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第436話

 仕事を終えて屋敷に帰るといつものように鈴が出迎えてくれたのだが、夕食と風呂を済ませた後の貴重な二人の時間なのに、鈴は部屋へ戻ってしまう。

「鈴さん? また何かありましたか?」

 こんな事は初めてで恐る恐る鈴の部屋を尋ねると、部屋の中はまるで嵐にでもあったかのようにゴチャゴチャと散らかっている。

「何事ですか?」

 いつもはきちんと片している鈴の部屋がこんな事になる事はまず無い。驚いた千尋が思わず問いかけると、鈴は嬉しそうに昼間あった事を話してくれた。

「そうでしたか。それは良かったですね。では週末にそのお二人が来られるのですか?」

「はい! あ、でも千尋さまのお邪魔になるのなら日を改めますが……むしろ勝手に日取りまで決めてしまって申し訳ありません」

 今気づいたとでも言うように焦り始めた鈴の頭を撫でながら千尋は微笑んだ。

「私の事は気にしなくて良いんですよ。それに勝手に日取りを決めてしまったとあなたは言いますが、それはここを自分の家だと思えている証拠だと思うと嬉しいですよ」

「そ、そうですか? 千尋さまはどこまでも優しいのでいつも私はそれに甘えてしまっている気がします……」

「そんな事はありません。私の事を優しいというのはあなたぐらいですよ。それで、そのお二人にどの型紙をお見せするのですか?」

「一応、ここからここまでの分をお見せしようかと思って」

「こちらのはお見せしないのですか?」

 二枚だけ避けられた型紙を見て千尋が首を傾げると、鈴は恥ずかしそうに俯いて小声で言う。

「えっと、はい。これはとても大切な思い出のドレスなので秘密にしておきたくて……心が狭いと叱られてしまうかもしれませんが……」

 そう言って鈴は型紙を大切そうに撫でた。よく見るとそれは鈴が千尋と結婚してすぐにお披露目会に着たドレスと、千尋が最初に鈴に贈ったワンピースの型紙だ。

「……あなたという人は本当に!」

 それに気付いて堪らなくなった千尋は鈴を抱きしめ、その頭頂部にキスをする。たったそれだけの事なのにうっかりまた婚姻色と角が出てしまう。

 こんなにも可愛くて愛しい番など、この世のどこを探してもきっと居ないだろう。流星や羽鳥は千尋に「もう婚姻を結んだんだからいい加減落ち着かないの?」などと尋ねてくるが、この気持ちが落ち着くことなど恐らく一生無いに違いない。これからもきっと。


 週末、鈴は尋ねてきた二人の龍と和気あいあいと自室で話し込んでいた。

「まぁ! それじゃあ鈴さんはそんな小さい頃にたった一人で海を渡って日本に?」

「はい。最初は言葉のせいで意思疎通が出来なくて大変でした」

 苦笑いを浮かべる鈴に背の高い方の龍、絹が悲しげに視線を伏せた。そんな絹を見て鈴は慌てて付け加える。

「でも、そのおかげで千尋さまのお屋敷に置いてもらえる事になったんですよ」

「そうなの? 一体どういう経緯で千尋さまの所に嫁ぐ事になったの? とても繋がりがあるようには思えないのに」

 それを聞いて背の低い方の龍、吉乃が目を丸くした。

「実は私が幼い頃によく歌っていたあちらの言葉の歌を聞いて、千尋さまがその歌をとても気に入ってくれたのがきっかけでした。龍族は皆さん音楽が大好きなのですよね?」

「それはそうね。私なんて着物を仕立てながらいつも歌を口ずさんでいるわ」

「音楽が二人の縁を繋いだのね。素敵なお話だわ」

 うっとりと目を細める二人に鈴は思わず恥ずかしくて頬を染めた。

 最初は言葉も通じなくて何度も自分の出自を嘆いていた鈴だったが、この異国の歌と容姿があったからこそ千尋と近づく事が出来たのかもしれない。

 そう思うと、鈴の全てはやはり両親からの素敵なギフトだったのだ。

「ところでお二人はどうして仕立て屋さんになられたのですか?」

「実は私達幼馴染でね、小さい頃から着る物にとても興味があったのよ。だから鈴さんが都へやってきて、洋服を着て買い物に来た時はそれはもう感動して! 今、地上では着物ではなくてこんなのが流行ってるのね! って」

「そうだったのですね! だったらやっぱり全部貸し出します! あ! 男性用の物もいりますか? 流石に背広やシャツ、ズボンは自分では作れませんでしたが、型紙は取ってあるので良ければお貸し出来ますよ」

「本当!? で、でもそれって千尋さまのを型紙にした……のよね?」

「はい!」

「そ、それは何ていうか恐れ多いわ……あの方は背格好まで美しいでしょう?」

「大抵の男性では着こなせないのではない? それに私、男性の洋装ってまだ見たことないわ」

「それは私もよ」

 二人は何を想像しているのか頭を突き合わせて真剣な顔をしている。

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