駅から出ると、スーパーで一週間分の食材を買って、僕らは帰宅した。
「今日は僕が作るよ」
夕方の早い時間。夜までまだ時間があるし、たまには僕がちゃんとした夕食でも作ろうかと彼女に提案する。
「え、いいよ。私そんなに体調悪くないし」
「いいんだ。たまにはカッコつけさせて」
「分かったわ。それじゃあ、お言葉に甘えて」
「甘えちゃってください」
僕は彼女にお茶を出して、自分はキッチンに立った。最近は体調の悪い彼女にちょっとしたものしか作っていなくて、自分のご飯はコンビニ弁当で済ませがちになっていたため、久しぶりの料理という感じだ。
さて、何を作ろう。
冷蔵庫の扉を開けて、先ほどスーパーで買ってきた食材たちをざっと見回し、僕は玉ねぎと鶏肉、卵を手に取った。ついでに冷凍してあった白ご飯をレンジで解凍しておく。
一通り材料を刻み終わると、丁度ご飯の解凍が済んでいたので、フライパンに油を注ぎ、調理を始めた。ご飯と、それからケチャップ。味付けにはコンソメも忘れずに入れておく。こうしてできたご飯を一度器に盛って、最後に溶き卵をフライパンに敷いた。ここまで来れば、もうあと一息だ。
「はい、お待たせ」
部屋でしおらしく待っていた彼女の前に、出来立ての料理を並べた。
「わ、オムライスじゃない。美味しそう」
「だろ。これだけは自信があって」
「へえ、知らなかったわ。友一、こんなに上手にオムライス作るのね」
僕は彼女の言葉に照れ臭さを隠せず、思わず笑みがこぼれた。
それからエプロンを外し、僕も自分の分のオムライスをテーブルに運んで二人で「いただきます」と手を合わせた。こうして二人で食卓を囲むのは、とても久しぶりな気がした。
「うん、味もバッチリ」
「お気に召してくれたようで光栄です、お嬢様」
「なに言ってるのよ、友一ったら、ふざけちゃって」
「ははっ」
「もー」
僕は、彼女とふざけ合えるというだけで、何故か嬉しくなる。多分、ここ最近彼女の身体のことで、お互いに気が張っていたのだろう。こんなふうに昔みたいにバカなことを言って、二人で笑っている。それがどんなに貴重な時間だったのか、この時初めて気づいた。
「あのね、友一」
「ん?」
彼女が、不意にオムライスをすくっていたスプーンを置いて正座になり、改まった様子で僕の目をしっかりと見据えた。
「私、友一に会えて良かったわ」
「な、どうしたの急に」
「さっき友一が、喫茶店で言ってたじゃない。あの日、私と再会したから、良い日になったって」
「あ、ああ。そうだな。それは本当にそう思ってるよ」
「ええ。だから私も、今言っておかなきゃって。もう一度、あなたに会えて良かったって」
なぜだろう。
彼女が口にしているのは、ささやかな喜びで、それをただ改めて僕に伝えてくれているだけなのに。
これじゃまるで。
まるで、これから別れを告げるかのように、大きな黒い瞳に差し込んだ光の粒が、小刻みに揺れていて。
「夏音、どうかした? なんかちょっと……」
このまま、目の前から消えてしまいそうだ――。
「なに、不安そうな顔してるの? さっきから言ってるじゃない。友一に便乗して私も友一と同じことを思ったって伝えたかったの」
彼女の思案する瞳が、僕の目の奥のずっと遠くの世界を見ていた。
「そう、だよな。同じこと考えてくれてて良かった。僕たちは、ずっとこのまま、二人でいるんだもんね」
「……ええ、当たり前じゃない」
そう言う彼女が、その晩再び僕の目を見て笑ってくれることは、ついになかった。