―――警視庁の詛呪対策本部
パーテーションで区切られたオフィスフロアは、机やいすがあっちやこっちに散らかっていた。通常通りの仕事ができていない。大春日舞子が入れたばかりのコーヒーが入ったマグカップは熱々のまま、床に飛び散っている。これからお弁当を広げようとした料理男子の手作り弁当の大津智司は、プラスチックの入れ物がひっくり返っているのをただ茫然と立ち尽くす。デスクに座っていた九十九響子部長は、固定電話に手を伸ばしたまま、動くことができない。それはなぜか。パソコン画面から伸びるつたの葉が、伸びに伸びて、腕に巻き付いている。これは、デジタルモンスターポリゴンの芭蕉精が、つたの葉をパソコン画面から伸ばしている。大津智司の式神のハシビロコウで除霊をしていたが、失敗して、画面の外にまで出てきた。
人々の個人情報を抜き取って、各通販会社の邪魔をする芭蕉精をとめに入ったが、大津智司がうまく技を使いこなすことができず、防ぎきることができなかった。
陰陽師になって日が浅いこともあり、霊力も微弱。霊感もないに等しい。大春日舞子がフォローしようと、式神のプードル犬で対応しようとしたが、飼い主の言うことを聞かず、パソコン画面の骨に夢中になり、むさぼり食べていた。
九十九部長は、身動きできずにパソコンから出てきた芭蕉精にとどめをさされそうになる。遠くから強い妖力に気づいた迅よりも先に、白狐兎が、窓ガラスを割って、入ってきた。散らかった部屋がさらに散らかっていく。バラバラとガラス片が落ちていく。
顔を目の前に札を2本の指でつかむ。
『改・かまいたち!』
念力で、部屋の中に強力な風を引き起こした。白狐兎の腕がカッターのようなもので切れそうなくらいの強さだ。九十九部長に巻き付けられていたつたの葉が徐々にはがされていく。ポリゴンの芭蕉精が天井にジャンプして、休憩すると、ドアを勢いよく開けて、迅が息を荒くして、入ってきた。
「俺の出番だな。任せろ!」
「土御門!!」
「迅さん!」
「迅!」
術を唱えようとすると、身軽にジャンプする芭蕉精が迅の後ろに逃げていく。みな、もう技を繰り出す余裕はないと声をかけるが、手遅れだった。迅が開けたドアの方にあっという間に逃げ出していった。
「ち、ちくしょ、俺の出番なし!? 待て、この野郎~」
札をポケットにしまって、芭蕉精を追いかけるのに必死だった。技を出す余裕もない。逃げ出して、何をされるかわからない。ピコンピコンと機械音を鳴らして、移動する。迅は、本気で走り込み、オフィス内の廊下を追いかける。
「リアルな妖怪じゃなくても、手強いんだな」
「そうですね。今回のは俺でも無理でした」
「強烈ね。なんであんな強いものが……」
「…………」
九十九部長は、大津と大春日に状況を確認すると、白狐兎は、急にだんまりになり、足元に落ちていたニュートンのゆりかごをじっと見つめていた。2個目に購入していたのは二重丸にデザインされたものだった。
「白狐兎!! そんなの見てないで、土御門を追いかけなさい!!」
白狐兎は、逃げるように迅の後を追いかける。
九十九部長はハッと今しなければならないことを思い出す。
この部屋の散らかった状態をすぐに修復してもらわなければと業者を呼んだ。手慣れたようで、修理業者の電話番号を覚えてしまっていた。
「土御門のおかげね。電話番号をしっかり覚えられたわ……ちょっと待って。今回は白狐兎だったわ」
九十九部長は、ため息をついて、あきれる。大津と大春日は足元に落ちている割れたガラスを慎重に拾って集めていた。