風を吹かせた。体格のいい大嶽丸でさえも立っていられないほどの強さで吹き飛ばされた。脇に抱えられていた風狐は、壁に体を強くぶつけてしばらく床でうずくまっていた。周りに取り囲んでいた鬼たちがざわつき始める。


「閻魔様を怒らせると怖いよな」

「逃げないと俺らの命も危ういな」


 赤鬼と青鬼たちはあっちやそっちに恐怖のあまりに逃げ惑う。審判の間は、パニック状態だ。行列をなしていた下界から来た霊魂たちもとまどっている。


「いたたた……」

 風狐は腰をおさえながら、体を起こした。地面は混乱した鬼たちがあばれまわっていたため、地震のように揺れていた。閻魔様と大嶽丸の戦いが始まろうとしている。こちらを気にしていないうちに逃げることにした。壁に打ち付けた体をかばいながら、ゆっくり出口を探そうと端の方を歩いた。


 ちらちらと物珍しそうに見つめる子どもの赤鬼が指をくわえて風狐を見ていた。


「お前、美味しそうだなぁ」

「……私なんて食べても美味しくないわよ」

「人間じゃないのかぁ?」

「んー、元々は狐だからなぁ」

「き、狐?! なんだって」

「え?」


 小さな子どもの赤鬼は、狐の言葉を聞くと一目散に逃げて行った。


「そんなに狐が怖いのかしら……」


 風狐は、首をかしげながら、下界に続く階段を探し歩いた。未だに少し離れたところで閻魔様と大嶽丸の睨み合い戦いが続いていた。

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