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第60話

「そういう弥七は繊細さが無いんだよ。この風呂敷の包み方の雑さと言ったら」


 そう言って弥七は座席の上に置かれた風呂敷を指さして言う。


「中身がこぼれなきゃ何でもいいだろ?」

「シワになったらどうするんだよ?」

「それは姉御が伸ばしてくれる」


 千尋は目の前で繰り広げられる狐たちの話をニコニコしながら聞いていた。


 今までこの二人とこんな風に行動した事などない。そもそもほとんど屋敷から出かけない千尋が外に出る時は決まって仕事の時で、その場合は必ず雅が同行していたからだ。


「ほら二人共、注文していたものが来ましたよ」


 千尋が声をかけると、二人は店内を見渡して自分たちの注文の品がやってくるのを待っている。


「二人共、今日はありがとうございます」

「いえ、千尋さまが楽しめたのなら良かったです」

「俺は別に冬の間は比較的暇なんで。それに自分の買い物も出来たので助かりました」

「そうですか? ではまたお願いしましょうか」


 笑いながら千尋が言うと、二人は同時に嫌そうに表情を歪めて言った。


「……その時はもう少し買い物自重してくださいね」

「……今度は車で来て俺は車で待ってます」


 と。



 クリスマス当日、鈴は昼過ぎから既に炊事場に立っていた。


「鈴さん、天火の準備が出来ました!」

「ありがとうございます。ではこれを入れてください」


 そう言って喜兵衛に渡したのはクッキーの生地だ。それが終わったら次はゼリーに取り掛かる。


 忙しなく動き回っていると、ふと喜兵衛が笑いを漏らした。

「? どうかしましたか?」

「いえ、何か……帰ってきたって感じがします」


 喜兵衛は先日ようやく神森家に戻ってきた。それからまた炊事場は二人の戦場だ。


「私も、ようやく師匠が戻ってきた感じがして嬉しいです」

「師匠ですか?」

「はい。喜兵衛さんは私の料理の師匠であり、千尋さまの健康を共に支える同志だと勝手に思っています」


 笑いながら鈴が言うと、一瞬喜兵衛が泣きそうな顔をした。


「同志か……それに自分が師匠ですか?」

「はい。世間知らずな私でも喜兵衛さんの作るお料理が素晴らしい事は分かります」


 いわゆる家庭料理しか出来なかった鈴に飾り切りや繊細な味付けなんかを教えてくれる喜兵衛は今や鈴の師匠である。


 そこへ雅がやってきた。

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