「うるせーな。細かいことは気にすんなって」
僕が歯に衣着せぬコメントを添えたところで、彼は簡単に屈するような男ではなかった。その後も流行の曲や、懐メロを次々と歌い上げる。もちろんどの曲も、聞き心地の良い歌声ではなかったというのは言うまでもない。
僕も何曲か歌えそうな曲を歌ったが、三宅君が傍らで「水瀬、歌うめーな」と感心してくれるようだったが、それは間違っている。
気がつくと1時間、僕たちは歌うことに集中していた。たまには歌って日頃のストレスを発散するというのも悪くないものだ。
「そろそろ休憩するか」
三宅君がドリンクバーで注いできたジンジャエールをゴクゴクと飲み干して言った。流石の彼も、あれほど大声で1時間歌い続けていたら疲れがくるというわけだ。
僕も、カラオケに来た本来の目的を思い出して、「話の続きをしよう」と彼に申し出る。
「よし、じゃあさっきの話の続きな。俺が、お前に勘違いさせたこと謝りたいっていう」
そう。同窓会の席で彼が告白した言葉の意味を、僕は早く知りたくてうずうずしていたのだ。
「全部、話してほしい」
「ああ、分かった。その前に一つお願いがある」
「何?」
「俺の口から何を聞いても、彼女のことを決して責めないでほしいということだ」
「それは、大丈夫。もう終わったことだしね」
三宅君がこれから何を言ったとしても、僕と夏音の終わってしまった関係がどうにかなるわけではないのだ。だから僕は、彼の要求を快く承諾した。
「よかった」
それから彼はひと呼吸おいて、高校3年生の秋の出来事を話し始めた。三宅君と夏音の真実を。
「天羽さんがA組の教室にやって来たのは、去年の10月の頭だった。昼休みに彼女が一人で教室の入り口から中を覗いていたのが見えたもんで、俺は彼女が水瀬を呼びに来たのかと思った。だから、『水瀬なら今いないよ』と教えてやったんだ。その時お前、ちょうど教室にいなかったんだよな」
「昼休みは大抵教室にいたはずなんだけどね。先生に呼び出されでもしたんだっけ? あんまり覚えてないや」
「ん、まあとにかく水瀬が教室にいなかった日なんだ。天羽さんは俺の言葉を聞いて『いえ、違うんです。今日は別の人に用があって。あの、三宅君っていますか?』って答えたんだよ」
俺、びっくりしたけど、「三宅って俺のこと?」と自分を指さしたんだ。
「そうしたら彼女も驚いて『あ、そうだったんですね。失礼しました』って丁寧に頭下げてきたのね」
それから三宅君は、去年夏音と交わした会話を思い出しながら僕に教えてくれた。
『突然ごめんなさい。私、三宅君が友一……水瀬君の親友だって聞いて』
『ああ、そうだけど。どうしたの?』
『実は、友一と仲が良い三宅君に相談したいことがあるんです』
『相談? なに、俺でよければ何でも聞くよ』
『ありがとうございます。ここでは他の人に聞かれるかもしれないので、場所を移しませんか?』
夏音はほっとしながら三宅君と二人で食堂に向かったそうだ。
「それで、彼女の言ってた相談っていうのが…」
『三宅君は知ってるかもしれませんが、来月彼の誕生日なんです』
『そういえばそうだったな』
『はい。それで、丁度私たちの一年半記念日も近いので、何か彼に喜んでもらえるようなプレゼントを渡したいと思って……それで、その』
『なるほど。それで、水瀬と仲の良い俺にアドバイスをしてほしいわけだな』
『そうなんです。図々しくてすみません。あの、お引き受けしてもらっても良いですか?』
『もちろん。それなら今度一緒に水瀬へのプレゼント買いに行くか』
『いいんですか?』
『俺も、水瀬に何かプレゼント買いたいしな。丁度良かった』
『わあ、ありがとうございます』
「……そういうわけで、俺は天羽さんとお前の誕生日プレゼントを買いに行ったんだ。あの日の、日曜日に。その結果、お前に目撃されることになって、色々勘違いさせちまった。俺と天羽さんは、全然皆が言っていたような関係じゃなかったんだ。ただ、勘違いをさせるようなことをしてしまったのは謝る。ごめん。俺が軽率だった」