594. 姫は『焦る』ようです
「じゃあ最初のものと、それでお願いします」
《分かった。いつも通りの発注数で良いかな?》
「はい」
オレは今、自分の部屋でZoomを使いながらグッズ担当の武山さんと打ち合わせをしている。内容は、今度のクリスマスに向けた『姫宮ましろ』のグッズについて。今回は出すグッズの種類とそれの発注数を相談している。
武山さんにはいつもお世話になっているし信頼もしている。もう5年の付き合いなんだもんな……正直、Fmすたーらいぶには男性スタッフはあまりいないし、武山さんの存在はオレにとっては本当に助かっている。
そんなこんなで打ち合わせを終え、コーヒーを飲みながらオレはスマホでSNSを開く。配信者としてはSNSのチェックは欠かせないからな。トレンドをおさえることも重要だし。
「あとやることは……今日は会議や打ち合わせはもうないし、コラボ配信もない。専門誌の原稿……これは明日でもいいか高坂さんに確認しておくか。休憩したら明日のサムネでも作るか」
オレは基本的に朝配信のあとはこんな感じで過ごしている。そしてサムネを作り意外にも早く終わらせることができた。まぁ……慣れだよな。でも作れないときは普通に2、3時間かかることもあるけどな。
オレはそのままスマホを手に取ろうとすると突然通知が来る。それはLINEのメッセージで、しかも5期生の『牛谷みるく』さんからだ。
「え?LINE……?なんだろう」
そのままメッセージを見ると、驚愕する内容が書かれていた。
『ごめん。突然仕事で事務所に行かないといけなくなって……たっくんさぁ今日休みだよね?あーちゃんのお迎えお願いできる?』
オレが一瞬目を疑っているとそのメッセージはすぐに取り消された。
……いや今のは不味いのでは?完全にメッセージの誤爆だよな。しかも……『たっくん』『あーちゃん』……さっきの内容……見なかったことにしたほうがいいよな?確かみるく先生はラビさんこと一ノ瀬さんと同い年だったよな?
28歳女性。世間一般で既婚で子持ちでも何もおかしくはない。むしろ世の中なら普通のことだ。オレたちVtuber界隈では『暗黙の了解』で身元は全て隠しているが、少なからず同じような人もいるだろうし。
と自分に言い聞かせるも、一度見てしまったものは頭に残るものだ。よりによって……自分と同じ会社の仲間に……そんな時、今度はディスコードに通話がかかってくる。相手は高坂さんだ。オレは慌てて通話に出ることにする。
「あっ。もしもし!?」
《お疲れ様です姫様。……どうかされましたか?》
「え?いや……何もないよ?」
《そうですか。あの仕事の打ち合わせの件なのですけど》
「あ。はいどうぞ」
……高坂さんだから少し期待したのだが、さっきのLINEとは全然別の話みたいだな。仕事の打ち合わせの件か。
《今事務所で公式企画を収録してまして。終わり次第……16時くらいに姫様のご自宅に伺ってもよろしいですか?年末に向けて少しスケジュールの打ち合わせをしておきたいのですけど》
「16時?問題ないですけど、通話でもいいですよ?わざわざこっちに来るの大変じゃないですか?」
《別で、そちら方面の企業様へのご挨拶もありますので》
「そうなんですね。ならお待ちしてます」
《はい。また連絡します》
と言って通話を終える。正直焦っていたが、普通にパソコンで通話したので『姫宮ましろ』で対話できたよな?それくらい焦っていた。
そしてオレは高坂さんと通話した後、モヤモヤした気持ちのまま再度みるく先生からのLINEを見ることにした。もちろん『取り消しました』というメッセージしか残っていない。
……いや詮索はやめよう。何かあれば本人から連絡が来るだろうし、プライベートなことだもんな。とりあえず高坂さんと打ち合わせをするから、それとなく聞いてみるか。