目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第74話 審判の間 肆

 大嶽丸に捕まった風狐は短剣を頬に突き付けられていた。体もがっちりおさえつけられている。白狐兎は、赤く光る目を大きく開き、霊力により、体が徐々に大きくなる。1本だった尾がだんだんと増え始め、全部で9本の尾がくねくねと動き始めた。九尾の狐へと変貌をする。鋭い牙を見せ、もう人間の姿をしていなかった。周りの空気が一気に変わる。


 十二天将を召喚していた迅は、一歩後退して、札を取り出し、さらに念誦を唱えて、白狐兎の攻撃力を倍増させようと後ろから霊力を送り込んだ。十二天将の1人、朱雀が九尾の狐になった白狐兎の後方に飛び立った。翼をバサバサと動かして、体から放つ炎を白狐兎の体にまとわりつけた。攻撃力が上がった白狐兎は、大嶽丸に牙を光らせて立ち向かっていく。


 大嶽丸はあまりにも強い霊力に足ががくがく震えて、持っていた短剣を落とした。


「お、覚えておけよ~~!!」


 腰を抜かした大嶽丸は攻撃をかわして一目散に逃げて行った。周りにいた赤鬼、青鬼も怖がって逃げていく。鬼たちにとって九尾の狐は天敵のようだ。近くにいるだけでも虫唾が走る。

 あっけにとられた迅は、ほっと胸をなでおろしたが、獣化した白狐兎は手に負えないくらいの凶暴になっていた。そばにある壁を無我夢中に破壊していた。迅がとめようとするが、力が強すぎてどうにもならない。

 風狐は立ちはばかり、両手を広げて、すぐに白狐兎の体にしがみついた。呼吸が徐々に整っていく。


「白狐兎! 私は無事よ。元に戻って! お願い」


 風狐の声に反応して、だんだんと体が小さくなっていく。霊力が小さくなって、元の姿に戻ると、ふっと風狐によりかかった。


「……心配させるんじゃねぇよ……風狐」


 その一言を言うと、白狐兎はパタリと地面にうつ伏せで倒れていった。あまりにも強い霊力を使いすぎて、立ってるのも難しかった。風狐はすぐに覚えたての回復の術を唱えた。力の使い過ぎで傷ついた体がゆっくりと癒えていく。


「白狐兎は、風狐ちゃんが大事なんだな、熱い熱い!」

「……いや、その、そんなことはないですよ、たぶん」


 風狐の膝の上で安心しきった白狐兎の顔を見て、2人は安堵した。


 すると、目の前に広がった異次元空間が少しずつ小さくなっているのが見えた。


「やばい! もう少しで消えてしまう。早く戻らないと。行けるか?」

「……大丈夫、連れてくから」


 風狐は、白狐兎の腕を肩に乗せて、体を起こした。3人は、ようやく、元の世界へと戻ることができた。ひょいっとジャンプしたその先は、清明神社の儀式の間にたどり着く。祭壇の前で嘉将が祈りをささげていた。


「誰かと思ったら、お前たちか」

「……やっと終わったよ」


 床に膝をついて座った迅は、ほっと一安心していると、異次元空間の丸い窓から酒吞童子の手が伸びてきた。嫌な空気を感じ取った嘉将は、すぐに札を出して術を唱える。


急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!』


床に描かれた青白く光る魔法陣に赤く燃え上がる炎が舞い上がると、熱さを感じた酒吞童子の手はしゅっと元に戻っていく。


「次会ったときには命はないぞ!!!」


 迅をひっぱりだそうとした酒吞童子は赤く瞳を光らせていた。丸い異次元窓は一瞬にして消えていく。


「今のは何だったの?! 怖い」

「風狐、大丈夫か?」

「え、まぁ。私は平気」

「酒吞童子は俺を狙っているんだ。昔から。陰陽師の力を奪おうといつも追いかけてくる。逃げられない」

「わしの術で追い払えるのもいつまでできるかだな」

 不安げな表情で酒吞童子が立ち去った方角を見つめた。床が見えるだけだ。


「じいちゃん、もうあっちの世界に行くのはこりごりだわ」

「……まぁ、行かない方がいいわな」

「風狐が助かったので、もういいんだ」

「あ、確かに。目的は果たせたからいいな。さてと、風呂入って寝ようかな。泊っててもいいだろ。じいちゃん」

「……そんな悠長にしてもられないみたいだぞ」


 嘉将は、迅が置いていったスマホを手渡すと、これでもかというくらいの九十九部長の着信とメッセージ通知がたまりにたまっていた。


「あ、げ。うわ。マジかよ。仕事依頼殺到してたみたいだ。給料減給ってマジかよ。じいちゃん、俺ら、何日間あっちの世界いたわけ?」

「おそらく1週間だろうなぁ」

「……九十九部長……」


 白狐兎は誰だっけと天を見上げて思い出す。迅は後頭部をバシッとたたいて、気合を入れた。


「お前の上司だよ!! 行くぞ。うかうかしてられないわ」


 迅は、体を起こして、行きたくもない職場へと足を運んだ。今までにない俊敏さに嘉将は目を見開いて驚いていた。


「迅があそこまで仕事熱心だとは思わなかったな」

「じいちゃん、俺、今行かないと仕事クビになるんだわ!」

「は? 公務員にクビはないだろ」

「……九十九部長のはったりか!? ちくしょーーー」



 半泣き状態の迅は、頭に疑問符を浮かべる白狐兎とともに式神カラスの足に捕まって、警視庁の詛呪対策本部に向かった。風狐は手を振って見送った。


 それでも夕日は綺麗に輝いていた。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?