「おはよう友一」
翌朝、僕が布団から起き上がると、彼女が既に台所に立って朝ご飯を作ってくれていた。トントンと、包丁で食材を刻む音が聞こえる。
「おはよう。今日はもう、大丈夫なの?」
この「大丈夫」は、もちろん体調のことだ。昨日はほとんど回復している様子だったが、またいつ体調が悪化するとも限らない。
「大丈夫。今日はなんだか、本当に本調子よ。このままちゃんと、元気になりそう」
ちゃんと、元気に。
その言葉が、本当は無理をしているのだということを、容易に僕に知らせてくれた。けれど、きっと彼女がこうして朝早く起きて朝食まで作ってくれているのは、僕に心配させたくないからだと分かっていた。だからこそ、僕は彼女の心遣いを、簡単にふいにしたくないと思う。
「そっか。あまり無理はしないようにな」
「分かってる。自分の面倒ぐらい自分で見るわ」
夏音の精一杯の強がりが、ざらりとした手で撫でつけるように僕の胸に押し込まれた。
「水瀬、久しぶりだな」
夏音の作ってくれた朝ご飯を食べた後、僕は再び彼女を家に置いてバイト先に向かった。彼女が僕の家に泊まるようになってから、ほとんど同じような毎日を過ごしている気がする。違うのは、彼女の体調が良かったり悪かったり、不安定だということだけだ。
「久しぶりって、この間一緒にシフトに入ってから一週間も経ってないよ、後藤」
「そりゃ確かに。でも俺たち、ほとんど毎回シフト被ってっからさ」
「それはそうだね」
ここ最近、アルバイトは新人の沢田さんと二人きり、というシフトが多かったため、後藤がいるのは確かにちょっと久しぶりな気もする。
「やっほ、水瀬君」
僕が最近のシフトメンバーについて考えていたとき、ちょうど沢田さんが裏のキッチンの方からひょこっと顔を覗かせた。
「沢田さんもいたんだ」
「『いたんだ』って水瀬君、あたしにはぜんっぜん興味ないみたいね」
まだここのバイトに入って一週間程しか経っていないというのに、既に彼女とはこんな冗談を言われる仲になってしまった。
「まあ、興味はあまりないかな」
「何それ、ひどーい」
彼女はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向くふりをした。もちろん、本当に怒っているわけではないということは、彼女の口元にこぼれた笑みからして一目瞭然だった。
「なんだお前ら……俺がいない間に仲良くなりやがって」
後藤がレジ前で、朝一番の現金確認をしながら悔しそうにしている。
「仲良くはない」
「そうよ、水瀬君は夏音のことしか頭にないもの」
沢田さんが朝っぱらから後藤の前で、しれっとよからぬ発言をする。後藤はすかさずニヤッと怪しげな笑みを浮かべる。いかにして僕をいじろうかと企んでいるのだろうか。見れば、いつの間にか現金確認も終了したようだ。
「夏音って、水瀬の元カノだっけ」
「うん。まあ、今は彼女だけどね」
「そうだった、そうだった」
夏音とよりを戻したことは、以前後藤に報告していた。夏休みの初めに彼女と再会した後、相談に乗ってくれていたからだ。
「で、上手くいってるのか、あれから」
僕の予想に反して、後藤は夏音のことで、僕をからかう様子はなかった。
僕と後藤が二人で話し出したため、手持無沙汰になった沢田さんはいそいそと裏での仕事に戻ってゆく。
「まあ……関係は良好だよ」
僕は一瞬、後藤に彼女の身体的な問題について触れようか迷ったが、デリケートな話題をこんなところで話すわけにもいかなかったため、彼に対して表面的な返事しかできなかった。
「そうか。それなら良かった。今度はちゃんと続くといいな」
後藤は僕の曖昧な回答に対し、さして疑問を抱くわけでもなく、僕の肩をポンと叩き、応援してくれた。いや、後藤のことだ。本当は何か感じることがあったかもしれないが、あえて深く聞いてこなかったに違いない。
どちらにしろ、彼の気遣いに僕は「ありがとう」と感謝した。