285. ましのんは『よろしく』らしいです
オレは彩芽ちゃんと共にオフの温泉旅行に来ている。せっかくならのんびりと楽しみたいし、お互い忙しくてこういう時間も取れないから色々なことを話したい。
……とは言っても、何を話せばいいんだろうか。オレの目の前では彩芽ちゃんが缶チューハイを飲んでいる。彩芽ちゃんはコミュ障だし、ここはオレが話題を振ったほうがいいのだが……思い付くのはVtuberの仕事のことしか思い付かない。
日咲さんに『おしゃべりモンスター』と弄られたオレがまったく会話デッキを思い付かないとは……そろそろ酒も回ってきたし、思考が鈍くなってきたな。
「あの……颯太さん。聞いてもいいですか?」
「え?あっうん。なに?」
「……私のこと……いつから好きになりましたか?」
「ぶっ!?」
突然の爆弾発言に思わず飲んでいたお酒を吹き出す。
「だ、大丈夫ですか颯太さん……」
「ごめん……えっと……気になるの?」
「はい……私……コミュ障陰キャ女だし……正直一緒にいても楽しくないし……それに颯太さんそんな素振りほとんどなかったですし……」
彩芽ちゃんは恥ずかしそうにしながらも、少し不安そうな顔をしながらオレの顔を覗くように見つめてきた。いや……彩芽ちゃんのほうが全然なかったような気もするけど。
「彩芽ちゃんと一緒にいて楽しくないと思ったことはないよ?」
「そ、そうですか……よかったです……」
彩芽ちゃんは安心したように胸を撫で下ろした。その仕草も可愛いなぁ。
「彩芽ちゃんが好きだと気づいたのは『ましポん48』の名前を呼んでほしいって。あの逆凸のときかな?それまではずっと『姫宮ましろ』として彩芽ちゃんと接していたからさ」
「たしかに……あの時の颯太さん少し様子がおかしかったですよね?」
「恥ずかしいけどね……彩芽ちゃんはどうなの?オレのこといつから好きなの?」
「え?……公式ユニットを発表したころからです。気付きませんでしたか?」
「うん……ごめん」
すると彩芽ちゃんは少し膨れながら、ジト目でこちらを見てきた。
「颯太さん……鈍感です」
「いや彩芽ちゃん。ずっとオレのことましろん先輩って呼んでたし」
「……最初に玲奈ちゃんとお茶した時機嫌悪くなりました。あとはデートしたいとか、異性として見てますとか、案件だったけど同じ部屋に泊まって頬にキスしたりとか……あとあと……」
「いやもう大丈夫。オレが悪かったよ」
彩芽ちゃん……とても饒舌だ。おそらく酔っているんだろう。可愛いけどちょっと怖いかも。でも『姫宮ましろ』としてじゃなく、神崎颯太として好きでいてくれたのは嬉しく感じる。
そして彩芽ちゃんはグラスに入っている残りのお酒を飲み干すと、フラフラとした足取りでオレのところにやってくると、そのままオレの膝の上に寝転がってきた。膝枕の状態のままオレに抱き着いてくる彩芽ちゃん。
え……これどういうこと?酔ってるとはいえこれは……すると彩芽ちゃんはトロンとした瞳を向けて、口を開いた。
「……もう寝ます」
「うん。オレも寝るよ」
オレは彩芽ちゃんを布団まで連れていき、その後で電気を消す。するとそのまま彩芽ちゃんはオレの布団に入ってくる。
「え?彩芽ちゃん?」
「……ダメですか?」
「ダメじゃないけど……」
「……私……今日は颯太さんと同じ布団で寝たいです……私たち付き合ってますから……」
「でも……」
「……もう……子供じゃありませんから……」
彩芽ちゃんがオレの胸に顔を押し付けるようにしてくる。いやもう理性が……どうなっても知りませんよ?オレは自分の布団を捲り、そのまま彩芽ちゃんを引き寄せて同じ布団で寝ることに……
そしてしばらくして、彩芽ちゃんはそのまま寝てしまったようだ。しかしオレはまだ寝ることが出来ないでいる。なぜなら彩芽ちゃんの柔らかい感触がダイレクトに伝わってきて……でもそんな彩芽ちゃんの幸せそうな寝顔がとても可愛くて見惚れてしまう。
「……これからもよろしく彩芽ちゃん」
こうして初めての彩芽ちゃんとの旅行は、いつもの関係とは違い『彼氏彼女』として幸せな時間を過ごすことができたのだった。