563. 姫は『考えさせられる』そうです
「正直みんな驚くよね?でもこれは少し前から考えていたことでさ……」
まさか月城さんから活動休止を報告される日が来るなんて……こんな日がくるなら事前に言ってほしかった。しかも明日からって……
「あのさひなちゃん。重い病気とかじゃないんだよね?」
「そういうのじゃないから安心して。実はね……ママにならないかって言われたんだよね」
「ママ!?え?陽菜……あなたもしかして結婚するの!?」
「違うよ紫織ちゃんw……私が言ってるのはVtuberのママ。今度来る6期生のイラストやモデリングを担当してみないかって?」
Vtuberのママとは、主にそのアバターのモデリングやテクスチャ、立ち絵の作成などをする基本はフリーランスのイラストレーターのことを指す。
月城さんの話だと、夏頃に社長から言われたらしい……ということは元々あのプロジェクトは決まってたんだろうな。そして更に人選をオレと立花さんにお願いしたと。本当に飄々としてるよあの人は。
「ほら私はさ元イラストレーターだし、正直そういう仕事をしてみたいとずっと思ってたの。こんな機会滅多にないだろうしさ。一生懸命やるにはライバー活動と両立は難しいと思うし、それなら一旦お休みしようかなって。ごめんね今まで黙ってて」
「なるほど……そういうことね。陽菜なりに考えたことだし、あなたの人生なんだしいいんじゃない?」
「陽菜ちゃん!あたしは応援するからね!6期生だと夏頃?めっちゃ楽しみなんだけど!ね?颯太」
「ああ」
さっきまで静かだった日咲さんは月城さんがママになると分かった途端、テンションが爆上がりだ。まぁ確かに6期生のイラストやモデリングってめっちゃ大変だろうしな……一応理由は『本人と話し合った結果一時活動休止する』ということにするらしい。
「明日、配信枠を夜とってるからそこでリスナーには伝えるよ。公式からも発表あると思うしね?」
「でも大変ですね月城さん。理由が理由だけに発表できないし、変な憶測も出そうですしね?」
「まぁそこはね……でも私が決めたことだからさ。後悔はしないつもりだよ。配信ではよく言われる『病気』……あと『妊娠説』とかはきちんと否定するからw」
「そこは安心してよ!陽菜ちゃんが叩かれたら、あたしたちが何とかするから!」
「ライバーにはどう伝えるのかしら?内緒にしておくの?」
「マネージャーさん経由で伝えてもらうから安心して」
月城さんはそう言い、残っているビールを一気に飲み干す。もういつもの月城さんだな。そのあとは1期生の空気感に戻っていた。やっぱりこの空気感は心地よい。しばらくは月城さんが抜けて3人になるけど頑張らないとな。
「陽菜。配信はもう出ないの?」
「基本はね。収録済みのやつとか、決まってる案件とかはやると思うけど……今年は『クリスマス』、『すたライ』や『あけおめ』なんかは出れないかな」
「じゃあ1期生の司会は颯太かw」
「なんでオレなんだよ。立花さんで良くないか?」
「え?嫌よwたまには七海がやりなさいよw」
「いや。ましリリィとか無理w」
「あはは。早速、私がいない弊害出てるけど大丈夫?」
そこでまたみんなで笑い合う。月城さんの存在って、こういうところなんだろうな。この1期生の空間を心地よくしてくれる存在……Fmすたーらいぶの模範でみんなの憧れのお姉さん。でもそれは明日にはしばらくなくなってしまう。本当に月城さんがいなくなると思うと寂しいな……
その後は普通に雑談したりして解散する時に日咲さんが話しかけてくる。そして、近くの公園で話すことに。日咲さんは自販機で缶コーヒーを買ってオレに手渡しする。
「ほい」
「ありがとう」
2人でそのままブランコに座る。少し肌寒い風が吹くが、どこか心地よい。月城さんの件は正直驚いたけど、オレはどこか納得していた。それはみんなも同じだろう。
月城さんは27歳だ。いくら若いVtuberとはいえ、いつまでもライバーとして最前線で活動できるわけがない。将来を見据えて活動する……それがオレには出来ているのだろうか。
「ねぇ颯太?」
「うん?」
日咲さんはブランコを漕ぎながら遠くの景色を見て、少し寂しそうな表情で話す。
「ひなちゃんいなくなるの寂しいね」
「……そうだな」
「でもさ……あたしたちはいつかは卒業する日が来る……なんか今回の件で色々考えさせられたよ」
「ああ……」
確かにVtuber事業は年々波にのってはいる。でも、いつまでも続くコンテンツなんて存在しないのだから……でもそれは配信者やクリエイターならみんなが考えていることなんだろう。
多分今回の月城さんの活動休止は立花さんと日咲さんにも……もちろんオレにも何か考えさせるきっかけになったのかもしれないな……
「そう言えばさ。颯太の終わりは『ファンが1人でもいなくなったら』だっけ?紫織さんが配信で言ってたし」
「そうだな」
オレがそう言うと日咲さんは少し勢いのついたブランコから飛び降りる。そして振り返りオレと向き合うようにして立つ。
「じゃあさ。あたしもそうしようかな」
「え?」
「漠然とした未来に向かって進むより、その終わりを回避するために頑張る……なんかゲームのシナリオっぽくて良くない?」
「日咲さんらしいな」
「でしょ?とりあえずひなちゃんが戻ってくるまで頑張らないと!あたしたち1期生がね!」
そう言った日咲さんは、とても清々しい表情をしていた。
「燃えてるな日咲さん」
「あはは。そうだ!久しぶりにコラボしよ颯太」
「コラボ?何やるんだ?」
「え?なんでもいいw」
「出た。日咲さんが誘ってきたんだろ?まぁ……なんでも良さそうなのは事実だけどな」
「よし決まり!じゃあ明日コラボね!」
「いや明日は無理w」
2人でそのまま公園を出て帰路につく。なんだか日咲さんの勢いに乗せられた気もするけど、たまにはいいか。