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第019話 ラウール御令嬢を拐かし今後の作戦を立てる


 大講堂のいちばん高いところ。

 三角屋根の上で、令嬢を降ろす。


 おっと。

 このままだとスベって落ちちまうな。


 ってことで分子操作だ。

 屋根の形状を変えて、平らな部分を作る。


 そこに令嬢を寝かせて、オレも端っこに腰を下ろした。

 風が気持ちいい。


 なんでだろう。

 前世だと高いところは苦手だったんだけどな。

 こっちにきてからは、怖くなくなった。


「マスター」


 スペルディアが肩にとまる。


「現状を整理しておきましょう」


「頼む」


 なぜか、コホンと咳払いをするスペルディア。

 随分と人間臭い仕草をする。

 人工知能端末のくせに。


「さて、ひとまずのところ公爵家の依頼どおり、御令嬢の身柄と安全は確保できました。敵方は第三王子ですが、どうにもあの魔人のことは知らなかったようですね」


 確かにそんな反応だったな。

 なんかすげー目が泳いでたし。


「第三王子の側に魔人の所属する勢力がついているのか?」


「正確なところはわかりかねますが、少なくともそこの御令嬢を排除したいという目的は合致していたのでしょうね。この後をどうするかですが……」


 スペルディアは、今も王都に放った偵察用ドローンから情報を収集しているんだろう。

 こういうのはもうお任せだ。


 オレがやるのはきっかけを作ること。

 そうしたらスペルディアがなんとかしてくれる……はず。


「マスターがとった行動によって、現状では公爵家に戻ることもできなくなりましたね」


「……え? なんで?」


 完全に想定外の答えが返ってきた。

 オレからしたら、もう御令嬢を帰しておさらばと行きたいんだけど。


 そりゃあ、こんな美人さんと一緒にいられたら嬉しいよ。

 でもさ、相手はオレに好意ゼロなんだもの。

 そんなの心が折れるって。


「先ほどもお伝えしましたが、あの場で魔人はマスターの方でした。そのマスターがシルヴェーヌ様を連れて逃げたのです。さらに魔人の死体はありません」


 ふむ。

 よくわからん。


「そんな状態でシルヴェーヌ様が公爵家に帰ったとしたら? 最初から魔人と手を組んでいたという裏付けになってしまいます。ですので、公爵家には帰れません」


 なるほど。

 よくわからんけど、帰れないことはわかった。

 あれ? そういえば……。


「スペルディアくん。ひとつ聞きたいんだけどね」


「なんですか? 今度は東部料理ですか?」


「そうそう。噂の東部料理をぺろりとねってちがうわ! さっきさー御令嬢を横抱きにしたじゃん。そのときの感触とかそういうのが残ってないんだけどね、どういうことかな?」


 はん、とスペルディアが鼻で笑った。


「重要なコンプライアンス違反でしたので感覚をこちらで遮断させていただきました」


 こ、この使い魔……。


「なぁにいいいいい! そんなことできんのかよ!」


「マスターに重大な過失があると認められた場合のみ有効な機能です。今回はセクハラ防止のために感覚の遮断を行いました」


「はあああん? おまっ……お前ってやつは! ふざけんじゃねえぞ、青少年の夢じゃねえかよ。きれいな女の子を助けたときのご褒美みたいなもんだろが!」


「それがセクハラに該当すると判断されました」


 くっ。

 このロマンを解さぬ物言い。

 なぁにがセクハラだ。

 ふざけんじゃねえ。


「んん……うるさいですわね」


 御令嬢だ。

 なんか目を擦っている。

 寝てたのと勘違いしてんのか。


「……はう!」


 目があった。

 その瞬間、御令嬢はまた“きゅう”と音を立てて気絶した。


「え? なんなの? オレ、そんなに嫌われてるの?」


「いいから、そのマスクを脱げ、ですよ」


 スペルディアが呆れた声をだしている。

 あ、そうか。

 うっかりしてたわ。


 ペストマスクを脱ぐ。

 転送装置を使って研究所ラボに送る。


 うん、たぶんだけどさ。

 機械の身体じゃなかったら汗だくになってそうだ。


「マスター。色々と考慮したのですが、現状ではグランツ商会を頼るしか手がありません」


「ええと、マーロンさんだっけ?」


 確かマロングラッセみたいな名前だったんだよな。

 人の名前を覚えるのは苦手なんだよ。


「ローマンさんですよ。あの御仁ならマスターの力になってくれるでしょう。公爵家とも繋ぎを取れるので最適かと思われます」


「なるほど。そこまではどうやって行く?」


「光学迷彩を使って移動することも考えましたが、魔力の感知をされた場合に令嬢が見つかってしまう可能性が高いです。姿は見えないのに魔力だけはそこにある、なんて状況はまずいでしょう」


 うむ。

 確かに言われてみれば、そのとおりだ。

 っていうか、光学迷彩の機能を実装してたの?

 なぜそれを言わない?


「マスターが重大なコンプライアンス違反をしそうだったからです!」


「なんだよ、その違反って」


「最も確率が高いのは窃視ですね」


「窃視……ってなんじゃい?」


「平たく言えばのぞきです。女性風呂とか脱衣所とかを随分と気にされてましたからね」


「おいおい、オレのことをなんだと思ってるんだよ。思春期の男子が! 透明人間になれるのなら! やるに決まってるでしょうが! ええ、おい!」


「だから報せませんでした」


「しまったああああ!」


 勢いで盛大な墓穴を掘ってしまった。

 くそ、なにがコンプラ違反だ。


 そんなもん関係ねえだろうがよ。


 こちとら異世界だっての!

 ファンタジー世界だっての!


「気が済みましたか? 安心してください。光学迷彩の機能はロックされていますから。話を戻しますよ。姿を消して行くのがマズいのなら、逆に堂々と歩いていけばいいのです」


「どうやって?」


「お忘れですか? マスターには分子操作能力があるではないですか? 御令嬢の服を庶民用の物に変換、髪色も変えればさほど目立ちません」 


「オレはどうすんだ?」


「マスターの顔はどうとでもできるでしょうに。昨夜、試したでしょう。頬には十字傷がいるとか駄々を捏ねたじゃないですか? 服装は御令嬢と同じようにすればいいです」


「……なるほど。よし、任せた。スペルディア、良い感じのイメージをだしてくれ」


「承知しました」


 ってことで、サクッと服装を変えてしまう。


 うん。

 この御令嬢すげーな。

 服装が地味になってもめちゃくちゃかわいいじゃねえか。


 いや、なんかより親しみがでた?

 髪色もちょっと暗めの茶色にしたんだけどな。

 すげー似合ってる。


「う……うう」


 全部の準備が終わったところで、ちょうどよく目を覚ましてくれる令嬢だ。

 空気を読んでくれてるのね。


「はう……魔人? 魔人はいませんわね」


「おはよう、よく寝てたな」


「なぜ、あなたがわたくしの寝室にいるのです!」


 ぎょっとする御令嬢だ。


「いや、覚えてねえの?」


「覚えて……ってなぜ空が? え? あ?」


 状況を理解して悲鳴をあげようとしたから、思わず口を手で塞いだ。

 むにゅっとしない。


 ……ぐぬぬ。

 スペルディアめ。


「いいか、落ちついてくれ。状況を説明するから、わかったら頷いてくれ、いいか?」


 御令嬢がコクリと頷いた。


『マスター大丈夫ですか? 私が説明してもいいですけど?』


『大丈夫だ、任せとけ』


 訝しそうな表情を作る梟である。

 黙ってみてろ。

 このコンプラ小僧。


「いいか、あんたは第三王子を詰問しに大講堂へむかった。ここまではいいかい?」


 令嬢が再び頷くと、同時にオレの手を剥がそうとした。


「大きな声をださないでくれるか? 約束できるならいいよ」


 三度、大きく頷く御令嬢だ。

 それを確認して、オレは口を塞いでいた手を外した。


 男のオレの声と女の声を一緒にしてはいけない。

 女の声は響くんだ。

 遠くまで。


 ――ああ、くそ。

 嫌な記憶を思いだしちまった。


「まったく! わたくしの顔に触れるなんて不敬ですわよ」


 すぅと深呼吸した気分。

 そう、メタルボディのオレにはあくまで気分でしかない。

 それでも気分を変えられる。


「すまんね。状況的に大きな声をだされると困るから」


 じゃあ、改めて説明をとしたところで令嬢が言う。


「だいたい思いだしました。私の前に現れたの魔人の正体はあなたでしたのね? で、殿下とあの女狐はどうしたのです?」


「あの女は始末したよ、あいつこそが魔人だったんだよ。で、第三王子はどこ行ったんだっけか?」


「わたくしに聞かれても……」


『既に学園から逃走済みです』


「もう学園から逃げてる……な」


 そんなことよりも御令嬢は気になることがあったみたいだ。


「やっぱり……あの女狐」


 なんだか不穏なことを呟きながら、考えこんでいる。


『マスター。ここからは私が代わって説明しましょう』


『ん……いいのか?』


『ええ……恐らくはその方がいいでしょう』


 わかったよ。

 どうせ、オレに説明なんてできねえし。

 べ、べつに拗ねてるんじゃないからね!


「では、シルヴェーヌ様。よろしいでしょうか?」


「鳥がしゃべったあああ!」


 あら、かわいい。

 うちの姪っ子、肩がコリーヌちゃんと同じリアクションじゃないの。


 ぷくく。

 年相応ってところもあるじゃん。

 そんなことを思うオレであった。


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