『こちらノーザンファイヴ。タイプビーストには命中せず。継続攻撃を』
「
(低速でいいから移動を続けろ。アメーバの魔力弾を避けるにも、静止状態からじゃ下に落ちる以外ないが……一度
重い翼は加速には時間がかかるが、それでも速度ゼロからの加速よりはいい。
飛行体としては、本来なら加速するには重力と空力を存分に使う「斜め下への滑空」が一番いいのだが、ヘルブレイズは空力的には極めて怪しい形状をしており、急に斜めにダイブしようとしてもさほど横軸の移動量が稼げない。
先読みで低空を狙われた場合、かわしきれないだろう。
確実に次もかわすには、自発的に加速するしかない。
とはいえ。
(移動すると狙いの修正が面倒なんじゃが。……クソッ、アメーバを黙らせられれば話は早いんじゃがな……!)
(いや、悪いネタばかりでもないぞ。……ビーストの方も、こっちが先決だと理解したみたいだ)
空からの砲撃。一方的な、致命的な殺意。
目の前の小さな人間たちより、こちらの方が危険度が高い。タイプビーストはさすがに理解したようだ。
頭をヘルブレイズの方に向け直している。
(おあつらえ向きの二対一の構図だ。ひとまず、慌てる段階は過ぎたと見ていい)
(じゃあ、あとは最悪、格闘戦って了見でもええんじゃな?)
(あんまり間を開けてると気がそれちまうかもしれないけどな。それは残弾撃ち切った後だ。それに……っっ!! リューガ、全速だ!)
(来たか!)
大きく羽ばたき、加速する。
タイプアメーバの魔力弾攻撃が再び飛んできた。
瘴気の霧を照らしながら飛ぶ発光弾は、弾体の大きさが読みづらい。大きくかわさざるを得ない。
通過。
思った通り、低めを狙ってきた。落下回避を狙ったら食らっていたかもしれない。
(連射はない! 今だ、ビーストを!)
「ぬおおおおおっ……!!」
高度、距離、仰角、移動速度、風力、予測魔力抵抗、もろもろ。
ルティが一応という感じで組んだ狙撃システムは、参照パラメータも少なく、大雑把なガイドにしかならない。
そんな中で、今までの射撃実績から最後に狙いを決めるのはリューガ自身だ。
時間をかければまたアメーバの対空魔力弾が飛ぶ。ビーストも対空攻撃手段がないとは誰も保証できない。
いや、魔力弾は
モタモタしていれば撃たれる。決めたい。
プログラムの予想着弾点から、勘に従ってリューガは狙いをずらし、発射。
ガァンッ!!
「ぐぅっ……!! どうじゃっ!!」
『命中だ! だがまだ生きている、もう一発だ』
回避したものの間に合っていなかったか、右半身を大きくえぐられたタイプビーストが、舞い飛ぶ塵の向こうに垣間見える。
勘による補正がうまくいっていた。ずらさなければまた至近弾止まりだ。
「残弾あと何発なんじゃっ! 残弾表示なんで付けとらんのじゃルティ!!」
『あと4発よー。リューちゃん、兵士なら手の感覚で勝手にカウントできるようになんなさいよねー』
「兵士になった覚えはねえっつーんじゃい!」
慣れた兵士なら、銃を撃つときに「腕に返った反動の回数」を自然と数えるという。
だが、ヒューガは軍隊の至近で育ちはしたものの、訓練を受けた覚えはない。
ルティがサンプルとして入手する
(あと4発じゃぞ! 今度こそ数えよ!)
(わかってるよ! 装填遅れてるぞ!)
リューガは次弾装填操作を素早く行い、狙撃方向をアメーバに向ける。
アメーバは遠い。こちらが手を出さずにいると、もはや自分は標的ではないと考えて、あちらでも逃走中のハンターたちに向かうかもしれない。
それを防ぐためにも、攻撃しないわけにいかない。
「これで……決まれっっ!!」
ガァンッッ!!
衝撃がコクピットを揺らす。
度重なる激烈な衝撃に、リューガ自身よりも先に内部機器が音を上げ始めた。電気回路が火花を散らし、いくつかのモニターが接触不良の明滅を始める。
コクピット内にラバーやシリコンの焼ける嫌な匂いが立ち込める。
(敵にやられるより先に電気火災で焼かれるってのは勘弁だな……!)
(この程度の火では死なんじゃろ、我は)
(丸焼きになるまで座りっぱなしでいる意味ないだろ!?)
幸い操作系はまだ生きている。
それを確かめるためにリューガは軽く機体を一回転させ、タイプビーストを狙う。
「今度こそ、死ねぇっ!!」
ガァンッッ!!
『命中せずだ、ヘルブレイズ。慎重に撃て』
「こちとらモニタ三枚バチバチ言っとるんじゃぞ!? ルティ! メインモニタが死にかけとるから表示を左モニタに寄せられんか!!」
『やってみるわー。参ったわねー……課題ねー、コクピットの耐衝撃性強化は』
(残り2! ……待て、魔力弾だ! ビーストから!)
「小癪なっ……」
正面映像を左に移し、そちらを向いたまま強引に操縦するリューガ。
タイプビーストが咆哮するように放った小粒の魔力弾を左腕で受け止め、弾く。
装甲が損傷するが、翼に当てられるよりはマシだ。
「ヘルスチェックモニタも死んどる! さすがにこれ以上落ちたらどうしようもないぞ!」
『まー、帰投だけならハッチ開けて歩かせればいけるかもねー』
「操縦系も怪しいもんじゃぞ!?」
言いながら装填操作。正常にできているかはもう、伝わる振動と音だけで判断するしかない。
そこに、新しい声が割り込む。
『こちら
「サークか……!!」
あの獣人族の頼もしい隊長の、応援到着宣言。
ヒューガのみならずリューガも、今のノーザンファイヴで一番腕のいいパイロットが彼であることは異論がない。
「こちらヘルブレイズ。あと一発だけタイプビーストに叩き込む! その先は任せる!」
(一発でタイプアメーバ倒せるか!?)
(二発撃てばいけるわけでもあるまい! あとは
その辺に転がっているはずの落とした腕と、
視界の利かない障域でモノ探しは、急いでやれるものではない。それに1000メートル以上の高度から落としたのだ。無事に動く可能性も高くない。
そんなことを考えているヒューガをよそに、リューガは再びタイプビーストを砲撃。
ガァンッッ!!
「ぐぬぅっ……!!」
(
真横を見ながら、正面方向の衝撃を受ける。絶対、首に良くない。
が、リューガは耐えきって、装填操作。
『タイプビースト、未だ撃破に至らず。……
『了解!! お前ら、焦るな! セオリー通りに動けよ!』
眼下では
(勝負を決めてから引き継ぎたかったな)
(欲張るでない。ジュリは助かっとるはずじゃ)
最初からそれが目標だった。それをようやく思い出すヒューガ。
(ククク、ようやく楽になった。……相手が一体なら、遠慮はいらん)
大砲を槍のように押し立て、まっすぐタイプアメーバを狙い……加速を開始するヘルブレイズ。
距離を詰める。中間点など気にせず、近距離に近寄って叩き込む。
最初からこれができていれば、話は早かったのだ。
「今度こそ仕留めるぞ泥饅頭めが!!」
魔力弾が飛んでくる。バレルロールで回避する。
もはや格闘も視野に入る距離まで寄ってから、砲撃。
ガァンッッ!!
無論、直撃。肉塊の如きタイプアメーバは爆裂したように飛び散る。
だが。
『タイプアメーバの放散魔力、まだ閾値以上を維持!』
「死なぬかっ! 邪魔臭い……!! がっ!!」
未だ残る不格好な肉色のスライムに、ヘルブレイズは突進。
塊を修復できなければ、魔力弾を形成できない。ならばもはや、敵ではない。
「ぬぅぁりゃあっ!!!」
「ええい、動きづらいことこの上ないっ……こうじゃ!!」
ガチャンッと、右腕ジョイントのロックを解除。
『あーあー……一応まだ使えるのにー……いや、もうタマ作ってくんないかー。一本きりの特注品だったしー』
リューガの暴れっぷりに苦笑交じりに呟くルティ。
内心「いいのかこれ」と思っていたヒューガだったが、まあいいか、と割り切る。
言った通り、グダグダの泥仕合に終わったが。
◇◇◇
『化け物、だな……』
『ああ……』
そのヘルブレイズのルール無用の暴力は、見ているだけだったノーザンファイヴの司令部からすれば、あまりにも強烈であった。
薄赤いオーラを漂わせた、竜貌の黒い巨人が、禍々しい翼と常識外の巨砲で戦場を制圧し、そしてその巨砲を使い切った途端、躊躇もなく鈍器として振り回す。
必死の通信を聞いていてさえ、カメラに映るその姿はあまりにも凶悪で、あまりにも異質で。
『……人類はまた、とんでもない物を生み出してしまったのかもしれん』
軍人たちは、繰り返される歴史を思い、震えた。
◇◇◇
「ヒューガ!!」
翌日。
教室に入ったヒューガに対し、クライスが興奮した顔で駆け寄ってきた。
「おー、おはようクライス。昨日ヤバかったな」
「っっ……うん、ヤバかった……ヤバかったんだけどさ! 見てたんだよね!?」
「一応……」
ヒューガは適当に話を合わせる。
実はヘルブレイズに乗り込んでからは配信はほとんど見ていない。障域に入るとヒューガの一般スマホでは電波が届かなくなってしまうのだ。
帰投したヘルブレイズの整備に忙しいルティに、どういう展開だったかを断片的に聞いたに過ぎない。
ただ、コメントが相当盛り上がっていたのは、後からのチェックでもよくわかった。
「途中で外せない用ができたんで、全部は見れてないんだけどな。なんか
「か、活躍なんてもんじゃないよ! あんなのS級ハンターでもできないって言われてるし……」
「みたいだな。……調子に乗ってなきゃいいけど」
「感想それ……?」
「いや、ジュリが体力オバケなのは元々知ってるし」
「はー……まあ、昔から知ってるとそんな感じなのかな」
クライスはヒューガの低調な物言いにややガッカリした顔をするが、すぐにテンションをまた上げる。
「で、でもヒューガのアドバイスすごく役に立ったよ! 討伐証明だけの撮影だと絶対、あんなに早く救助の
「元々、空間魔力のリアルタイム計測が作動してると、異常値はすぐに司令部に行くことになってるんだよ。その辺ちゃんとオンラインヘルプとかに載ってんだけどなー……」
「そ、そうなんだ。……でも、おかげで助かったよ。さすがに僕たちもあれ以上やったら誰か死んでたと思うし」
「ホントにな。命は大事にしろよ。ゲームみたいに
駆けつけた頃には通報者が全滅していることも珍しくなく、ハンタースマホに対する知識の低さから、そもそも通報もできずに殺されたと思われるハンターも相当数いる。
「……でも、実はさ。僕、見ちゃったんだよ」
「?」
「配信の画角には入れられなかったんだけどさ。
「何かって言われてもな……」
「多分、モンスターじゃないと思う。
「……さあ」
それに乗っていた、なんて言えない。
人類の切り札である強力な兵器を使っているということは、逆に損害の責任を追及される標的にもなり得る。
実際には背水の陣、常に決死の不自由な立場で戦うのに、部外者はそれを理解することはまずない。何故完璧な戦いができなかったのか、どうして自分の身内を守り切ってくれなかったのか……と、戦いのたびに不満が軍にぶつけられる。それが個人に向けば、目も当てられない。
それに、中央政府が病的に恐れる反乱のリスク管理という意味合いもある。
誰が乗っているのか、もし簡単に把握できるのならば、反政府勢力としては非常にやりやすくなる。限られたパイロットが街にいる時に不意打ちしてやれば、あとは一機掠め取るだけで前線都市ひとつ壊滅させるのは簡単だ。
そういった理由により、パイロットと名乗ることを禁じられた身としては、あやふやな目撃証言に生返事するしかなかった。
「大きさ的には
「…………」
(我がんばったぞ?)
(いや、うん……色々、ある材料で何とか頑張ったよな……)
顔だけは胡散臭そうな表情を作りつつ、内心で複雑なヒューガとリューガ。
「あれって軍の新兵器なのかな……」
「どうだろうな。見てないからわかんねえ。俺も軍のこと全部知ってるわけじゃないし」
「そっか。……知ってても言えないこともあるよね」
察してくれるクライス。
(……次があるかわからんが、射撃シミュレーターきちんと用意させよう。ルティに)
(まずデータ取りの稼働テストを司令部がもっとやらせてくれないとなあ……)
脳内で愚痴がループする。
そして、昼休みに会ったジュリエットは、クライスと違ってとてもローテンションだった。
「昨日、制服ボロボロにしちゃったからママにすごい怒られた……二時間正座させられた……」
「それで済んだだけ感謝しろ」
「むー」