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燃え盛る

 深夜の抹香町にサイレンが響く。


「埒外なんだな!?」


 パトカーの中で小路がインカム型の無線機に向かって叫んだ。


「はい。間違いなく。虚獄らしき反応を確認しました」


 郭の声は落ち着いている。


「歪火か?」

「おそらく」

「避難は終わっているか?」

「埒外級の魔力反応が検出された瞬間、半径五十メートルの虚獄が展開されました。住宅地ですから、数十人が取り残されているのでしょう」


 嫌な味が口の中で広がることを感じながら、彼は真っ赤なドーム状の物体を見た。歪火の虚獄だ。


「ここでいい」


 ブロック塀の並ぶ道の只中で車から降りる。加速をかけて飛んでくればそれが一番速いが、少しでも魔力を温存したかった。


 短機関銃のマガジンに入っているのは三十発。替えが二つ。十分だ、と願いながら虚獄に足を踏み入れた。


 広がる地獄。浴びる灼熱。家々は崩れ、血と糞尿の悪臭が充満していた。


「よお、間小路」


 死体の山の上で、歪火がニヤけていた。


「オレッチさあ、強くなったよ」


 女物の指輪がついた細い腕を食らいながら、彼奴は小路を見下す。


「今までは太陽くらいの光がなきゃ虚獄を展開できなかった……でも、変わったんだ。あのお方によって魔力効率を改善してもらったオレッチは! 月光でも戦える!」


 その腕を捨てた歪火の目に、左手に銃、右手に剣鉈を持った小路が映る。次の瞬間、飛び蹴りがその顔面に突き刺さる。ゴキリ、と首の骨が折れる音が響く。


 着弾点を中心として、彼は回転。銃弾を撃ち込みながら跳び、空中に放り出されたところで自身を加速させる。その勢いで、首を刎ねた──と思ったが、エネルギーで構成された防壁が生まれて阻んだ。


 着地した隙に、エネルギー波の驟雨。全て躱して、撃ちつつ接近する。だが、歪火は巧みに障壁を発生させて銃弾を止める。


「オレッチ、勉強したんだよ」


 歪火は唐突に語り出す。


一般魔術コモン・マジック上級魔術アッパー・マジックも教えてもらった。行くぜ」


 魔術の得手不得手は紋によって決定される。紋があれば上手く行使できる魔術とそうでないものが生まれ、刻まれた魔導式以外使えないなんてこともあり得る。裏を返せば紋がなければどんな魔術も平均的に扱えるということ。その特性故に、小路は永良に自分の使えるものを授けた。


 だが、一番出力が高くなるのは、やはり紋として刻まれた魔術だ。


炎天不可逆えんてんふかぎゃく


 その一言を聞いた小路は、即座にある術を用意した。そして広がる業火。まさしく不可逆。一瞬にして虚獄内は焼き尽くされ、瓦礫の一欠片すら残らない。だが、小路は立っていた。全くの無傷で。彼の足元にはアスファルトの地面が見える。


「……あれ?」

虚天結界きょてんけっかいだ」


 脂汗を浮かべながら彼は言う。


「炎天不可逆は、指定された空間を焼き尽くす大規模魔術。逃げることも難しい。だから、対抗策を考えた。それだけの話だ」


 周囲に虚獄にも似た魔力フィールドを形成、魔術的干渉を無力化する壁を作ったのだ。しかし、その負荷は重い。


「誰がお前に魔術を教えたのかは知らんが、出力が足りなかったな」


 強がったはいいものの、彼にこれ以上加速を使う魔力は残っていない。一方で、虚獄は崩れ、星空が帰ってきた。


「そちらも限界のようだな」

「そうだな。でも、殺し合いはできるだろ?」


 歪火はエネルギーの剣を作り出す。


「やろうぜ、ギリギリの戦い」


 斬り結べば斬り結ぶほど、小路は追い詰められていく。焼け野原となった町の中、一歩、また一歩と彼は後退していた。超音速の弾丸も、魔術で速めなければ歪火の肉にめり込むこともない。敗死。その二文字が彼の脳裏で浮かんでくる。


 顔面への刺突を、首を傾げて避けて反撃の一振り。だが、切り裂くことはおろか、肌に創傷をつけることも叶わなかった。


(これほどの身体強化、何故使える!?)


 鈍い頭を回し続ける。月光、という言葉を思い出す。太陽の光がなければ──つまり──


(光を魔力に変換しているのか!)


 陽光にしろ月光にしろ、光さえあれば実質的に魔力は無限。あまりにも分が悪い。


「郭、ラビットツーを回してくれ!」

「現在紅骸を足止めしています。フォックススリーなら動かせます」


 勇人を前線に出せば、供華がフリーになる。天秤だ。重い方を見極めねばならない。


「……フォックススリーを頼む」


 苦々しい気持ちで言った。


「ごちゃごちゃと!」


 エネルギー剣が短機関銃を裂く。それを投げ捨てた小路は、いっそのこと、と踏み込んだ。生身の体で繰り出せる全力で剣鉈を突き出す。緑の体液が手にかかるが、歪火はそんな彼を蹴り飛ばした。


(魂が強靭すぎる……魂自体が再生するのか?)


 四条事件で相手をした悪霊の中で、自身の魂を変形させて無理やり治癒させるものがいたことを思い出す。もし目の前のこれがそうならば、厄介さが一段と増す。


 唐突に、灰色の悪霊が攻撃の手を止める。


「仲間呼んだんだろ? 待ってやるよ」

「大きなお世話だ」


 鍛え上げた肉体。磨き上げたセンス。それら全てを吐き出す時は、今なのだと小路は確信を抱く。横薙ぎを跳び上がって躱し、頭に得物を叩きつける。だが、通らない。


「ムリだって。身体強化も使えないんだろ? 人間ってのは可哀想だなあ、回復が遅くて」


 既に歪火は左手に輝くエネルギー球を生成している。


(回復が速すぎる……勝つどころか、生きて帰れるかもわからんぞ)


 額から垂れてくる汗を拭って、腰を落とす。


「ま、これでようやく役目を果たせる。ご褒美としてどんな成長をさせてもらおうか」


 笑顔を浮かべた歪火が、彼にボディーブローを見舞う。次いでストレート。剣を消しての、連続打撃だ。倒れることも、武器を手放すことも許されない。鼻血が流れても、頬に赤紫の痣ができても、しかと脚を踏ん張っていた。


「あばよ、間小路!」


 エネルギーを纏った拳が、来る。しかし、それは当たらなかった。僅かだが回復した魔力を解き放ち、小路は素早くバックステップしたのだ。バランスを崩した歪火に、レーザーが直撃。


「ラビットワン! 無事だね!?」


 間に勇人が降り立つ。赤獅子を連れて。


「この状態を無事と言えるのならな」

「それもそうか。先に基地に戻って。医者が来てる」

「させない!」


 歪火はエネルギー波で下がる小路を狙い撃とうとするが、金岩が立ちはだかった。


「僕はちょっと面倒なことになってるんでね。手早く終わらさせてもらうよ」

「別にお前を殺す必要はないよ。空劫!」


 黒い翼を生やした女が急降下して、歪火を持ち上げた。


「逃げるなァ!」


 勇人は二振りの短剣を呼び出し、巨大な緑の鳥──疾翼はやてに飛び乗った。離れていく悪霊に追い縋り、上を取ったと思えば飛び降りた。鏃のような羽が飛んでくるも、それら全てを弾き落とし、空劫の背中に刃を突き立てる。その体勢から、何度も刺突を繰り出す。


 バレルロールで振り落とされた彼は、幾らか落下してから精霊に乗るが、その間に悪霊たちは遠くなっていた。


「追い付け……ないな」


 埒外二体を同時に相手取って生きられる自信はなかった。


「こちらフォックススリー、追撃は困難と判断。撤退するよ」

「わたくしも反応をロストしました。やはり、完全に魔力反応を消すというのは……」

「厄介だね」


 翌日のニュースは、こぞって歪火の齎した被害について報じていた。犠牲者は、五十八人。

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