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6、満たされる気持ち

***


 文化祭2日目も、1日目同様慌ただしく過ぎ去っていった。

 2年A組のメイド喫茶は2日間とても盛況で、文化祭委員の僕がほとんど休憩をとれないぐらいにお客さんが来てくれた。

 一日中シフトに入らなければならないのは大変だったが、それだけ自分たちの企画したものが一般の人に受け入れてもらえるのはありがたいことだ。


「あー終わった終わった!」


 雪の舞祭閉会式が終了し、ひと通り教室の片づけまでし終えると、クラスの中心人物である三宅君が大きく伸びをしてそう言った。

 それが何かの合図であるかのように皆の肩の力が一気に抜けて、教室中で「お疲れ様」の声が飛び交った。それにしても、文化祭というものは準備にはすごく時間がかかる割に、片づけは一瞬で終わってしまうものだ。なんだかとてもあっけない気がする。


「水瀬もお疲れ様。いろいろありがとな」


 A組の皆が個別に声をかけてくれた。最初は先生に押し付けられていやいや始めた文化祭委員だったけれど、こうして「ありがとう」を言われると、面倒臭いと思いながらやった委員の仕事のことなんか全部忘れて、ただひたすら「やって良かったな」という清々しい気持ちにさせられた。


「こちらこそ、皆のおかげでクラス企画を無事に終えられたんだ。ありがとう」


 高校2年生の文化祭なんて、きっと何でもない青春の1ページ。

 いつか大人になって、同僚や自分の家族と文化祭の話をする日が訪れることさえないかもしれない。

 それでも、僕がちょっとだけ成長したこの一か月間を、忘れないようにそっと胸の奥にしまっておこうと思う。



 彼女とはクラスが解散した後、校門の前で待ち合わせしていた。

 クラスメイトに「お疲れさま」を言われて僕が校舎を出た時、もうほとんど日が暮れてしまっていた。いつの間にこんなに時間が経ったんだろうと、慌てて校門まで向かう。


「友一」


 校門脇の塀にぴたっと背中を押しつけて待っていた彼女が、僕の方を振り返って淡く微笑んだ。

 彼女に名前を呼ばれた時、好きな人に初めて名前で呼ばれたことに対するこそばゆさと、昨日の今日で彼女がちゃんと学校に来られたことへの安堵の気持ちがない交ぜになっていた。


「お疲れ、夏音。だいぶ待った?」


「ううん」


 首を横に振る彼女の肩には、校門のそばに生えている桜の木の葉がはらはらとのっていた。それから通学鞄やローファーにも。


「そっか、なら良かった」


 本当は長い時間、ここで待っていたに違いない。彼女は随分とお人好しで、優しい。その優しさを、僕はそっと心で受け止めておいた。


「じゃあ帰ろっか」


「ええ」


 僕はぎこちない足取りで彼女の隣を歩き始めた。今までだって何度も二人並んで歩いていたはずなのに、「恋人同士」という関係を意識すると、なぜか無性に緊張してしまう。

 そんな僕の様子があまりに可笑しかったのか、隣で夏音が笑いをこらえているのが分かった。


「ふ、ふふっ」


「な、なんだよ。そんなにおかしいか?」


「おかしいわよ、いつもの友一じゃないみたい」


「僕がおかしいんじゃなくて、きみが“友達”じゃなくなったんだろ」


「それもそうね」


 この異常な状況下で彼女の方が僕より数倍落ち着いていて、大人な気がするのが何だか悔しい。


「今に見てろ、僕だって一週間後にはきみを動揺させるくらいスマートな男になってるからさ」


「何それ、友一ったら面白いこと言うのね」


「その余裕も一週間後にはなくなってるよ」


「そう。それはとっても期待しています」


 冗談を言い合いながら歩く帰り道。たったそれだけの時間なのに、とても満ち足りた気分になる。


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