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第22話:グリフォン襲来 下

「俺のマニューバっ!」


 物理的な、そして精神的な衝撃に襲われながら、しかしカラスは即座に回避と応射を行う。直前まで『フェニクス』がいた位置をレーザーが焼き払った。


『っ、はは! 良い判断だ、やっぱりいいよお前!』


 崩れたコロニーの内部に飛び込みながら、カラスはいつの間にか本当にジャミングが消えていることに気づいた。今のふざけた音声通信を聞かせるためにわざとそうしているのだ。


「鬱陶しい奴!!」


『つれないこと言うなよ。俺はお前のこと気に入ったぜ?』


 カラスの苛立ちに反して、通信機越しの声の主は喜々として語り掛けてくる。まるで、ビリヤード場で腕の良いプレイヤー見つけたかのような淡い興奮が漂っている。


『名前、何ていうんだよ。俺はグリフォンだ、よろしくな!』


 もし生身で対面していたら、あのパイロットは挨拶と同時にさっと右手を差し出しているのではないか。グリフォンの口調の気安さは、カラスにさえそう思わせるものがあった。


 だが現実には、例の大型機は依然戦闘モードを解除していない。翼端の爪に赤い光を宿らせ、血の筋を引き摺るように接近してくる。まるで抜き身の血刀をぶら下げたまま馴れ馴れしく近寄ってくるようなものだ。


 崩壊したタルシスⅣ⁻Ⅴ内部には灯りはなく、かつて人々が日常を過ごした建物たちが墓標のように立ち並んでいる。ここで送られていた生活の一切は凍りつき、回収されないまま漂う無数の遺骸の眼窩は虚ろに闇をため込んでいる。空の割れた町には死の臭いが澱んでいた。


 無音の真空と一体化した巨大な円筒のなか、2機のBFは極めて低速のまま、互いの翼を絡ませるように飛び続ける。スラスター光が割れ残った窓ガラスに反射し、その奥にある死に絶えた生活を一瞬だけ照らした。


 コロニーの町の上を飛びながら、カラスは胸のなかにざわざわとした感情が湧き上がるのを覚えた。


 ここはもしかしたら、昔の自分が生きていたあの町なのかもしれない。


 スラスター光に照らされる窓ガラスの向こうに、いつか自分が家族と共に過ごした部屋があるのかもしれない。


 そんな日常から、一体どれほど遠くまで来てしまったことだろう。


「……馬鹿か、俺は」


 カラスは毒づいた。今はとてもそんなことを気にしていられない。真後ろの敵機は相変わらず馴れ馴れしく話しかけてくるが、殺意には一切手抜きが無い。


 高出量の赤いレーザーは浮遊する障害物を容易に貫いてくる。狙いをつける速さも『フェニクス』を凌駕している。


 しかし恐らく、この速度域での戦闘に慣れていないのだろう。また、大きすぎるマシンパワーに対してコロニーはあまりに狭すぎる。機体制御に意識を取られて攻撃に専念できていない。時々小さな残骸にぶつかってもいる。


(こいつ、BFを良く分かっている……)


 だがカラスは、相手の力量を決して低くは見ていなかった。


 あの大型バレット・フライヤーは明らかに制空戦闘や対艦戦闘を目的に造られている。そもそもBF自体、コロニーのような狭い空のなかで飛ぶことを考えて設計されていない。


 カラスにとってもコロニー内の飛行など初めてだが、『ヴァジュラヤクシャ』との模擬戦やそれに備えての飛行訓練でかなり経験を積んだ。それでどうにか敵機の攻勢を捌けている。


 一方、あの敵機のパイロットは慣れていないにも関わらず攻勢を維持し続けている。確かに残骸にぶつかってもいるが、むしろ当たっても良いものとそうでないものを瞬時に見分けて、カラスを逃がすまいと動いているようにも見える。機体の耐久性やパワーをしっかりと把握している証拠だ。


 ハイパワーのマシンが強力なのは当然である。しかしそれは、乗り手に高い制御力を要求することと同義である。高性能機を高性能機として扱えていること自体が、敵のパイロットの腕前を示しているのだ。


『なかなか当たってくれないな、お前、いや……そうか。そうだよな。なあ、お前も強化人間だろう!?』


 カラスは答えない。そんな余裕もない。機体のすぐ右隣りを10条のレーザーが通り抜けていった。コクピット内が赤い光に染まった。


『部隊はどこだよ。その機体、だいぶいじってるが元は03Vだな? 俺も前は03Vだったんだ! V型に乗せるのは上手い奴だけだって大佐が言ってたぜ!』


 カラス、機体を上昇させセントラル・シリンダーの裏に隠れる。一瞬、機体が敵機のサイトから消えるタイミングで最後の『スマートシープ』を発射。撃ったのとは逆方向にアンカーを飛ばして大型の残骸に機体を固定させる。


 レールガン『フェンサー』を展開。弾種、対空キャニスター弾AACSを選択。バイキャメラル・システムによるエイムアシスト起動。


 サブアームが砲身に特殊砲弾を叩き込み、頭部ヘッドパーツが狙撃モードに切り替わる。カラスの赤い義眼のフォーカスリングがキュイと鳴いた。トリガーに掛けた指が機体とひとつになったかのように感じた。


 赤いレーザーがデコイミサイルを撃ち抜くのが見えた。バイキャメラル・システムは即座に発射点を特定。敵機の移動予測地点に向けて、『フェニクス』は狙撃を敢行した。


 飛翔した特殊砲弾は、対象付近で近接信管を作動させ、内部に抱え込んでいた無数の子弾をばら撒く。さらにその子弾にも炸薬が詰められており空間一帯を丸ごと焼き払う。花火のように連続して光が瞬いた。


 近接信管が作動したということは、敵機がそこにいたことを意味する。


 しかし、カラスはひとつ見落としていた。デコイを使えるのは自分だけではない。



『さっき一回見たぜ、戦友?』



 ぬっ、という擬音がカラスの頭のなかで鳴った。


 まさにそうとしか言いようのない出現の仕方で、残骸の真下から敵機の巨影が姿を現したのだ。


「っ!?」


 カラスは息を呑んだ。


 無数のカメラアイのついた頭部が舐め回すように『フェニクス』を見下ろし、そして10条の光の血爪を伸ばした。


 逃げられない。


 頭でそう判断する前に、カラスの身体は反射的に操縦桿とスロットルを動かしていた。


ここまで冷静さと経験に裏打ちされた技術で何とか渡り合ってきたが、それらをかなぐり捨てて身体がとった行動は、スラスターを全開にしての体当たりだった。


 衝突の瞬間、コクピットが大きく揺れた。合わせて身体も揺さぶられる。けたたましい金属音が鳴り響いた。『ヴァジュラヤクシャ』に振りほどかれた時以来の経験だった。


『うお、おおっ?!』


 さしものグリフォンもこの行動は読んでいなかった。バレット・フライヤー同士の正面衝突など初めてのことだった。


 カラスにとって完全に勢いで動いたことだったが、その次の一手も勢いに任せた。


 すなわち、出したままの着陸脚で敵機を踏みつけ、そのまま飛翔し離脱したのだ。


 自分でも二度とできない動きだと思った。


『あ、っははっ! はは!! なあ戦友、今ちょっと必死だっただろ!』


 踏みつけられ、大きく姿勢を崩しながらも、機体からはひたすらに機嫌の良さそうな笑い声が響いてきた。


 即座に態勢を立て直し『フェニクス』の追撃に移る。依然として衰えない戦意としつこい語り口に、カラスの忍耐も限界に達していた。


「誰が戦友だ!!」


『いいぜ、どんどん怖がってくれ。あながちこいつの名前も悪くないもんだ。そうでしょう、大佐!? ……ですよね!』


「っ、誰と話している」


『フェンサー』を向ける。装填した徹甲弾を連射。だが、弾幕をすり抜けるようにして敵機が近づいてくる。大型機とは思えない軽快な挙動だが、機体性能よりもむしろパイロットの腕前で成り立っている機動である。


 しかも、わざと敵弾の至近を掻い潜るように動くのは、明らかに遊んでいる証拠だ。


 そういう動きをしなければならない、というこだわりに振り回されているようにさえ映る。喧しいほどに眩い血爪が閃くたび、空間に残光が取り残される。その血の筋のような光さえも嗤っているようにカラスには感じられた。


 実際、カラスの洞察は正確だったが、それはまだ弱点といえるほどのものではなかった。彼にとってはこの敵、油断はあるが隙が無い。気が変になりそうだった。


『なあ戦友、BF戦は楽しいなァ! お前もそう思うだろ!?』


 10条のレーザー光線で徐々にコロニーの反対側の大地へと誘導されている。危機感と苛立ちがないまぜになったまま、だがカラスは努めて冷静さを取り戻し、機体の武装を確認していた。


『俺、聞いたんだけどさ。21世紀に世界の富の半分を手に入れた連中ってのは、最終的にドラッグパーティとオージィしかやらなくなったんだと。


馬鹿だよなぁ、生身の身体が最後に求めるのが快感だって、そんなの分かり切った話なのにさ!』


 このままだと詰む。そう判断し、カラスはレールガンの砲門を壁面に向けた。徹甲弾をマガジン全て撃ち切り強引に突破口を開く。粉塵と瓦礫を浴びながら『フェニクス』は鳥籠から離脱した。あとには煙幕が残され、機体のスラスター光までも覆い隠してくれる。



『戦友!! お前の快楽はどこにある!?』



 コロニーの外に出て、視界が晴れた時、外壁の一部が内側から灼熱するのが見えた。火山の噴火のように鋼鉄の大地が内側から吹き飛び、戦艦の主砲級のレーザー照射が光の塔となって自分の方に倒れてくる。


「BFの出力かッ!!」


 乗り手もふざけているなら機体のパワーも馬鹿げている。流石にカラスも喚きたくなった。


 巨大光線から全力で離脱するが、その逃げた先を塞ぐように、待ち構えていた2機の『サイレン』が回り込んできた。


「……邪魔だ、退けよ!!」


 だが、こちらの新型は操典通りの動きしかしない。


 動きに企みが無く、機動がそのまま目的を教えてしまっている。何をやらかすか分からないという怖さが無い。


 他のパイロットや艦船ならいざ知らず、実戦経験を積んだカラスには動きにキレの無いドローンとしか見えない。


 まずは一機。左舷のレーザーキャノンで牽制弾を浴びせつつ、右舷の『フェンサー』に装填した対空キャニスター弾を発射。正面からレーザーキャノンにロックされたことに驚いたのか、敵機は跳ねるように回避機動をとったが、カラスの目論見通り爆炎のなかに飛びこむ結果になった。


 閃光が拡散した後、片翼を失った『サイレン』が錐揉み状態で姿を現した。なおも『フェニクス』に攻撃を仕掛けようとするが、ロックする前にレーザーの掃射を浴びて爆散する。


「次ッ!」


 口から怒鳴り声が出ていた。


 戦闘のプレッシャー、グリフォンの馴れ馴れしい態度、その更に前から続く様々な厄介事が、腹のなかでどろどろに溶け合っている。怒りの塊の抑えが効かない。敵の迂闊な動きにすら苛立ちを覚える。撃墜されたのも、未熟さがもたらす当然の帰結だ。同情する余裕など今のカラスには無かった。


 このまま、勢いに任せてもう一機も破壊する。返す刀であの鬱陶しい大型機もどうにか始末する。それで全部終わりにしたい。


 今はともかく、事態を少しでも早く収拾させたい。これ以上急き立てられるのは御免だった。


 休む時間が欲しかった。


 もう邪魔をしないで欲しい。怒りと焦りが腕に伝わり、操縦桿がわずかに軋んだ。


(そして……そうしたら俺は、俺は……?!)


 そのあとどうするのだろう? ふと疑問が隙間風のように吹き込んだ時、通信機からまたもやグリフォンの声が聞こえた。


『あーあー809もやられちまった。あとはお前だけだ、頑張ってくれよ、797』


 オープン回線で堂々と声を飛ばしているグリフォンに、残った『サイレン』のパイロットが返答した。その声を『フェニクス』が拾った。


『了解しました、グリフォン』


 操縦桿を握る力が、がくりと抜け落ちた。

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