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第46話 のびゆく麺には勝てなかった

「《錬成陣スキップ ―― 防御壁》 防御壁、錬成開始…… 《超速 ―― 2000倍》」


 ごぉぉぉぉっ……


 ものすごい地鳴りとともに、奴隷狩たちの足元が隆起する。


「ぅわっ……」 「なんなんだぞ!」


「まあ、人を制圧するものは、武力だけじゃないってことだな」


 なにしろ、超速2000倍は、一瞬で高さ3mの壁を築けるスピードだ。

 たった数秒。奴隷狩たちの身体は、ガラスドームの天井ぎりぎりまで持ち上げられていた。


「ここ、こわいんだぞ……」


 ギル ―― イリスを拘束していた、でかいほうの男の手がゆるむ。

 ぷっぴゅぅんっ

 すかさず、イリスはギルの腕から脱出。飛び降りる。


「こっちだ!」


 俺はイリスを受け止めようと手を伸ばす…… ナイスキャッチ。

 イリスは、俺の腕にすっぽりおさまった。


{リンタローさま! ただいまです!}


「うん。無事で良かっ…… 「おろせ!」 「ずるいんだぞ!」


 壁の上から、奴隷狩たちがわめく…… その声を聞き、イリスはゆらっと姿を変えた。

 ―― 黒光りのするメカニックなボディー。以前、オーク襲撃事件の折に俺がチート能力で出したことがある…… おもちゃの電動フルオート銃だ。真っ赤な6ミリ弾が、すでに装填済み。

 ん? 真っ赤?


「イリス。もしかしてこれ、ペッパーX弾か?」


{はい! リンタローさまの銃になってみたのです! ……ヘンじゃないですか?}


「うん、大丈夫だ。1回見ただけなのに、よく変身できたな…… じゃなくて」


 俺はイリスに確認する。


「これ、ぶっぱなしたら、上のふたり、高確率でからさのあまり気絶して、落っこちて死ぬよな?」


{はいです!}


「それはちょっと、やりすぎだろ」


{ぜんぜん、やりすぎじゃないのです!}


 イリス、もしかしなくても怒ってるな……


{あのひとたち、前に、わたしとリンタロー様の間を引き裂いた張本人ですよね? で、さっきもまた、引き裂こうとしたですよね? ついでに、そもそも奴隷狩りでしたよね? 死んで、当然じゃないですか?}


「…………!」


 覚えてたのか……! ばっちりと……!

 いや、気持ちはわかる。だが俺は、できればイリスに人殺しはさせたくない (本スラの意向を尊重しなくて、ごめん)。


「イリス…… 死なすのは良くない。ちょっと、落ち着いてくれ。深呼吸」


{ぶーです!}


 イリス 《電動フルオート銃の姿》 は不満そうに、ぷるぷる震える。こんなときだが、かわいすぎか。


「よし。じゃあ、ペッパーX弾で撃たれて落っこちても、死なないようにしよう…… 《神生の大渦》!」


 俺は進化したチート能力で布団を5枚ほど取り出し、壁の下に積み重ねた。

 改めて、イリス 《電動フルオート銃の姿》 をかまえ、奴隷狩りたちに照準を合わせる。


「てめえ……!」 「な、なにをする気なんだぞ!?」


「うん。正当防衛かな」


 先に手を出してきたのは、そっちだろ ―― 殺すのはあれだが、容赦する理由も、まったくないんだよ。

 さて。まずは、でかいほうギル


「イリス、いくぞ」 {了解なのです!}


 鼻のあたりを狙い、引き金をひく。


 ダダダダダダダダダ……

 気持ちのいい連射音。

 ペッパーX弾が、ギルの顔にあたり次々と弾ける。


「うぐぉぉおっ…… いっ…… ひぃぃ…… あつっ……」


 ギルは真っ赤になった顔を両腕で覆い、首を振ってなんとか弾を避けようとする…… が、数秒後。

 巨体が、ふらっと傾いた。気を失ったんだな。そのままギルは、壁から投げ出されるように落ちてくる…… うん、うまく布団に乗っかった。 

 俺は、ぐったりと目を閉じているギルに近寄り、状態を確かめた ―― 布団のおかげで大きな怪我はなし。じゃ、縛っておくか。

 とりあえずイリス 《電動フルオート銃の姿》 を側に置き、チート能力を再び発動。取り出したガムテープでギルの手足をぐるぐる巻きにして、と ――

 そのとき。


「おい、動くな」


 ややかすれた声とともに、冷たいはがねが俺のほおに押しつけられる…… しまった。

 あの高さの壁からとびおりて気配もなくここまで近づくとは…… さすが、というべきか。

 先にこいつも、気絶させとけば良かったな。


「やはり、は違うな…… いたっ」


 つっと刃物が引かれ、俺のほおがわずかに切れた。

 『もと勇者』 呼ばわりが、よほど不快だったのか…… ジャンは片手で俺の腕を押さえたまま、エクスカリバーをほおから首へと移動させる。

 ひりひりする痛み…… どうやら、表皮にわずかに刃が、くいこんでるらしい。

 脅すような、低い声。


「いいかげんにしろよ、あんた」


{リンタローさま!}


 叫ぶイリス 《電動フルオート銃の姿》 を蹴飛ばし、ジャンは 「武器なしじゃ、なにもできねえな?」 と嘲笑わらった。

 俺のほおを、青い剣身がピタピタと叩く。


「まずは、ギルを解放するんだな、錬金術師さん。妙な真似したら、ぶった斬るぞ」


 すぐにぶった斬らないのは、俺をもう一度売るためか…… だが、その油断が命取りとは思わないのかな?

 俺は背後でイリスが動く気配を感じつつ、ジャンに念を押す。 


「ひとこと言わせてもらって、いいか?」


「命乞いか」


「いや…… 『この程度で優位を確信するのが、きみの敗因だ』 って」


 ぷぴゅんっ!


 スライムの姿になったイリスがとんできて、ジャンの頭に覆いかぶさった。


「だから、言ったろ」


「ぐぅ……うううっ……」


 ジャンの手から、エクスカリバーが音をたてて落ちる。

 ジャンは両手でイリスをつかみ、ひきはがそうとした。


「ううううっ…… く…… は……」


{もう! ぜったいに、ゆるさないのです!}


「く…… ううっ……」


 スライムボディーを透かして見えるジャンの顔色が、だんだん紫っぽくなってきてる…… まずいな。このままだと、窒息死待ったなし、だ。

 いくら相手がク○な奴隷狩りでも、やはりイリスには殺人スライムになってほしくない ――

 俺はガムテープをジャンの目の前でビッと引っ張ってみせた。


「きみも降参して拘束を受け入れるなら、スライムさんに離れてもらうが」


 こくこく、こくこく……

 必死で首を縦に振る、ジャン。

 俺は素早くジャンの手足にガムテープを巻きつけた。


「イリス、離れて」


{けっっ…… なのです}


 ぷぴょんっ

 俺の腕のなかに飛びこみながら、イリス 《スライムの姿》 は、なおも悪態をつく。


{命拾いして良かったですね? 首を洗って待ってるがいいのです!}


 まあね…… 言われても、しかたないよな。このふたりは。


 ギルとジャンは、とりあえず縛ったまま温泉宿に連れ帰ることとなった ―― そのままで運ぶのは重たいので特殊スキル 《縮小化》 をふたりに使ったところ、泣き叫ばれて鬼畜呼ばわりされたが。


 俺とイリスがいま使っているのは、露天つきラグジュアリールームだ。宿の全スライムさんたちがオススメしてくれたので、ありがたく使わせてもらっている。

 ひとまず、テーブルの前にジャンとギルを座らせ、手足は縛ったまま 《縮小化》 のみ解除……

 と、ジャンにいきなり舌打ちされた。


「ちっ…… いい暮らししやがって」


「まさかのそっちか…… まあ、いい。かなり働いたから、きみたちも腹が減ったよな」


{失礼しまーす! お夜食のヤパーニョ麺、4人前。お持ちしましたー!}


 タイミングよく、スライム仲居さんが、夜食を持ってきてくれた。ヤパーニョ麺は、前世でいうラーメンだ。


「イリス。食べようか」


{はい! いただくのです}


 俺とイリスが麺をすする。口いっぱいに広がり、心を満たすダシの味……


{ふわん…… おいし…… のです……}


 イリスがちょっとだけ、とろけた。

 耐えきれなくなったのだろう。ギルがごくりとつばをのむ。


「おいっおまえ…… オレたちも食べたいんだぞ」


「うん。質問に答えたら、食べさせてやる」


「なんだぞ?」


「ギル! やめろ!」 と、鋭い声で制止するジャン…… だが、麺は時間が命…… 果たして誘惑に、勝てるかな?


「ほらほら、早くしないと、のびて、さめてしまうな? せっかくの高級コカトリス白湯仕立ての麺が……」


「な、なにが、聞きたいんだぞ…… 「ギル!」


「なに、簡単な質問だ。ああイリス。ジャンのぶんの麺、食べてもいい {やったのです!}


「いや、ちょい待ってくれ!」


{ぶーです!} 


 ジャンは目の前の麺を見つめ、ためいきをついた。やはり、のびゆく麺に人は勝てないのだ。


「…… 聞きたいことは、なんだ?」


「まず、きみたちの今回の目的…… 大暴走スタンピードを起こした魔獣の心核石コロケルノを回収にきた、で、間違いないか?」


「なんだ…… わかってんじゃねーかよ……」


 ジャンの口元に、投げやりな笑みが浮かぶ。


「もう食べてもいいんだぞ?」 と尋ねるギルに 「まだだ」 と答え、俺は次の質問をした。


大暴走スタンピードを起こした魔獣には、わざとを食べさせていた…… 「違う 「ギル!」


 俺の推測をさえぎるギルを、ジャンが止め、訂正する。


「当たっているとも言えるし、違うとも言えるな」


「どういうことだ?」


「さあて、な…… 気になるなら、イールフォの森に行ってみろよ。オレが言えるのは、ここまでだ」


 ジャンは手足を縛られたまま、ごろりと横になった。


「麺はいらないんだな?」


「あんた、オレをナメてんのか?」


「うん、正直なところ、少し…… 「けっ」


 ジャンは吐き捨て、俺たちに背を向ける。


「ギルには…… 食べさせてやってくれ。頼む」


「あ、アニキぃ…… おお、オレなんかのために……! ごっ、ごめん、なんだぞ……!」


 ギルは目に涙を浮かべて、麺の鉢に顔をつっこんだのだった…… 手が縛られてて使えないから仕方ないとはいえ、汚いな。


 ―― ともかく。

 俺たちがまだ、魔族の国アンティヴァ帝国に帰れないことだけは、はっきりした。

 イールフォの森でなにが起こっているのか。原因をつきとめ、解決しなければ…… 俺たちの温泉宿がまた魔獣大暴走スタンピードの脅威にさらされないようにするためにも、俺が薬物依存治療の大先生になったりせず、錬金術をのんびり続けるためにも。


 翌日。

 ベルヴィル議員に奴隷狩りのふたり組を引き渡し、ソフィア公女と結婚式での再会を約束して別れたあと。

 俺とイリスは鳥人の少女ゼファーを案内係とし、旅立った。

 目的は、イールフォ共和国 ―― 魔獣とエルフの住む、森の国だ。

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