「お兄様、あの方達は?」
「ああ、落ちたよ。完全に私の手中だ」
「そうですか。私では攻略の難しい相手でしたが、やはりお兄様ですわね?」
「お前は詰めが甘すぎるのだルリアーナ。あの手の連中は、一見して理想を語るがその実頭の中は金と権力に甘いのだ。実際に私の権力にひれ伏したぞ? 能力等さほど問題ではないのだ。男はそれを必要としないが、女はそうは行かん」
「恐ろしいお方……」
「それよりもだルリアーナ。私の講義中、出歩いたものがいる様だ。出入り口は固めていたというのにおかしいな。お前は何か気づかなかったか? そう、例えば転移とか」
男は、エクステバルド王国第一王子マクシミリアンは妹が何か掴んでないかを促した。
「そう言えば……女性を一人全く別の次元を呼び出していましたわ。きっと召喚術、テイムの類だと思っています」
「召喚? それは我らの勇者召喚と似た様なものか?」
「いえ、そこまで高位のものでは……ただ──」
「ただ?」
「あの男、いえ。あの亜人。我々の企みを見抜いている。そんな目でしたわ」
「そうか。私もネクタイを締めてかからねばならぬか。良い知識を得られた。助かった、ルリアーナ。父上の容態はどうだ?」
「ぐっすりとお眠りになっておられますわ。お母様と一緒に」
「そうか、もうすぐだ。もうすぐで私の手にこの国が……」
「ですが此度の突然の召喚、お父様の保守派貴族が怪しんでおられます」
「それはホフマンに任せていたのではないかね?」
ホフマンは彰の手によって真っ先に異界送りにされた大臣の名前である。
それを問われてルリアーナは口籠もった。
「まさかあの亜人が?」
「ええ、ジョッシュ様も纏めてどこかに飛ばされてしまいました」
「ジョッシュ殿も? これはまずいな。我々強硬派の幹部が同時に二人も更迭されたか。その亜人、排除は望めぬのか?」
「それが……」
ルリアーナは偽りなく呼び出された亜人のステータスをマクシミリアンへと告げる。
その内容を聞き、マクシミリアンは冗談ではないと拳を固めた。
「勇者より強い、だと? まちがいないのか!」
「結晶板が壊れている可能性も考えて予備をお持ちしましたが……」
「示す数値は変わらず、か」
「ええ、ですから魅了の結界をご用意したのですが靡かず……こんな事は過去にはありませんでしたわ。だからお兄様にお頼りしたのですわ」
「魅了もステータスに依存するからな。お前で手に負えなければ私に頼るのも仕方ない。だが、男どもは私の魅了でも弾いた。これは手早く済まさねば我らですら手を焼きかねんぞ?」
「ええ、その為にも人払いを済ませております」
「もう一つの作戦も早めねばならぬか?」
「アレをもう動かすというのですか?」
マクシミリアンの言動にルリアーナは顔を青ざめる。
それほどまでに事を進めることを躊躇する、そんな計画の一つ。
それは……
「ああ、動かす。隣国シグマより協力体制の文が届いた」
「お兄様……本当に実行されるのですか? 無辜の民が何万人も命を落とす可能性もあるのですよ!?」
「必要な犠牲だ。父上の手から我々が王位を受け継ぐにはこれしか手がないのだ。勇者はその為の方便に過ぎん。扱えればよし、扱えねば……もろとも殺してまえば良い」
「お兄様……」
「なぁに、ステータスの差を覆す術はいくらでもある。浮き足立ってる今なら容易く葬れる。計画は絶対だ。その為にもお前も辛い時間を過ごしてきた。あともう少し、あともう少しで……」
何かに陶酔する兄に見ていられず、王女ルリアーナは一人執務室を出る。
兄はいつからこうなってしまったのだろう。
ルリアーナが物心尽きた時は優しい兄だった。
病弱だった兄は、いつもベッドに寝かせられ、本を共としていた。
しかし魔法技術の発展によって動けない肉体を魔力で無理やり動かした。
その日から兄の時間は動き出した。
残り少ない寿命を糧として。
ルリアーナ達兄妹は国王の実子ではなく、庶子である。
王妃との間に子が設けられず、その間に手を出した女中との間にできた子がマクシミリアンとルリアーナだった。
王妃も子が出来るまではと愛情を注いでいたが、実子が生まれたらそちらに愛情を注ぎ始めた。
マクシミリアンとルリアーナは王位継承権を抹消され、末っ子としてどこかの国との仲を紡ぐ駒として扱われた。
それを憂いたマクシミリアンが動き出す。
大切な妹のために、王位継承権を引き継いだ第二王子を暗殺し、食事に混ぜた少量の毒で現王と王妃を病床に追いやった。
前王派の貴族達に気づかれる前に、マクシミリアンは事をなすつもりだ。
そして魔族が攻め込んできたこのタイミングを逃すマクシミリアンではなかった。
この機会を逃せば、ルリアーナはどこの誰とも分からぬ男の元へ嫁がされる。それは断じて許すことはできない。
そして……マクシミリアンの寿命も残りわずかとなっていた。
魔法による肉体の強制動作は儒教を大きく削る邪法の一つ。
その邪法を使ってでも、マクシミリアンは妹をせめて自分の認めた男の元へ嫁がせるまで、倒れるわけには行かなかった。
たとえ多くの血が流れようとも。
愚王の謗りを受けようとも。
血を分けた妹の幸せを願い、その両手を鮮血で汚し続けた。