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3、カラオケ

 勘違いってなんだ。

 半年ぶりに再会した親友の口から不可解な言葉が出てきて、僕は戸惑う。


「だからそれは天羽さんのことで」


 言いづらいことを、本当に言いにくそうにして、彼は夏音の名を口にした。


「じゃあ、そろそろ一次会は終わりまーす! 二次会行く人は店の外で待っといてください!」


 不意に、幹事をしていた藤井ふじい君が声を張り上げて同窓会の終わりを告げた。三宅君の言葉に、咄嗟に二の句が継げなくなっていた僕にとって、それは天からの救いの声のように聞こえた。


「三宅君、二次会行く?」


「行くつもりだったんだけどさ」


 周囲にいた元クラスメイトたちが各々鞄の中から財布を取り出し、一次会の費用を藤井君に渡している。僕と三宅君も、とりあえず払うべきお金を払ってもう一度二人で向き合った。


「水瀬とちゃんと話したいから、これから二人でどっか行かね?」


 彼の提案に僕は賛成し、二人でカラオケに行くことになった。

 三宅君が二次会に行かないというので、何人かの女子が「え~三宅君行かないのぉ~?」と残念がっていたが、藤井君はじめ、二次会組の男子が「俺らがいるじゃん」と威勢よく胸をとんとんと叩くと、不満顔だった女子も「それならいっかー!」と、ぱっと笑顔になった。完全に酔っぱらいだ。


「じゃあ、僕たちはこれで」


「水瀬、またな~!」


「うん、また来年にでも」


 一次会が始まった時には、あれほど再会を懐かしんでいた同級生たちも、別れ際はあっさりとしていた。まあ、それもそうだ。だって若い僕たちは、「今」目の前にある、楽しいことや辛い現実、幸福な瞬間しか見えていないものだから。今の別れだって今生の別れになる可能性がないわけでもないのに、こうして僕らはまるでまた明日も会えるかのようにさよならを告げる。僕らはこの幾何もの「さよなら」を、毎日の中で繰り返している。

 なんて、大人ぶったことを考えている僕だって、まだお酒も飲めない子供だ。


 一次会の会場を出た僕と三宅君は、会場近くにあったカラオケ店に入った。夏休みというだけあって、飲み会終わりのこの時間は、カラオケも一、二組待たなければならない程度には混んでいた。

 幸い、15分程待ったところで部屋に空きができ、僕らはいそいそと個室に向かった。カラオケなんていつぶりだろうか。部屋の扉を開けた瞬間の、何とも言えないもわっとした空気が懐かしい。


「懐かしいなあ」


 たった今僕が思ったのと同じことを口にする彼。


「三宅君、普段カラオケ行かないの?」


 彼は、僕なんかよりよっぽど活動的なので、大学生活の中でカラオケなんか毎週のように行っているものだと思っていたが、そうでもないのか。


「いや、カラオケは行くよ。ただ、こうして水瀬と二人でどこかに行くっていうのが久しぶりだなって」


「ああ、そっちか」


 確かに言わずもがな、僕たちは約一年前から二人で遊びに行くことはおろか、話すことさえしていなかった。だから、彼が「懐かしい」と言ったのも十分理解できた。


「僕も、懐かしいよ」


「とりあえず歌いますか」彼がマイクを手に取って爽やかな笑みを浮かべた。「え、歌うの?」僕はあまり歌が得意ではないので少し戸惑う。「当たり前じゃん。せっかくお金払って来たんだし」それもそうか、と僕も知っている曲をいくつか入れておいた。


 三宅君はスポーツが得意でクラスの人気者、もちろん歌だって呆れるほど上手い。

 なんて、物語の主人公のようなことはまるでなかった。


 彼が最初に入れた曲は、なぜか日本の国歌『君が代』。なぜこの選曲なのか、僕は真っ先に聞こうとしたが、彼の歌声を聞くと、思わず飲みかけの水を吹き出しそうになった。まず、声がやたらと大きい。本来粛々と歌うはずの国歌なのに、「腹から声を出せぇ!」と教師から喝を入れられた直後であるかのような野太い歌声だった。まあ、そこまでは許すとして、


「……君が代って、音程外し得るんだね」


 そう、彼はよっぽど音痴なのか、メロディーの音が全くと言っていいほど合っていなかった。僕も歌は得意ではないが、彼に比べたらましに思えるほどだ。

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