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「水瀬、今日5時から委員会な」
「はい」
二階堂先生の口車にいいように乗せられた僕は、翌々日から早速「雪の舞祭」の実行委員として放課後の会議に参加しなければならなくなった。
「あれ、水瀬、お前実行委員になったの?」
後ろの席の三宅君が僕の肩をトントンと叩いて訊いてきた。
「まあ、そんなところ」
「ふーん。水瀬が実行委員なんてやると思わなかったよ」
……僕も思わなかったよ。
「頑張れよ」と他人事のように僕の背中をバンバン叩く彼は、どこか楽し気だった。まあ実際他人事なんだが。
こういう時、サッカー部でバリバリ活動している三宅君が羨ましくなる。僕も、何でもいいから部活動に入っておけば良かった。
とはいえ、一度引き受けた仕事を放棄する気にもなれないので、その日の放課後、僕はいそいそと実行員会のある教室に向かった。
教室には、3学年のA組からH組までの実行委員一人が集まることになっていた。僕が教室に着いた時、すでにほとんどの実行委員が着席していて、まだ来ていないのは2年D組の実行委員だけだった。
ざっと実行委員の顔を見ても、部活動に入っていない僕は、先輩や後輩はおろか、2年生も去年同じクラスだった人は一人もおらず、完全に知り合いがいない状態だった。周りの皆は誰かしら友達がいて何人かで喋っていたので、僕は疎外感を覚えると同時にこの先の実行委員の集まりが思いやられた。
それから10分程経って、文化祭の実行委員長がやって来た。3年生の男の先輩だった。その人がそろそろ委員会始めようとして時計を見た時、教室の扉が勢いよく開かれた。
「遅くなってすみません」
開かれた扉の向こうから聞き覚えのある女子生徒の声がして、僕ははっとして扉の方を見つめた。
「大丈夫、今から始めるから」
実行委員長がそう言うと、その人はほっと胸を撫で下ろし、つかつかと席の方まで歩いて椅子に座った。
僕は無意識のうちに、彼女が——天羽夏音が自分の席のすぐ傍を通り過ぎるのを目で追っていたのだった。
「……というわけで、各クラスの実行委員は来週の金曜日までにクラスでやりたい出し物を考えておいてください」
雪の舞祭の概略や、実行委員の仕事についての説明があったあと、委員長がそう締めくくり、その日の実行委員会は終わった。
「天羽さん」
集まった委員会の人たちがぱらぱらと教室から出ていく中、僕は思いきって彼女に声をかけた。いつもなら、見ているだけで何もできないはずなのに、その日はなぜか、考えるより先に行動していた。
「え、水瀬君」
どうやら彼女は今の今まで僕が委員会にいることに気が付かなかったらしい。委員会に遅刻して周りを見る余裕がなかったのだろう。
「お疲れ。天羽さんも実行委員だったんだ」
「うん、そうなの。先生に頼まれちゃってさぁ。水瀬君も実行委員だなんてびっくりした」
「僕も、きみと同じようなもんだよ」
そう言うと、彼女は「そっかそっかー」と可笑しそうにくすくす笑った。それにつられて僕も頬が緩んでしまう。
「あのさ」
「うん」
「今日一緒に帰らない?」
「うん」
かなり緊張して提案したのに、彼女の返事はあまりに素っ気なくて、拍子抜けしてしまった。
「そう、じゃあ帰ろっか」
「うんうん」
とても他愛もない会話なのに、彼女はいちいち楽しそうに頷いてみせた。
いつか三宅君が言っていた。天羽夏音は愛想がないとかなんとか。でも、僕の目に映る彼女は、彼の言う彼女とは全然違って見えた。