「《錬成陣スキップ ―― 防御壁》 防御壁、錬成開始…… 《超速 ―― 2000倍》」
ごぉぉぉぉっ……
ものすごい地鳴りとともに、奴隷狩たちの足元が隆起する。
「ぅわっ……」 「なんなんだぞ!」
「まあ、人を制圧するものは、武力だけじゃないってことだな」
なにしろ、超速2000倍は、一瞬で高さ3mの壁を築けるスピードだ。
たった数秒。奴隷狩たちの身体は、ガラスドームの天井ぎりぎりまで持ち上げられていた。
「ここ、こわいんだぞ……」
ギル ―― イリスを拘束していた、でかいほうの男の手がゆるむ。
ぷっぴゅぅんっ
すかさず、イリスはギルの腕から脱出。飛び降りる。
「こっちだ!」
俺はイリスを受け止めようと手を伸ばす…… ナイスキャッチ。
イリスは、俺の腕にすっぽりおさまった。
{リンタローさま! ただいまです!}
「うん。無事で良かっ…… 「おろせ!」 「ずるいんだぞ!」
壁の上から、奴隷狩たちがわめく…… その声を聞き、イリスはゆらっと姿を変えた。
―― 黒光りのするメカニックなボディー。以前、オーク襲撃事件の折に俺がチート能力で出したことがある…… おもちゃの電動フルオート銃だ。真っ赤な6ミリ弾が、すでに装填済み。
ん? 真っ赤?
「イリス。もしかしてこれ、ペッパーX弾か?」
{はい! リンタローさまの銃になってみたのです! ……ヘンじゃないですか?}
「うん、大丈夫だ。1回見ただけなのに、よく変身できたな…… じゃなくて」
俺はイリスに確認する。
「これ、ぶっぱなしたら、上のふたり、高確率で
{はいです!}
「それはちょっと、やりすぎだろ」
{ぜんぜん、やりすぎじゃないのです!}
イリス、もしかしなくても怒ってるな……
{あのひとたち、前に、わたしとリンタロー様の間を引き裂いた張本人ですよね? で、さっきもまた、引き裂こうとしたですよね? ついでに、そもそも奴隷狩りでしたよね? 死んで、当然じゃないですか?}
「…………!」
覚えてたのか……! ばっちりと……!
いや、気持ちはわかる。だが俺は、できればイリスに人殺しはさせたくない (本スラの意向を尊重しなくて、ごめん)。
「イリス…… 死なすのは良くない。ちょっと、落ち着いてくれ。深呼吸」
{ぶーです!}
イリス 《電動フルオート銃の姿》 は不満そうに、ぷるぷる震える。こんなときだが、かわいすぎか。
「よし。じゃあ、ペッパーX弾で撃たれて落っこちても、死なないようにしよう…… 《神生の大渦》!」
俺は進化したチート能力で布団を5枚ほど取り出し、壁の下に積み重ねた。
改めて、イリス 《電動フルオート銃の姿》 をかまえ、奴隷狩りたちに照準を合わせる。
「てめえ……!」 「な、なにをする気なんだぞ!?」
「うん。正当防衛かな」
先に手を出してきたのは、そっちだろ ―― 殺すのはあれだが、容赦する理由も、まったくないんだよ。
さて。まずは、
「イリス、いくぞ」 {了解なのです!}
鼻のあたりを狙い、引き金をひく。
ダダダダダダダダダ……
気持ちのいい連射音。
ペッパーX弾が、ギルの顔にあたり次々と弾ける。
「うぐぉぉおっ…… いっ…… ひぃぃ…… あつっ……」
ギルは真っ赤になった顔を両腕で覆い、首を振ってなんとか弾を避けようとする…… が、数秒後。
巨体が、ふらっと傾いた。気を失ったんだな。そのままギルは、壁から投げ出されるように落ちてくる…… うん、うまく布団に乗っかった。
俺は、ぐったりと目を閉じているギルに近寄り、状態を確かめた ―― 布団のおかげで大きな怪我はなし。じゃ、縛っておくか。
とりあえずイリス 《電動フルオート銃の姿》 を側に置き、チート能力を再び発動。取り出したガムテープでギルの手足をぐるぐる巻きにして、と ――
そのとき。
「おい、動くな」
ややかすれた声とともに、冷たい
あの高さの壁からとびおりて気配もなくここまで近づくとは…… さすが、というべきか。
先にこいつも、気絶させとけば良かったな。
「やはり、
つっと刃物が引かれ、俺のほおがわずかに切れた。
『もと勇者』 呼ばわりが、よほど不快だったのか…… ジャンは片手で俺の腕を押さえたまま、エクスカリバーをほおから首へと移動させる。
ひりひりする痛み…… どうやら、表皮にわずかに刃が、くいこんでるらしい。
脅すような、低い声。
「いいかげんにしろよ、あんた」
{リンタローさま!}
叫ぶイリス 《電動フルオート銃の姿》 を蹴飛ばし、ジャンは 「武器なしじゃ、なにもできねえな?」 と
俺のほおを、青い剣身がピタピタと叩く。
「まずは、ギルを解放するんだな、錬金術師さん。妙な真似したら、ぶった斬るぞ」
すぐにぶった斬らないのは、俺をもう一度売るためか…… だが、その油断が命取りとは思わないのかな?
俺は背後でイリスが動く気配を感じつつ、ジャンに念を押す。
「ひとこと言わせてもらって、いいか?」
「命乞いか」
「いや…… 『この程度で優位を確信するのが、きみの敗因だ』 って」
ぷぴゅんっ!
スライムの姿になったイリスがとんできて、ジャンの頭に覆いかぶさった。
「だから、言ったろ」
「ぐぅ……うううっ……」
ジャンの手から、エクスカリバーが音をたてて落ちる。
ジャンは両手でイリスをつかみ、ひきはがそうとした。
「ううううっ…… く…… は……」
{もう! ぜったいに、ゆるさないのです!}
「く…… ううっ……」
スライムボディーを透かして見えるジャンの顔色が、だんだん紫っぽくなってきてる…… まずいな。このままだと、窒息死待ったなし、だ。
いくら相手がク○な奴隷狩りでも、やはりイリスには殺人スライムになってほしくない ――
俺はガムテープをジャンの目の前でビッと引っ張ってみせた。
「きみも降参して拘束を受け入れるなら、スライムさんに離れてもらうが」
こくこく、こくこく……
必死で首を縦に振る、ジャン。
俺は素早くジャンの手足にガムテープを巻きつけた。
「イリス、離れて」
{けっっ…… なのです}
ぷぴょんっ
俺の腕のなかに飛びこみながら、イリス 《スライムの姿》 は、なおも悪態をつく。
{命拾いして良かったですね? 首を洗って待ってるがいいのです!}
まあね…… 言われても、しかたないよな。このふたりは。
ギルとジャンは、とりあえず縛ったまま温泉宿に連れ帰ることとなった ―― そのままで運ぶのは重たいので特殊スキル 《縮小化》 をふたりに使ったところ、泣き叫ばれて鬼畜呼ばわりされたが。
俺とイリスがいま使っているのは、露天つきラグジュアリールームだ。宿の全スライムさんたちがオススメしてくれたので、ありがたく使わせてもらっている。
ひとまず、テーブルの前にジャンとギルを座らせ、手足は縛ったまま 《縮小化》 のみ解除……
と、ジャンにいきなり舌打ちされた。
「ちっ…… いい暮らししやがって」
「まさかのそっちか…… まあ、いい。かなり働いたから、きみたちも腹が減ったよな」
{失礼しまーす! お夜食のヤパーニョ麺、4人前。お持ちしましたー!}
タイミングよく、スライム仲居さんが、夜食を持ってきてくれた。ヤパーニョ麺は、前世でいうラーメンだ。
「イリス。食べようか」
{はい! いただくのです}
俺とイリスが麺をすする。口いっぱいに広がり、心を満たすダシの味……
{ふわん…… おいし…… のです……}
イリスがちょっとだけ、とろけた。
耐えきれなくなったのだろう。ギルがごくりとつばをのむ。
「おいっおまえ…… オレたちも食べたいんだぞ」
「うん。質問に答えたら、食べさせてやる」
「なんだぞ?」
「ギル! やめろ!」 と、鋭い声で制止するジャン…… だが、麺は時間が命…… 果たして誘惑に、勝てるかな?
「ほらほら、早くしないと、のびて、さめてしまうな? せっかくの高級コカトリス白湯仕立ての麺が……」
「な、なにが、聞きたいんだぞ…… 「ギル!」
「なに、簡単な質問だ。ああイリス。ジャンのぶんの麺、食べてもいい {やったのです!}
「いや、ちょい待ってくれ!」
{ぶーです!}
ジャンは目の前の麺を見つめ、ためいきをついた。やはり、のびゆく麺に人は勝てないのだ。
「…… 聞きたいことは、なんだ?」
「まず、きみたちの今回の目的……
「なんだ…… わかってんじゃねーかよ……」
ジャンの口元に、投げやりな笑みが浮かぶ。
「もう食べてもいいんだぞ?」 と尋ねるギルに 「まだだ」 と答え、俺は次の質問をした。
「
俺の推測をさえぎるギルを、ジャンが止め、訂正する。
「当たっているとも言えるし、違うとも言えるな」
「どういうことだ?」
「さあて、な…… 気になるなら、イールフォの森に行ってみろよ。オレが言えるのは、ここまでだ」
ジャンは手足を縛られたまま、ごろりと横になった。
「麺はいらないんだな?」
「あんた、オレをナメてんのか?」
「うん、正直なところ、少し…… 「けっ」
ジャンは吐き捨て、俺たちに背を向ける。
「ギルには…… 食べさせてやってくれ。頼む」
「あ、アニキぃ…… おお、オレなんかのために……! ごっ、ごめん、なんだぞ……!」
ギルは目に涙を浮かべて、麺の鉢に顔をつっこんだのだった…… 手が縛られてて使えないから仕方ないとはいえ、汚いな。
―― ともかく。
俺たちがまだ、
イールフォの森でなにが起こっているのか。原因をつきとめ、解決しなければ…… 俺たちの温泉宿がまた
翌日。
ベルヴィル議員に奴隷狩りのふたり組を引き渡し、ソフィア公女と結婚式での再会を約束して別れたあと。
俺とイリスは鳥人の少女ゼファーを案内係とし、旅立った。
目的は、イールフォ共和国 ―― 魔獣とエルフの住む、森の国だ。