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第58話 作戦を実行した

== リンタロー (主人公) 視点・一人称 ==


「はい、そこまで」


 俺とイリスとゼファーが、センレガー公爵をエルフと鷹人族ハビフトの戦場に足を踏み入れたときには。

 ちょうど、ルンルモ姫がコモレビ姫をかばい、鷹人族ハビフトの放った火矢に倒れたところだった……

 もう少し、早くに着いていれば。

 だが、ここは戦場。後悔する余裕など、ない。


「姉さま……っ」


 コモレビ姫でさえ、悲痛な叫びをあげつつも、世界樹の蔓を操る手を、止めようとはしない。

 ―― たいしたものだが、たぶん後で精神的ケアが必要になるだろう。


{ルンルモさんっ}


 イリスがあわてて、ルンルモ姫のもとにとんでいく。


「感謝します」


 短く言うコモレビ姫。その手から放たれた蔓が、接近していた鷹人族ハビフトの肩を貫く。

 俺もルンルモ姫を応急処置をしてあげたいが…… カンッ

 俺めがけて飛んできた火矢を、隣にいたゼファーが槍で跳ね返した。

 パァンッ

 火矢に仕込まれた火薬が、空中ではじける。

 ―― どう考えても、鷹人族ハビフトの攻撃を止めるほうが、先だ。

 応急処置はイリスにまかせよう。俺は、俺の役割を果たさなければ。


「あー、あー…… 鷹人族ハビフトよ!」


 俺は、あらかじめチート能力で出しておいた拡声器を使いつつ、センレガー公爵 ―― ガドちゃん入りのスノードーム (吊り下げ式) をかかげる。


「これが、見えないのか! この捕虜を無事に返してほしくば、ただちに、戦いを止めよ!」


 ―― 俺の作戦は 『ガドちゃんを人質にして鷹人族ハビフトをおどし、投降をうながす』 というもの。鷹人族ハビフトがガドちゃんに忠誠を誓っているからこそ、使える計略だ。

 捕虜らしく見えるよう、ガドちゃんの口と手足はガムテープで、ゆるく封じてある。

 もしこのまま鷹人族ハビフトが投降すれば、ガムテープをはがしてあげられるのだが……

 ともかく、計画を予定どおりに進めないとな。

 そのために重要なのは、俺の演技力だ (あるのか?)


「聞け! 愚かなる者たちよ!」


 俺は鷹人族ハビフトに向かい、乱暴にガドちゃん入りのスノードームを揺すってみせる。

 勢いでガドちゃんが強化ガラスに頭をぶっつけた…… こびとサイズだけに、かわいそうさが際立つな。


鷹人族ハビフトよ! おまえたちのあるじは、もはや俺の手のなかだ!」


 鷹人族ハビフトの攻撃がまばらになり…… ついに、止まる。


〈公爵様!〉 〈ガドフリー様!〉 〈なんとお痛わしい、お姿に……!〉 〈許すまじ……!〉


 鷹人族ハビフトの間に、ささやきが広がる…… すごい人望だな、ガドちゃん。ただの筋肉おっさんじゃ、なかったんだ。


「あーあー、鷹人族ハビフトの諸君! 10秒待ってやる。10秒以内に、きみたちがエルフに対する攻撃をやめ、武器を捨て、平伏せぬ場合は……」


 俺は足元に、意味ありげな錬成陣を展開してみせた。


「ただちに、このおっさんを、合成獣キメラの材料とし、我が下僕しもべにする!」


 鷹人族ハビフトたちが、いっせいに息をのんだ。

 ―― いったいどういうキャラなんだろうな、俺 (自分ツッコミ)


「10、9、……」


 俺は悪役笑いを浮かべ、ゆっくりと数えだす。


「8、7、…… おっと」


 示しあわせて襲いかかってきた数名の鷹人族ハビフトを、無詠唱で錬成したガラスドーム (空気穴つき) で防ぐ。

 強化ガラスにおもいきりぶつかって気絶する戦士たちの姿に、敵の約半数が武器を捨てる。

 落ちた武器を、コモレビ姫の操る蔓がサッと、さらっていった。

 コモレビ姫の眼差しは、俺と鷹人族ハビフトたちに交互に注がれている。

 いざというときには蔓を繰り出そうと、待機してくれているようだ…… なかなかやるな、コモレビ姫。


「《錬成陣》」


 俺は、もう一度、足元に錬成陣を描いた。

 最初の錬成陣が、先ほど、とっさにスノードームの錬成をしたせいで消えてしまったからだ。

 つまりは新しい錬成陣も、さっきと同じく普通のガラス装飾用…… なんだが。

 俺は、わざと身振りを大げさにし、怪しげな笑みなど浮かべてみせながら、錬成陣を展開させる。

 これで、鷹人族ハビフトが 『合成獣キメラ用』 と誤解してくれれば好都合。


〈な、なんと……〉 〈まさか、本気で……!?〉


 どうやら俺のこと、うまく 『アタマの中身が危ないおっさん』 と思ってくれているみたいだな、鷹人族ハビフトのみなさん。


「6 …… もちろん、本気だが?」


 ついに、ほんとんどの敵が武器を捨てた。


「5…… 合成獣キメラの材料になりたい者は、頭を上げろ?」


 ばたばたと、震えながら身を伏せていく鷹人族ハビフトたち…… 普段は勇猛だが、よくわからないものには弱いんだな。

 まあ、まだ武器も捨てず、傲然と突っ立って俺をにらみつけている連中もいるわけだが…… あと、5名か。

 俺はゆっくり 「4」 を数えつつ、イリスに目配せした。ルンルモ姫の応急処置は、もう終わっているようだ…… あとは、こっちを早く片付けて治療を始めるだけだな。


「イリス、たのむ」


{了解です!}


 ぷっぴゅん!

 イリスが、変身しながらゼファーの手に飛び込む。作戦どおりだ。

 最初は {えええ…… リンタローさま以外とは、したくないのです} と嫌がっていたイリスだが、いったん覚悟を決めれば、見事な変身ぶり。

 金色に輝く柄と三叉にわかれた穂を持つ、美しくも威厳を感じさせる姿 ―― め込まれた翡翠の宝玉から放たれるオーラが、全体を隙間なく覆っている。

 これを使いこなせるのは、おそらく、達人だけに違いない。

 ―― 聖英の槍、ゲイボルグ。


「 3 」


 残った5名の鷹人族ハビフトは動かない。ゼファーも。

 ゼファーにもイリスにも、攻撃は相手が動くのを待ってから、と言ってある。難しいが、このふたりならできるはずだ。

 コモレビ姫は、緊張を解かないまま鷹人族ハビフトと俺とに注視している。なんらかの動きがあれば、すぐに世界樹の蔓がやつらに向かって、とぶだろう。


「 2 」


 鷹人族ハビフトが顔は動かさないまま、目配せしあう。ゼファーとコモレビ姫の肩に、かすかに力がはいる。それぞれ、見えないほどの微細な変化。

 だがおそらくは、お互いにわかっている。

 次だ、と……


「 1 」


 鷹人族ハビフトたちが飛び、手にした槍を、いっせいにガラスドームに叩きつける。

 コモレビ姫が、世界樹の蔓を。ゼファーがイリス 《ゲイボルグの姿》 を、同時にふるう。

 ゲイボルグの三叉の穂先から、無数の緑光線ビームが放たれ、敵を貫く……!

 焦げくさい、におい。

 5名の鷹人族ハビフト緑光線ビームに翼を焼かれ、燃えながら墜落した。


〈〈〈〈〈うわぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!〉〉〉〉〉


{もう! 世話がやけるのです!}


 ぷっぴゅん

 イリスが聖英の槍ゲイボルグの姿からポリバケツの姿に変わった。中に入っているのは、世界樹の雫だ。

 緑色の炎に焼かれながら転げまわる鷹人族ハビフトに、ゼファーがバケツの水をぶっかける…… 無事、消火。

 イリスは、ふたたび聖英の槍ゲイボルグの姿に戻りゼファーの手におさまった。

 5名の頑固者は、ぷすぷす煙をたてながら濡れそぼって震えている。


〈おっちゃんら、まだ、やる気やないやろな?〉


 ゼファーがすごむと、彼らは、やっと武器を捨て、平伏したのだった。


「《神生の大渦》 ―― 巨大鳥かご…… あった」


 ひとまずチート能力で出した巨大鳥かご (給餌機能つき) に鷹人族ハビフトを収容したのち。

 俺はやっと、ルンルモ姫の治療にとりかかることができた。

 さきほどの様子から見るに、おそらくは体内で火矢の先端が破裂し、多数の臓器が損傷 ―― あれ?


「治ってる……? なんでだ?」


 ルンルモ姫は、まだ眠っているものの、傷口はふさがり、顔色は正常。

 呼吸、脈拍ともに、安定している ――

 体内を負傷した場合にもっとも心配されるのは、傷口から出た体液が臓器を圧迫し、働きを悪くしてしまうことなのだが…… 観察する限りでは、それもなさそうだ。


「いくらなんでも、回復、早すぎないか?」


{あっ、わたし! とりあえずルンルモさんに、世界樹の雫を注いだのです!}


「世界樹の雫を!?」


 見回すと、あちこちで、倒れたはずのエルフたちが仲間から世界樹の雫を注がれて、息をふきかえしている。

 ―― エルフが世界樹のもとにいる限りは死なない、っていうのは、こういうことなのか。

 ざっくりと全体を見て回っていたゼファーが、戻ってきて報告する。


〈どうやら、エルフ側の死者はゼロみたいやわ。鷹人族ハビフトのおっちゃんら、ああ見えて手加減してたんやな…… みんな、世界樹の雫で回復してるわ〉


「ありがとう、ゼファー ……それにしても世界樹の雫、万能霊薬エリクサー以上の効果だな」


「私たち、エルフにとっては…… そうです……」


 ほっとしたのだろう。コモレビ姫が、大きく息を吐いた。


「けど…… 世界樹の雫では、状態異常までは、ムリなので…… まあ、エルフ限定のハイポーション、みたいな…… えと、その、とにかく……」


 コモレビ姫が、俺たちに向かって深々と頭を下げる。


「イリスさん、ありがとうございます…… ゼファーさんも、リンタローさんも……」


{どういたしまして、なのです!} 〈そんなん、あたりまえやん〉 「うん、まあ、なんとかなって良かった」


 ふと目をやると、被害のなかった議事堂の壁のスクリーンに映し出されている地平線が、ほのぼのと白みはじめている ―― もうすぐ、朝だ。


「さて、あとのことは、エルフの管轄か…… 俺たちは学院に戻って、研究棟を建てなおさないとな」


 俺は立ち上がって、腰をトントン叩き、首と肩をまわす。 

 寝不足のうえに慣れない演技なんてしたもんだから、前身が固まってる気がする……

 なんとも締まらないラストだが、鷹人族ハビフトを投降させたら、俺たちの役割は終わりだ。

 このあとの鷹人族ハビフトの処遇については、エルフたちが決めるだろう。

 ―― ガドちゃんは結局、最後まで俺たちに協力して、エルフを救ってくれたんだな……

 これだけで信用できるわけでは、もちろん、ない。

 けれど、今回の鷹人族ハビフトの襲撃がガドちゃんにとっても不本意であり、身をもって止めようとしてくれたことだけは…… 少なくとも、嘘じゃなかったんだ。


「さて、ガドちゃんも、アルバーロ教授のところに研究対象になりに戻るか」


「ガドちゃんなどと呼ぶでないわ、青二才が…… 頼みがある」


 ガドちゃんは真剣な眼差しで、へたくそな土下座を披露した。

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