210. 後輩ちゃんは『実家に帰る』そうです
初演説配信が終わり、その3日後。いつものように朝配信を終えて、コーヒーを淹れようとリビングに向かうと、そこには彩芽ちゃんがすでに起きていて誰かと電話をしていた。
「あ。……うん。分かってるよ……明日帰るから……じゃあね。……はぁ」
電話を切って、オレがリビングに来たことに気づいた彩芽ちゃんは、明らかに気まずそうな顔をしている。
「おはよう。大丈夫?」
「はい。……お母さんからだったので。明日実家に戻ってくるようにって」
「そっか。まぁ彩芽ちゃんのお母さんとしては、娘の一人暮らしが心配なんだろうね。大丈夫。ゆっくりしてきな?」
「あの……颯太さん。実は……」
「どうかしたの?」
「……ここに住んでることを言っていなくて……お父さんが……怒っていて……このままだと……Vtuberを辞めさせられちゃうかもしれなくて……」
そう俯きながら言う彩芽ちゃんは、なんだかとても悲しそうだった。いくら会社の指示とはいえ、親に勝手に同棲しているなんてバレたら、怒るのは当然だろうな。
「一応……お母さんには言っておいたんですけど……つい口が滑ってしまったらしくて……」
「まぁ……そりゃ怒るよな」
とはいえ、彩芽ちゃんは大人だし。親に言うべきか言わないべきかの判断はできるだろう。そんなことを考えていると桃姉さんがリビングにやってくる。
「おはよう。聞こえたんだけど、颯太。ならあなたが説明しに行きなさい」
「桃姉さん……」
「彩芽ちゃんは大人だから、会社としてわざわざ親御さんに確認なんて取らないわ。でもね会社の指示としてこの家に同居しているのは事実なわけだし。あんたは『双葉かのん』のマネージャーで先輩のVtuberで彩芽ちゃんの彼氏なんでしょ?なら責任とってあんたがしっかり説明しに行きなさい」
その桃姉さんの正論すぎる言葉に、オレは頷くしかなかった。そして部屋に戻ると彩芽ちゃんがやってくる。
「あ……あの……颯太さんが悪いわけじゃなくて……私が……言ってなかったからで……」
彩芽ちゃんが申し訳なさそう言ってくれるが、これはオレが行くしかないだろう。別に責任をとろうとか、そういうわけじゃなく。ただ単にオレが説明に行きたいと思ったからだ。
「いや、彩芽ちゃんが辞めるのは困る。双葉かのんはFmすたーらいぶに必要なVtuberだよ」
「颯太さん……」
「だから彩芽ちゃんは責任とか感じなくて大丈夫だから。それに……彩芽ちゃんがこの家からいなくなるのは嫌だしな。きちんとお付き合いしてることも言わないと」
そう言ってオレは彩芽ちゃんの頭を撫でる。彩芽ちゃんは顔を赤くしながらも、嬉しそうに目を細める。そしてオレが頭を撫で終えると、彩芽ちゃんは再び申し訳なさそうな顔をするのだった。
そして翌日。オレは彩芽ちゃんと共に彩芽ちゃんの実家に向かうことにする。電車にのって彩芽ちゃんの実家のある最寄りの駅に降りた後、バスに乗って移動をする。
「あのさ彩芽ちゃん」
「はい」
「彩芽ちゃんのお父さんは彩芽ちゃんがVtuberをやっていることを良く思ってないの?」
「……正直……反対してます。お母さんは応援しててくれてますけど。私……コミュ障だから……人前で配信なんて……心配だから辞めさせたいって……思ってるんだと思います」
「そっか……」
そのあとはお互い会話もなくバスは目的地まで走っていく。彩芽ちゃんのお父さんは心配なんだろうな。それこそ……彩芽ちゃんの双葉かのんの配信が無理してるように感じているのかもしれない。
こうしてオレは先輩Vtuber姫宮ましろとして、マネージャーとして、彼氏として彩芽ちゃんの実家に向かうのだった。