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「もう一度やり直さない?」
大学2年生の夏。
一点の曇りもない瞳をして彼女は言った。
僕は、今更そのような言葉を放つ彼女が理解できず、しばらく返事ができないでいた。しかし彼女は僕の目をじっと見つめたまま決して離しはしなかった。僕は、蛇に睨まれた蛙のような心地がして、それでも何とか口を開いてしどろもどろに答えた。
「……そんなの、できるわけ、ないだろ」
これでも精一杯だった。2年ぶりに彼女に再会したことだけでも充分驚くべきことなのに、それ以上のことを要求してくる彼女に僕はついていけない。彼女はどうして、終わってしまった二人の関係を再び動かしたいなんて思うのだろう。
「どうして?」
「どうしてって」
彼女の大きく澄んだ瞳は、依然として輝きを失っていない。初めて出会った時から僕が憧れ続けていたそれのままだった。
でも、そのことが余計に僕の判断を鈍らせた。あの頃と変わらない彼女。いや、もしかしたら2年前最後に見た彼女より、魅力的になった現在の彼女。その事実が僕の理性と、欲望とをぐちゃぐちゃにかき混ぜていく。
「私のことが嫌いだから?」
「何でまたそういうふうになるんだ」
「だって、友一は私のことずっと嫌いなんだと思ってたから」
「……そんなんじゃない」
「じゃあ、好き?」
そう訊いてくる彼女の眼は先程と違い、何か請い求めるような必死さを纏っていた。女っていう生き物は本当、目まぐるしい。嫌いなのとか本当に好きなのかとか、常にそんなことばかり考えているのだろうか。
「だから、僕はもう——」
「……分かってる。変なこと訊いてごめんなさい。あなたと久しぶりに会えたから、ちょっと意地悪言ってみたかっただけなの。さっき私が言ったこと、全部忘れて」
今度は開き直ったようにそう言うと、脇に置いておいた鞄を手に取り、立ち上がった。つられて僕も席を立つ。
「おおきにー」
喫茶店「来夢」を出ると、僕たちはそこで別れることにした。
「今日は久しぶりに話せて良かったわ」
「僕も、きみが元気だと分かって良かったよ」
「うん。じゃあ、またね」
「ああ、また」
僕らはもう会うこともないだろうと思いながらも、別れの言葉を口にしてぎこちなく手を振った。そして僕が先に彼女に背を向けて歩き出そうとした時、彼女はポツリと、呟いたのだ。
「……私だって、もう好きじゃないよ」
その時彼女がどんな目をしていたのか、彼女に背を向けたままの僕には分からなかった。でも、彼女が時々強がって本心と逆のことを言うのを、僕は決して忘れてはいなかった。