公爵家にも出入りできる政商がグランツ商会だ。
基本的に何でも扱う大店だが、メインは食料品になる。
あと、オレらが倒した魔物の素材。
ほとんど出回らないんだけどね。
だって素材を回収する暇がないときも多いし、あっても使い勝手がいいからオレたちで使っちゃう。
だもんでオーマ大森林産の素材は目ん玉飛びでるほどの高値で取引されてたりする。
ちなみにオレがガキの頃から、おやつ代わりに食ってた果物があるんだけどね。
それが高級料亭の一食分の値段がするって聞いて、マジで腰を抜かしそうになった。
ううん、ひょっとしてうちの実家って金持ちなのか。
そんな素振り見せたことねえけど。
まぁべつにいい。
噂の
つってもポッシュと黒パンだったけどな。
オレにとっちゃ定番の食事だ。
でも実家で食うものより、かなり豪華だったぜ。
豆と肉以外にも色んな具材が入ってて。
美味であった。
で、公爵家だ。
ローマンさんちの馬車で送ってもらったんだ。
昨日と同じような手順で、公爵家のサロンに通される。
うん、ここはマジで別世界だわ。
フローラル系のいい匂いがするしな。
お香かなにか炊いているんだろうか。
「おはようございます?」
ちなみに服装はローマンさんのお店でもらったものだ。
オレの一張羅よりもちゃんとした貴族っぽい服。
お金を払おうとしたら、これくらいはさせてくれって言われて受けとってもらえなかったんだよ。
「おはよう」
サロンに居たのは昨日のご婦人と、なんだか眉間に皺を寄せた威厳のある中年男性だ。
「ええと……ラウール・ストラテスラ、
とりあえず挨拶をする。
ご婦人が笑って、椅子に座れとハンドサインをだす。
「さて……早速で悪いんだが、先に確認しておく必要があるんだ」
低くて渋い声だ。
きっとあだ名は大佐だろう。
中年の男性である。
オレが訝しむ視線をむけていると、ポンと手を打った。
「ああ……すまない。先に自己紹介をすませておくべきだったね。私はノートス家当主のヴァレリアン・ジャック・ノートスだ。以後よしなに頼むよ」
はぁと言いつつ、オレも名のる。
こっちのことは知ってるだろうけど。
いちおう礼儀ってやつだ。
「先ほども言いかけたが、ラウール。キミには確認をしておくことがあるんだよ」
ニコリともしない公爵様だ。
だが口調から敵意を感じることもない。
「昨夜、王都のスラム街で幾つかの不法な組織が潰されたんだが、キミはそれに関わっているのかな?」
まぁそりゃあそうだろうな。
オレが王都に姿を見せた日に潰されたんだから。
ええと、いくつだっけ。
『関連団体含めて五つです』
さすが先生。
数字にお強い。
オレは素直に首を縦に振った。
だって隠すようなことでもないからだ。
「なにがあったのか教えてくれないか?」
じろりと見てくる公爵様だ。
だけど怖くはない。
「こちらを出た後でチンピラから声をかけられたですよ。で、ケンカを売ってきたんで潰したで、ました。そしたらまたケンカを売られたから」
「同じことを繰りかえした、と」
今度は笑顔を作って応えてみる。
見るがいい、サイボーグだって笑えるんだぞ。
「そいつらは何かを言っていたのかな?」
「ノートス家になんの用だって。あと貴族みたいなしゃべり方をする男が依頼したとかしないとか言ってた……です」
「ああ、言葉遣いは気にしなくてもいい。さすがに公式の場では困るが、ここには私たちしかいないんだからね。ふだんのように話したまえ」
「あざっす! いやいやわかってらっしゃる。そりゃもう窮屈で窮屈で」
ご婦人がオレを見て笑っている。
腹を抱えるくらいには面白かったらしい。
なぜだ、なにが面白い。
『マスター。相手は公爵家の当主です。その相手に言葉を崩していいと言われて、いきなり崩しすぎるバカはいませんよ』
『なぁ……今、遠回しにバカって言ったよな?』
『遠回しではありませんけど?』
『きいいいいい! この人工知能!』
『そうですが、なにか?』
いつかこの冷酷無比な梟をぎゃふんと言わせたい。
ちくしょうめ。
「で、見たところ怪我もなにもないようだけど?」
公爵様がオレを見て言う。
「怪我? しないしない、あの程度の相手に怪我なんてしてたら辺境じゃ生きてけねっすよ」
ちょっと大げさかなってくらいに身振り手振りをそえて返す。
「……殺したのかい?」
「??????」
なにが言いたいのか、ちょっとわからない。
殺す、殺される以外の決着があるのかな。
「ヴァレリアン、まだ理解してないのかい?」
ご婦人だ。
「母上、彼は……いえ……」
「あの……いいすっか?」
逆に聞きたいから、オレは手を小さくあげた。
ご婦人が言ってみろと目で示す。
「貴族ってのは舐められたら終わりじゃねえんすか? オレはそそうやって教わってきたけど……王都じゃちがう?」
あっはははと快活に笑うご婦人である。
なんだか今日は上機嫌なのか。
一方で公爵様はなんだか渋い顔をしておる。
なんだんだよ。
まちがってるならまちがってるって言ってほしい。
「あんたの言うとおりさ、ラウール。貴族は舐められたら終わりさ。公爵って大身だろうが、騎士爵の木っ端貴族だろうが同じさね」
「ですよねー」
ホッとした。
ご婦人からお墨付きをもらったんだからな。
ってか、オレはそれ以外のやり方なんか知らないし。
王都の流儀にあわせろって言われたって無理だ。
「死体はどうしたんだい?」
「ちょちょいと処理したよ。ええとマズかったの? 処理しといた方がいいかと思ったんだけど」
「いや、いい。これで真相を知っているのは我々だけだ。それだけでも有利になるからね」
公爵様が悪い表情になった。
覚悟を決めたんだろうか。
「ラウール。キミの異常な戦闘能力は理解した。やはりストラテスラ家に頼んで正解だったよ。その力で私の娘を守ってやってほしい」
ぺこりと頭を下げてくる公爵様だ。
「そこっすね! オレは何から守ればいいんすか?」
ご婦人がカップをことりとテーブルに置いた。
「昨日まではハッキリしてなくてね。その辺の説明ができてなかった。あんたが潰した不法組織だが、あれは貴族の子飼いでね」
「あーあれか、必要悪ってやつ?」
「……必要悪。うまいこと言うじゃないか。要するに不法組織の情報を得るのと同時に、裏で仕事をさせてたんだよ。で、背後にいるのが中央貴族だ」
先生! スペルディア先生!
知らない単語がでてきたよ!
『……そういうことですか』
いや、ちょっと。
置いてけぼりにしないで。
ぼっちになるでしょ。
『マスター。かんたんに言うと、これは貴族の権力争いってやつですよ。ざっくり言うと、新しい貴族と古い貴族が対立してるんです』
『ふむふむ。じゃあ公爵家ってどっち側なの?』
『公爵家は古い貴族ですね。マスターにもわかりやすく言うとですよ。あの反社会的団体のゲームを思いだしてください』
『おう。「ドラゴンみたいな」か』
『いいですか、あれで言うと昔ながらのヤクザと経済を基盤とした新興のヤクザが対立してたでしょ?』
『うん、わかる』
『それと同じですよ。領地を治める古い貴族と、中央にいて領地は持たずとも経済基盤によって強固な利権を固める貴族。その二つが対立しているんです』
『……なるほどなぁ』
『で、古い貴族と中央貴族の和解の一歩として画策されていたのが、あの御令嬢と第三王子の結婚です』
「そこで繋がってくるのか」
「ほおん、なかなか頭が回るじゃないか」
怪我の功名ってやつですぞ、ご婦人。
つい秘匿回線じゃなくて、ふつうに呟いたんだから。
「ってことは……あれか。仲間割れ?」
「まぁむこうも一枚岩じゃないってことさ。それはこちらも同じさね。保守と革新、穏健派とタカ派。まぁ組織ってのはそういうもんさね」
うん。
これでわかりやすくなった。
要するに、だ。
この婚約を破棄させたい勢力がいる。
その勢力から守ればいいのか。
よし、じゃあ潰しにいこう。
手っ取り早く行こうじゃないか。
「ラウール!」
あん? 腰を浮かしかけたところでご婦人が声を荒げた。
「潰しに行くのはまだ早い」
「そうなの?」
「ああ――敵の背後には……」
公爵様が言葉を続けようとしたときだ。
ドンドンとサロンの扉がノックされた。
焦っているのか。
音が大きく、乱暴な叩き方だ。
「来客中だ!」
公爵様が扉の外にむかって言う。
「申し訳ありません。無礼を承知で報告をさせていただきたく存じます」
その言葉に公爵様が扉を開けた。
扉の向こうでは、メイドさんが頭を下げている。
あれ? 昨日も見た顔だな。
確か壁際に控えていた。
「……お嬢様が、お嬢様が学園に赴かれました! お止めしたのですが……どうしてもと振り切られてしまい申し訳ありません!」
それで姿が見えなかったのか。
なかなかどうしてお転婆じゃないの。
そういうの好きよ。
『むこうは嫌いですけどね、マスターのこと』
『……いちいち刺してくるんじゃありません』
まったくスペルディアはこれだから困る。
アテクシのメンタルは豆腐なのですわよ。